赤い鎖
運命の赤い糸。
そんなもの、本当にあるのだろうか。
所詮、恋人同士が関係性を確たるものにしたいがためにつけた、単なる気休めでしかない。
ねぇ、そうでしょう?
「運命の赤い糸って、あると思う?」
学校終わりのほんのりオレンジ色に染まった帰り道、そう問いかけた。
「急にどしたの?」
彼女は変に驚いた様子もなく、目の前の風景をぼぅっと眺めながら返事をした。
「ううん、ちょっと思っただけ」
「...そう。」
淡々と、淡々と。
愛想の欠けらも無い会話。
「真美は、そういうの信じなさそうよね」
幼馴染ゆえ昔から共にいる私たちは、言わずともお互いの気持ちが分かっている。
そのせいか、自然と会話も削がれてゆき、今ではほぼなんで共にいるのかも分からないほど。
だけど今日は、なんだか話したい気分だった。
「ふふ、久しぶりね。結衣が私にそんなこと言うなんて。」
「まぁね...」
「でも、残念。間違いね。」
.....えっ?真美の思っていることは全て分かってるつもりでいたのに、まさか。
「だってそうじゃない?偶然同じ時に産まれて、隣の家で、今でもこうやって共にいる。これって運命じゃない。」
「いや、たしかに運命かもしれないけど、それ、赤い糸じゃなくない?」
ふっと笑いながらそう返した。
どこかざわつく胸を抑え。あえて、軽く。
「なんで?」
......っ。
目の前の顔は、確かに微笑んでいる。
なのに、全然穏やかじゃない。
瞳の奥に底知れぬ闇を感じた。
笑ってるけれど、そんな笑顔、知らない。
私は初めて真美に恐怖を覚えた。
「な、なんでって、運命の赤い糸の意味分かってる?」
「分かってるよ。」
重くのしかかるような声。
怖い顔をしているわけじゃないのだ。
むしろいつもより優しい顔をしている。
目を細め、口の端をそっと上げて。
なんで、そんな顔で、
そんな、
愛おしいものを眺めるような表情で___。
「ま、真美!変な冗談やめてよ、びっくりするじゃない、」
半ば無理やり茶化す。
だって、こんなのありえない。
「結衣こそ、今更何を言ってるの?」
「っ、は?」
やめて...っ
「私たちは愛し合ってる。ね、結衣」
「なっ、」
「ねぇ、結衣。愛に性別なんて関係ないのよ?」
「それは、そう、だけど...」
「でしょ?やっぱり、私たちは運命の赤い糸で繋がれてるのよ。」
ふふふっと、嬉しそうに。
「でも、私はそういう意味で真美のこと...」
「結衣」
背筋が凍りついたようだった。
たしかに、恋愛に性別は関係ないと思う。
でも、真美の表情は...言葉は。
異常だ。
「結衣は、朝の私を見ただけで、私の目を見ただけで、分かるでしょ?」
「体調とか、気分とか...」
「そう。それに心まで。」
「分かる、けど...」
ハッとした。
異常だと思ったけど、違う。
私も変わらないじゃないか。
ここまで全てわかる相手、普通いない。
真美をこうさせたのは、
「私...」
「ふふ、相変わらず気づくのが遅いのね。」
「私が...」
「そうよ、何を言わなくても分かってくれるんだもの。隣にいてくれるんだもの。」
そこに愛があると思っても何ら不思議はない。
「あぁ、そう、か...」
「ね、運命の相手を探す暇を与えてくれなかったのは結衣でしょう?」
そう、か。
私たちはお互いを知りすぎていた。
分かり合いすぎていた。
そして当然のように、離れなかった。
「だから、愛し合いましょう。」
「...。」
こんなの、
こんなのまるで...
鎖じゃないか___。
運命の赤い糸。
そんな脆い関係だったら良かったのに。
ハサミで切れば終わるような...。
私に繋がれていたのは、
固く、固く、切れることなど到底ない...
「赤い鎖」だった。
「じゃあね、また明日」
「うん、明日」
長い長い帰り道。
それでも何事も無かったかのようにまたと手を振る私たちは___。
明日もどうせ、真美を迎えに行くのだろう。
寝起きの悪い彼女を起こしに。
「愛...ね。」
結局離れる気は無い自分につくづく思う。
運命の赤い鎖。
これからも錆びることはなく、
私たちを...
永遠と縛り続けてくれるのだろう。