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五百剣  作者: 伊藤大二郎
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咳の一太刀

 病を押して、立ち合いに挑む。

 それこそが武士の維持とも思うたが、いざ約束の地に立てば愚かなことであったと悔やむ。

 咳の痛みは気力ではどうにもならないところで体の動きを止める。

 総体を冒す発熱は、剣気が体内に留まることを許さない。

 心根も弱くなり、このような状態で立ち合うことへの相手への申し訳なさが先に立つ。


 いや、本来は憎むべき相手である。

 自分は貧乏御家人。相手は大身の御旗本。

 同じ道場でも、その立ち位置には絶対の差がある。

 こうして、立ち合いの日を迎えるまでも、自分は爪に火を灯し働き、身を崩してしまった。

 それに対して、相手の気力の充実振り。


 勝てぬ、と思ってしまった。

 晴天の下、天と地との間に己と絶望のみがある。

 それでも。朦朧とする意識の中で、一輪の花の如き娘の笑顔と、仇に辱められ泣き崩れる姿が同時に映る。

 せめて、一太刀。

 考える余力がないからこそ、胆はあっさり据わった。


 立ち合いは一瞬。

 頼りなく全力で駈け出して、渾身の力を込めた上段の一太刀。

 はるか上手の対手は余裕綽綽にその刀を弾き飛ばし、返す刀で斬り殺す手はず。


 一瞬。


 咳が出て拍子が狂った。

 慢心の相手は突然の意識せずに出されたズレに驚き、受けるのが遅れて。

 咳の一太刀は、確かに恨みを晴らした。

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