小ん四郎
数えで二つの年の蝉があまり鳴かなかった夏に、百姓のせがれの小四郎は神隠しにあった。
それから紅葉が散る頃になって、山の中で見つかった。
赤子が山中で四月もどのように生き延びたのかはわからない。誰もが「それ」を怪しんだ。
ただ、両親だけは泣いて喜び連れ帰る。
それからの小四郎は、育ちが妙に早く、物覚えもよく、如才ある二親の誉れとなる子であった。
しかし、だからこそか、小四郎には噂が付きまとう。
あいつは既に死んでいて、狐が化けているのではないか、と。
若干、狐顔であったことも相まって、噂は広まったが、当の本人が欠片も気にしなかったためか、ただの冗句で終わる。
どこから見ても申し分ない若者であったが、一つだけおかしい点がある。
村の者なら誰でも習う剣術を、苦手にしていた。
まるで木刀を握るのがおぼつかない。
まるで、獣がなんとか剣を持ち上げようとしているようなへたくそな握り。
それも笑いごとで済んでいた。
ある夜、野伏が村を襲い、作物を奪い女をさらおうとした時。
四つん這いになり、口に小刀を銜えるという「構え」を見せた小四郎が、野伏四人を瞬きに切り伏せてしまった時。
哀しそうに笑って、獣のように一声鳴いて、闇に消えた。
村に伝わる「小ん四郎」の伝説である。