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毒にも薬にもならぬ【前編】

*この作品はTwitterで開催された『#クリスマスイベント企画』参加作品です。

 14人のWEB作家が集い、同一のプロットのもとクリスマスを楽しむ物語を描こうという試みのもと始まった企画になります。

 どうぞTwitterにて『#クリスマス合同企画』『#クリスマス企画イベント』と検索してみてください。


本作は連載中である長編『鏡の国のバカ』の番外編となりますが、本編を知らなくてもまったく問題はありません。


「さぶっ」


 中村ナオコは屋上にいた。アイスバーのように冷たい両腕をかかえ、冬空をみあげる。星なんて一個もない。渋谷の街に光るのは企業の看板だけだ。

 彼女は膝上5センチメートルの丈しかないミニワンピースを着ていた。すそには白いポンポンがついており、生地はビニール袋のようにぺらぺらだった。


「え、さぶい」


 彼女は愕然としていた。なぜ冬の夜空の下で、こんなビニール袋みたいな服を着なければならないのだろう。太ももになにかが当たった。みると、税抜き3980円のタグが付いたままになっていた。






 階下を見下ろすと、叩いたらホコリの出そうな人たちでひしめきあっている。いつもの渋谷のすがただ。

 彼女は二の腕をしきりにこすりながら、自身のおかれている理不尽に呆然とした。するといつのまにか、横に上司でもあり相棒でもある山田志保が立っていた。整った顔は仏頂面で、いつも通り黒いスーツすがたではあったが、上から分厚いコートをはおっている。


「……きみ、そんな格好で寒くないのか」


 彼は湯気をたてるコンビニコーヒーをはふはふ飲みながら、そうたずねてきた。


「いや、寒いですよ。なんでわたし、こんな服を着ているんですか」


 彼は白い息をはいた。「そういう設定だからだ」と、身もふたもないことを言う。


「ほら、これでも被れ」


 突きだされた黄色いふくろを受け取る。ド〇キホーテと印字されている。ごそごそとあさってみると、中から出てきたのは赤いサンタ帽だった。


「カイロがほしいです」と、彼女は半泣きになった。「どうしてわたしがこんな目に……」


「WEBマンガの主人公みたいな泣き言をいうんじゃない」


「山田さん、今日メタくないですか?」


 彼はしらーっとしている。ナオコはぐすぐす鼻をすすりながら、帽子を深く被った。すこしは暖かくなるかと思ったが、フェルト一枚で夜風をしのぎきれるなら、みんなが毎日ハロウィンみたいな薄っぺらい服でうろちょろできる。


「山田さんは、どうしていつもどおりなんですか」


 彼は無表情で首からさがったネームプレートをつまんだ。「株式会社HRA特殊警備部輸送課3班、山田志保」と記載されている。


「輸送課ってなんですか」


 そんな課はうちにはないぞ、と思ってたずねる。


「トナカイだ」と、彼は身もふたもない説明をした。

「きみがサンタ、俺はトナカイ。そういう役回りだ」


 ナオコは自分の胸元にも同じようなものがかかっていることを発見した。


「……ちなみにHRAって、相対的別軸対策本部の略ですよね?」


「違う。Holy Night Run Awayの略だ」


「クリスマス、逃げろってことですか」


 どう考えてもやばい会社だ。ナオコは転職先を探したいと考えたが、残念ながら渋谷の雑居ビルの屋上にタウンワークはない。


「そろそろマルコ殿が来る予定だから、文句を言わずに待て」


 山田は、ぷかぷかとタバコを吸いはじめた。不思議なことに、彼の吐いたけむりがお星さまの形になっていく。ナオコはしゃがみこみ、しくしくと泣きはじめた。


「……さぶい」


「仕事なんだから我慢しろ」

 





 ナオコが12月の悲嘆にくれていると、屋上に鋭いブレーキ音が鳴り響いた。


「やあ、ナオコくん、山田くん」


 屋上に現れたのは、マツダ・コスモスポーツだった。あいかわらず白い流線形がうつくしいが、なぜだか運転席に誰も乗っていない。


「今日はさむいねえ、今年一番の冷えこみらしいじゃない。暖冬なんてうそだね」


 ブレーキランプが点滅するたびに、マルコの声がする。どうやら彼は車になってしまったようだ。

 そういえばマルコさんったら、ずっとトランスフォーマーに憧れていたもんな……とナオコは思った。正気を失っていない部分が、彼は人間ではなかったかと疑問を呈していたが、当然ながら無視した。


「遅いぞ」と、山田が苦言をいった。

「もうすぐ零時になる。こんなことではCブロック全域をまわるのに時間がたりない」


「ごめんごめん、積み荷を途中で落としてしまってね……フルスロットルで走るから、心配しないでよ」


 マルコはおどけたように(車がどうやっておどけるのかは知らない)笑った(車がどうやって笑うのかは知らない)。


「それよりナオコくん。ミニスカサンタ姿がよく似あうね! さすが、ぼくのナオコくんだなあ」


 いつ彼のものになったのだろう、と疑問に思いつつ「ありがとうございます」と頭をさげる。車になってしまったとはいえ、マルコは上司だ。


「勘違いしないほうがいい。ミニスカートは、もう君には荷が重い」


 山田はかわいそうなものを見るような目をした。


「26歳に膝上五センチは辱め以外のなにものでもないだろう……」


「山田さん、いつか絶対刺されますからね。本当ですからね」


 ナオコは彼のもとに一番星が落ちてきて、まっぷたつに突き刺してくれないかなあと思った。


「さあて、それじゃあ行こうか!」


 車の扉がパターンと開いたので、ナオコと山田はいそいそと乗りこんだ。

中は白くて大きな袋でぎゅうぎゅう詰めになっている。山田が運転席にすわって、手際よくギアを変えた。


「ナオコくん、シートベルトはしめたか? 交通法違反になるから、ちゃんとしめろよ」


 ふりむいて、神経質なお父さんのようなことを言う。


「わかりましたよ」と答えてシートベルトをしめる。

「それにしても、どこに行くんですか?」


「やだなあ、ナオコくん。バカ言っちゃいけないよ、今日は12月24日だよ? いい子にクリスマスプレゼントを配る日じゃないか!」


 快活なマルコにたいして、山田はじめっとしている。


「本当は家族ですごす日だがな。クリスマスからの逃走には、プレゼントが必要だ。よって俺たちは今から逃走者にプレゼントを配る。それが仕事だ」


「クリスマスからの逃走ってなんですか」


「待ち望んでいるわけでもないのに、勝手にやってくる聖夜から可能なかぎり遠のこうっていう試みのことだよ」


 マルコは明るく説明する。


「だからクリスマス・ラン・アウェイなんですね……」


 ナオコは納得したくなかったが、車がふわふわと浮かびあがったので諦めた。このカオスから逃走するのは、どうあがいても無理なようだ。


「それじゃあ、聖夜にむかって出発!」


 マルコが意気揚々と告げると、山田がアクセルを踏んだ。車は渋谷の空を駆けていく。排気ガスが大量に出て、別段きれいでもない空を汚した。「環境汚染だ!」と地上に居るだれかが車を指さして、興奮したように叫んだ。


 まるでチキチキバンバンのように空を飛ぶ車のなかから、渋谷の町並みを見下ろしてみる。おもちゃ箱をひっくりかえしたような様子だ。車はセンター街をくるりと回ってから、駅の裏手にあるオフィス街にたどりつく。寒々しい街並みに、クリスマスは一ミリもない。


「さぁて、記念すべき一人目はだれかなー?」と、マルコが楽しそうに言った。


「アレだな」と、山田が目の前のビルを指さした。


 10階建てくらいの、えらく新しいビルだ。一つだけ窓が光っている。車は縦列駐車の要領で窓辺に近づいた。

 むこうがわにはパソコンをにらんでいる男性がいた。よれよれのねずみ色のスーツを着て、目の下にはクマができている。


「残業つづきのサラリーマンですね」


「そうだ。データによると、彼は対法人向けに人事を管轄するソフトウェアの保守担当の一人だ。先週、得意先のシステムに原因不明のエラーが発生したため、ここ5日間はその対応に追われている」


「クリスマスなのに?」とマルコがあわれむような声をだした。「なんてかわいそうなんだ!」


「クリスマスなんて社会人にはない。イレギュラーによって苦しみが増すだけだ」


「さすが、山田くんはうまいことを言うなあ」


 ナオコはふざけた会話を聞き流しながら「それで、どうすればいいんですか?」とたずねた。


「クリスマス・ラン・アウェイってことは、普通のプレゼントじゃないんですよね」


「めずらしく察しがいいじゃないか。ほら、これを彼にやってこい」


 山田は運転席から身を乗り出すと、ナオコの手にUSBメモリーをのせた。


「なんですか、これ」


「彼の元恋人がすごした今日一日を映した動画だ」


「は?」


「高校生のときの恋人だな。32歳、丸の内にある旅行代理店に勤めて10年近く。今年こそは彼氏とゴールイン、と願っている彼女の本日の記録だ」


「え、なんですか、それ。嫌がらせですか?」


 山田は首を横にふった。


「嫌がらせではない。彼女は今日、その彼氏と別れた」


「……じゃあ、今から彼女にもう一度アピールしろっていう後押しなんですか? この動画は」


「それも違う。彼女は現在本命の彼氏以外に、3人の男とステディな関係を築いている。それが今日ばれただけの話だ。この動画を観たところで、あのサラリーマンが彼女とよりを戻したいなどと幻影を抱く確率はかぎりなく低い」


「はあ? え、じゃあ、この動画はなんのために……」


「べつに意味なんてないよ」と、マルコがけたけた笑った。


「毒にも薬にもならないプレゼントさ。もらっても別にうれしくない。困るほどでもないけど、特別いらないプレゼント」


「いやいやいや」ナオコは全力で否定した。「特別どころか、あきらかにいらないですよ、こんなもの」


 世俗にそまった元彼女のクリスマスの様子なんて、どこのだれが知りたいだろう。美しい思い出のままにしておきたいと願う人が大半だろうに。


「いらないものをあげるのが、ぼくたちの仕事だから! さあ、ナオコくん。それを窓にむかって投げるんだ」と、マルコがせっついてきた。


「ええ……」ナオコは戸惑いながら山田をみた。


「どうせ要らないものなら、あげておけ。要らなかったら捨てるだろう」と、彼は肩をすくめた。「クリスマスからの逃走だ。そして、クリスマスの本質は〈特別〉にある。〈特別〉を捨てろ」


 彼の煙にまくような言い回しに、ナオコはしぶしぶ従った。USBをえいやっと窓辺に投げつけると、不思議な力によってガラスを突き抜けて、サラリーマンのパソコンの中に吸いこまれていく。

 エンジン音が鳴りだした。動き始めた車のなかからナオコが見たものは、かつての彼女が恋人と言い争いをくりひろげるのを大口をあけて眺めるサラリーマンの姿だった。






 車は渋谷の街をぬけて、今度はとある一軒家にやってきた。カーテンのしめきられた窓に近づく。


「なにも見えないですね」


 これは諦めるしかないのでは、と考えていると、山田はその場に駐車してシートベルトを外すと、おもむろに窓にこぶしをたたきつけた。ぱりーんとチョコレートが割れるようにガラスが砕け散った。


「ちょ、なにやってるんですか!?」


 彼はガラスを払いながら「侵入経路を確保しただけだが」と悪びれない。


「よそさまのお宅ですよ! 犯罪ですってば」


 彼女は顔を真っ青にしているが、山田はケロリとしている。


「ことクリスマスに関しては、家宅侵入罪は不思議な力で許されている。だからそんなに心配しなくてもいい」


「器物損壊罪は? ねえ、器物損壊罪はいいんですか?」


 山田は彼女の言葉を無視して、ひょいっと窓から中に飛びこんだ。

「君もいってきな」とマルコが言うので、破片をよけながら後を追う。


 だれかの私室のようだった。棚にはマンガがしっちゃかめっちゃかに積まれ、床には食べ終えたカップラーメンが転がっている。

 煌々と光るテレビ画面に山田が興味深そうに近づいた。


「これはなんだ」


「ドラクエですね」


「どらくえ」と彼は首をかしげた。世俗の文化にうといとは知っていたが、ドラクエも知らないのか、とナオコは驚いた。


「ゲームですよ。ほら、これはPS4」


「今時の高校生というのは、こうやって冬をすごすものなのか?」


 彼はベッドでぐうぐう眠っている男の子を見下ろして、不思議そうにした。


「せっかくの冬休みなんだ。外に行って友達と遊んだりするものではないのか?」


「……前々から思っていましたけれど、山田さんってかなり保守的ですよね」


「保守的かどうかは知らんが、少しは外に出ないと体力が弱って使い物にならなくなるぞ」


「普通の高校生は、使い物になる必要なんてないんですよ」


 彼はなにも分かっていないのはおまえだ、という言葉を視線だけで表現した。


「いいか。これから就職するにしろ進学するにしろ、まずは体力だ。体力がないとなにもできない。いまは若さだけで深夜までテレビにかじりつけられても、二十歳をこえると変わってくるぞ……まずテレビのまえで同じ姿勢でいるのがしんどくなる。つぎに目がしょぼしょぼするのが早くなる。頭痛がしてきてゲームどころではない」


「いやに実感こもってませんか?」


「そんな彼にあげるクリスマスプレゼントは、これだ」


 じゃじゃーんと効果音がした。彼がどこからともなく取り出したのは、蛍光グリーンのビニールの塊だった。

「……なんですか、これ」


「膨らませろ」と彼がプールサイドによく置いてあるような赤い空気入れを渡した。「手早く」


 しかたがないので、指示に従う。ぷすぷすと空気を入れていくと、どんどん丸く膨らんでいく。2分後、そこには球体が横たわっていた。


「バランスボールだ」


 山田が偉そうに言った。


「これで彼も健康になる」


 彼はひょっとしてバカなのではないだろうか、とナオコは危惧した。本編のタイトルは『鏡の国のバカ』だが、もしかするとあれは山田のことを指すのかもしれない。こんな話のなかで伏線を回収するのは勘弁だ。


「山田さん、バランスボールなんて今時健康志向の主婦だって使いませんよ」


「そんなわけあるか。ちゃんとAma〇onで一番評判のいいバランスボールを買ったんだぞ」


 話がかみ合わない。窓の外からマルコの声がした。


「毒にも薬にもならないものだからさ! バランスボールがちょうどいいでしょ」


「この部屋のキャパシティから考えると、完全に毒ですよ」 


「ちなみに、あと4個ある」と、再びどこからかビニールの塊が出現した。「4個あれば友達が来ても安心だな」


 もうなにを言っても無駄だと察したナオコは、だまってバランスボールをふくらませた。少年の私室には不気味な塊が5つ転がる事態となった。せめて彼が起きたときに怖がらないように、と部屋の隅にバランスボールを固めておく。上に重なりあって、部屋のなかで驚くほどの存在感を放っている。


 なにかに似ているな、と考えていると「キングスライムみたいだね!」とマルコがはしゃいだ。


後編は16日の21時に更新します。

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