大笑勝四郎
父は私のことを勝とよく呼んでいた。
「勝よ、笑え。辛い時こそ、にっかりとな。それで腹が膨れるわけでも、厄介事が解決するわけでもないが、足は前に出るようになる。下は向くな、向けば負けぞ」
そう言って、にっかりと。
故郷の大沼藩は寒いところで、不作も大水も茶飯事で、いつも腹を空かせていた。
父はそれなりの立場ある役人の癖に、妙に私欲がないところがあり、領民がやっていけるように上にかけあい、私財をなげうち、苦労ばかりを背負い込む人だった。自分は食べず妻子に回し、いつも笑っていた。決して下を向かなかった。
そんな父も刃傷沙汰で腹を突かれて死んだ時は流石に下を向いていた。
腹を刺されて、足から崩れ落ちて、うなだれて、その体制のまま左側に、すとんと。
食うものも食わず痩せた父の体は音を立てて倒れる重さも失っていた。
仇は逃げることなく、仇討ちの場に現れた。
父の同僚。凶作続きでお互いろくに食べておらず、白装束よりもなお青白い幽鬼二人。
訊いた。
「骨皮様、父を何故殺したのですか?」
応えた。
「あの顔が厭だった。もう駄目だと、もう終わりだと思っても、奴が笑えば、俺達はこの地獄のような俗世を一歩前に歩かねばならぬ。奴さえいなければ……さあ、勝四郎殿。仇を討って俺を殺してくれ。楽にしてくれ」
その答えを聞いて、どっと疲れた。歩みを止めて下を向きたかった。
けれど、けれど私はあの人の子だから。
にっかりと嗤い、抜き討った。