火消しのまがいもの
「家が燃えるってのは、地獄さ。飯を食ったり、寝たり、生きてるってことのほとんどが詰まったもんに火がついて、得体の知れないもんに噛み砕かれて形を変えていく。逃げてきた住人の泣き顔を見ると、無性に腹が立った。この地獄に人の力で歯向かうってんなら、なんとかしたい。だから火消しになった。十六ん時だ」
「俺の腹立ちは十年続いて、そして。火事場で人が燃えるんを見て、終わった。燃える家ってのは、竃の中みてえなもんさ。炎が、舌ちらつかせて、燃えるもんを探してうごめいてる。取り残された子供が燃えてんのが見えた。俺は火勢の中に突っ込む度胸もなくて、ただ見てるしかできなかった。母親の声だけが響いて、火のついた木組みが崩れるみたいに、坊主の両足が体を支えきれなくなって、音がして」
「ほっとした。終わったって。もう無力に眺めなくていいんだって」
「もう腹も立たねえ。てめえにさえ。あの地獄で俺は火消しのまがいものになっちまった」
「でも、まだ死ねない。死ぬ時は精一杯苦しむさ。でもまだだ」
「ありがてえな。バテレンの坊さんってのは、本当にただ懺悔を聞いてくれるんだな。ありがてえ」
長崎一の火消しと言われた男。今弁慶の亥助の最後は壮絶だった。
燃え盛る蝋燭問屋の中に飛び込み、逃げ遅れを外に放り投げて、生きたまま焼かれた。
焼け落ちた屋敷の跡で、黒炭となってなお、倒れることはなく。




