四代目美河源三郎
二代美河源三郎は、四代目を継ぐことになるであろう孫によく聞かせていた。
「いいか坊主、役者が舞台で演じるもんは、この世の一瞬だ。けれど、演じた人物にゃあ過去がある。そいつがおぎゃあと生まれ、刃傷沙汰なり色恋沙汰なりに足を取られるその一瞬までの人生がある。だから、足掻くんだ。その足掻きを俺達は魅せなきゃならねえ」
膝の上で、孫はわかっているのわかっていないのか、聞いてる。その横で、孫と同じくらいの年嵩の下男の子が、聞いている。
「まあ、舞台見に来たお客にゃあ、そんな一から十まで見せる必要はねえ。ただ一瞬に夢中になってくれればそれでいい。その一瞬を創るために、俺達は精魂込めてそいつの人生を歩む。作りものの人生でも、最後の貌が産まれるんだ」
老爺の息子、子供の父親。
三代目源三郎の晴れ舞台を見つめながら、彼は呟く。
「そうやって、俺達は役者ってのは、何度も生まれ変わる」
その爺孫の姿を、羨ましげに下男の子は見つめていた。
それから十年後。四代目襲名披露の数日前。
三代目美河源三郎は下男の子に頭を下げていた。
「頼む、四代目になってくれ」
四代目になるはずだった若者が、流行病で急死した。しかし、美河一座が江戸で大成するかがかかる大一番のお披露目。
失敗が許されない舞台で、四代目と年格好が同じで、二代目より「才があるのが惜しい」と可愛がられた四代目の付き人が一人。
産まれてからを一座で過ごしてきた。四代目がこの日のこの一瞬のためにどれだけを費やしたかを、誰よりも知っている。
あの日を思い出す。
足掻かねば、ならぬだろうか。
自然と眉間に皺が寄る。
今のこの貌ならば、一生を演じられる気がする。
天和に名を残す四代目美河源三郎が舞台に立ったのはたった五年間で、短い役者人生であった。