脇差村
明星村に住む耶蘇吉は、十五の齢に脇差を一振り与えられた。
この村に住む男衆は、成人すると脇差を帯びる習慣がある。
このあたりの村々では当たり前の習慣であり、それが大人と子供を分ける象徴として機能していた。
この日が来るのを、耶蘇吉は厭うていた。
生来、刃物が好きではない。
血の気の多い若衆が、口論喧嘩になりつい、抜いてしまった脇差で血を流すところを多くみてきた。
そんなもの肌身離さず持っているから、傷付けあうのだと信じていた。
丈夫な体躯で、皆から好かれるたちの青年であった耶蘇吉が大人衆の仲間入りをすることを、村の皆の方が楽しみにしていたし、彼に見合う脇差をとやっきになっていた。
そのような期待をかけられながら、武装する義務を好きになれないことを悩み、青年は顔に出さずも億劫を覚えていた。
十五の夜。
父親が苦心して手に入れた業物をお仕着せられ、告げた言葉は意外なものであった。
「耶蘇吉よ、決してこの脇差抜くでないぞ。刃は恥ぞ。恥を抜くは男のすたれ。恥を常にその身に帯びていると知れ。刃を、嫌えよ」
その言葉に、どこかつかえが取れた。
そうか、抜かなくていいのか。
それから、耶蘇吉は大人として二十五年を過ごし、己の孫に生涯人前では一度も抜かなかった脇差を託し往生した。