仁風
仁義に、殺されそうになっていた。
父親が死に、母親に捨てられ、奪うことで生きてきて。
暴力で身の証を立て、自分は生きていいんだと嘯いてきた。
そんな生き方しかできなかったから、いつか誰かに奪われることで死ぬ。
それが怖くて、仁義を求めた。
外道には、外道の違えぬ筋道があって、それが裏社会の秩序を守っている。
仁義が、自分を、奪う側に立たせてくれた。
そして、別の仁義をかざした敵に追われた。
外道と罵られ、謀られ、負けて、奪われて、終わりを迎えた時。
このまま死にたくないと思って、逃げた。
山を越え、谷を転げ、叢に這い、息を潜め。
何かに振り回されて、そのまま投げ捨てられる自分の人生に涙が流れてきた時。
男に拾われ、匿われた。
見るからに兇状持ちのやくざ者を匿った、あまりに変哲のない男。
「お前、俺が怖くないのか。なんで、助けてくれるんだ」
何を訊いても、返事はない。いつしかいろいろなことを口にしていた。
やくざ者としての半生、黒縄一家との抗争。
金で転んだ手下。街に残してきた女。
死んだ父。多分、死んだ母。
仁義。
何も、返事はなかった。
三日の後、黒縄一家の差し向けた追手が男の家にたどり着いた。
男は自分の長脇差をひったくると、外に出る。
「なぜだ、何故お前が戦う」
その時、やっと返事が返ってきた。
「お前のような悪党さえも、すべて失って涙を流す。それを、見捨てたくないと思った」
男が振り返る。
「弥七」
初めて、名を呼ばれた。
「おそらく、お前の言うアレが、答えだ」
後の大侠、仁風の利左エ門とその右腕となる弥七が、黒縄一家と大喧嘩を行うその日の、やりとりであった。




