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アオイコイ  作者: revo
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第三章 天使の悩み事

家に帰ると瑠璃は速攻でベッドに飛び込んだ。


枕に顔をうずめながら、ごろごろと右に転がったり左に転がったり。何かを思い出しては耐えかねるような声にならない奇声を枕越しに叫び、足をぱたぱたさせる。


そして羞恥で真っ赤になりながらもにやにやが止まらず、また転がり始める。


感情が形となって見えるならば、瑠璃からは幸せオーラいっぱいのハートがたくさん飛んでいる事だろう。今の瑠璃の頭の中は蒼でいっぱいだった。


一緒に花見に行って、手をつないで、「あーん」してもらって、抱き絞められて。


いったい蒼は今日だけでどれだけ自分をときめかしたのか。これ以上にないくらい好きなのに、もっと好きになってしまう。


「距離を置こうか?」と言われた時はすごく悲しかったけれど相手はあの蒼だ。冷静になって考えれば、何となく恋愛関連の知識に疎い蒼の思考が読めた。


きっとフラれたわけではなく、瑠璃の為を思っての言葉だったのだろう。おおかた、いつも一緒にいると蛍と碧音がからかってくるから、それで瑠璃が不快な思いをしているとでも思ったのだろう。


また、素直になれなかった時の反応から、瑠璃が本当は一緒に居たくないけど、今さら一緒に居たくないなんて言えない状態だと誤解したか。


なんにせよひともんちゃくあった後、恥ずかしくて言葉には出来なかったけれど、瑠璃は習慣からではなく自分の意思で蒼の側に居るということを、自分から手をつなぐことで示した。


するとその気持ちはしっかりと蒼に届いたようで、ほっとしたように優しく微笑んでくれた。それで蒼も瑠璃と離れたくなかったのが分かりすごく嬉しかった。


見慣れているはずなのに、その笑顔に思わずぽーっと見とれてしまって、それが蒼にばれそうになって恥ずかしくなってそっぽを向いてしまったのだけれど。


その後はずっとポーカーフェイスを保っていたけれど、内心はひどく浮かれていた。


桜のストラップを探すために予定よりも長い時間花見の会場にいることになったことも、蒼といる時間が増えた程度にしか考えていなかった。


真面目に探していなかったわけではないが、地面よりも蒼ばかり見ていたことは否定できない。


表面上では分からないそんな浮かれた姉の様子を光は冷めた目で見ていたのだけれど、瑠璃は全然気にならなかった。


「……何があったのか知らないけど、浮かれ過ぎじゃない?」


無断で光が部屋の中に入って来た。表情はいまだに冷たい。いくら姉妹とはいえノックもせずに入って来るとは、姉の部屋をいったい何だと思っているのか。


でもそれはいつものこと。そのうえ浮かれに浮かれた今の瑠璃はそんなことでは腹も立たない。


ベッドの上で1人悶え転げている姿を見られたのは恥ずかしいけれど、それ以上に蒼の言動が嬉し恥ずかし過ぎたので今さらだった。


「何か用?」


「義兄ちゃんと何かあった? 進展したの?」


「べつに。蒼も私と一緒にいるのが嫌じゃないって確信が持てただけよ」


「……それだけ?」 


冷ややかなのは表情だけじゃなかった。声も冷え冷えとしている。


「え?」


「たったそれだけのことで浮かれているの? 今さら確認しなくても分かっているでしょ。義兄ちゃんはお姉ちゃんのこと、好きだよ。かわいいって思ってるよ。だけどそれは愛玩動物に対する感情となんら変わらない。恋愛感情のような甘い気持ちはまだ目覚めてない。ときめき過ぎてそのことを忘れてない?」


「そんなこと……」


「ないと言えるの?」


とっさに返す言葉が浮かばなかった。


あまり言葉にはしないけれど、蒼が瑠璃のことを可愛いと思っているのは誰だって分かる。


意識もしないでなにかと頭を撫でてきたり、手をつないだり、ほほ笑んだり。光の言う通りペットのような感覚に近い。良くても妹だ。


それは決して1人の女の子として自分を見てくれていないということだ。つまり異性として全く意識されていないのだ。


「今はお姉ちゃんほど距離が近い女の子はいないみたいだけど、義兄ちゃんが恋に目覚める相手がお姉ちゃんとは限らないんだよ。近くにいるのが当たり前でうぬぼれてて本当にいいの?」


むしろ近くにいるがために自分に対する恋愛感情が芽生えにくい。それなのに何を浮かれているのか。


ただでさえ鈍感な蒼に幼馴染の瑠璃を異性として意識させるのは簡単なことではない。


そう。今の状況は全然浮かれていられる状況にはなっていないのだ。


さっきまでの醜態が嘘のように目が覚めた。蒼にも言ったのだ。このままじゃダメだって。


「いっそお姉ちゃんから告白すればいいのに」


「それはダメ。しっかりと恋愛感情を芽生えさせてからじゃないと」


とりあえず付き合ってみて、それから恋愛感情を分からせるという手もあるけれど、幼馴染だとなかなか難しい。


ただでさえ距離が近いしスキンシップも多いのだ。形だけ付き合っても意味がない。


そもそも優しい蒼のことだから、告白しても色恋ごとが分かるまで答えを保留にされかねない。


あと、やっぱり恋する乙女としては告白されたい。多くは望まないから蒼のほうから好きだと言って欲しい。


だから今までアピールはしても告白はしてこなかったのだ。


鈍感の塊である蒼に対して果たして意味があったのかはさて置き。


「そうやって他の女に出抜かれても知らないよ」


蒼に告白されるシーンを思い浮かべていると、光にジト目で余計なことを言われた。


「う、うるさい。べつに光には関係ないでしょ。で、用件はそれだけ?」


光の言うことはもっともだけど、これ以上妹になじられたら姉としての沽券に係わる。用がないなら話を打ち切ろう。


もっともすでに姉としての沽券は無くなっているのかもしれないのだけれど。


すると光は思案顔をして、


「……小玉先輩にはあまり近づかないほうがいいかもしれない」


それ以上は何も言わず、瑠璃の部屋から出て行ってしまった。


頭を切り替えて光の発言について考えてみる。


光が見た目で人を判断して、近づかない方がいいなんて言うことはない。


同じように目を使って見ていても、光には違うものが見えることがある。


まだ確信は持てていないみたいだけど、桜が『普通』ではない可能性があるということなのだろう。


桜が悪いことするようには思えないし、たんなる光の懸念だろう。桜とクラスメイトになって2年目。今まで誰も何もなかったのだから。


ただそういったモノには実際に会ったことがないので、瑠璃には判断のしようがないのも事実だった。


そういったモノとはいったいどういったモノなのか。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



週明けの朝の教室。蒼と瑠璃はお花見の夜には何もなかったかのように、いつも通り他愛ない会話をしながら、いつも通り2人で仲良く登校した。


いつも通りの風景であるので、今さらクラス中に騒ぎ立てられたり、からかわれることもない。


たとえ手をつないで教室に入って来ても。


「あれ? いつも手つないでたっけ?」


「!」


碧音の指摘に瑠璃がビクッとなるが、蒼はちょっと照れながらも笑顔で、


「ああ。お花見で久しぶりにつないだら、なんだか懐かしくってな」


「お、おう。そうか」


そして、そのまま愛おしそうに瑠璃の頭を撫でても、


「あれぇ? 今日はいつもにまして表情が柔らかいね。なんか心情の変化でも?」


次は蛍。面白いものを見つけたとでも言うかのようにニヤニヤしている。


いつものことなので気にすることなく受け答える。


「ああ。なんか可愛くってな」


「!」


また瑠璃がビクッとした。蛍も予想外の返答だったのか若干顔を赤くしつつ、


「そ、そうなんだ」


教室に入ってから全然しゃべっていない瑠璃の顔色を覗うと、蛍よりももっと赤い。


なので、顔を近づけて瑠璃とおでこをくっ付けても、


「そそそ蒼くん! どうしたんですか⁉」


今度は使莉花が何やら興奮している。


使莉花の顔も赤い。もしかしたら風邪が流行っているのかもしれない。


「ん? 顔が赤いから熱でもあるのかと思ってな。うん。やっぱ、ちょっと熱っぽいんじゃないか?」


「だ、大丈夫ょ」


真正面で見つめる瑠璃の顔は真っ赤で、呼吸も苦しそうで、とても大丈夫そうには見えなかった。


「そうか? 無理するなよ」


だから、躊躇なくお姫様だっこをしても、


「‼」


「「「⁉」」」


注目されるようなことはない。そう思っていたのだが。


「な、なあ。今日の2人の様子、なんか変じゃないか?」


「蒼さんならあり得なくない行動なんだけど、こんなに連続でなんて……。瑠璃さんがもちそうにないよ」


「そうだよ。藍原だよ。いつもなら羞恥に耐えられなくなって、ツンツンしているところだろ」


「お2人の様子から、ついに付き合い始めた、って訳ではなさそうですよね」


「うん。瑠璃さん方に何かあったんだと思うよ。真っ赤になってるから慣れたわけじゃなさそうだけど」


瑠璃をだっこしたまま教室から出ようとしたら、碧音たちが何やらひそひそしているのに気がついた。クラスも何やらざわついている。


何か変な事でもあっただろうか?


瑠璃と手をつないで登校し、教室でつい可愛かったから頭を撫で、顔が赤いみたいだったのでおでこをくっ付けて熱を計り、熱があるみたいなのでだっこして保健室に連れて行こうとしている。


やはり特に変なところはない。


しかし、蒼の思考とは裏腹に碧音たちどころかクラス中が騒然としはじめた。


「どうかしたのか? 入り口で止まられると通行の邪魔じゃぞ」


ざわついているクラスに桜が登校してきた。


蒼はちょうど入り口で止まっていたので、確かに通行の邪魔になっている。


そんな蒼が真っ赤になっている瑠璃をお姫様だっこしていて、クラス中が注目しているのが直ぐに桜にも分かった。


そして、首を傾げた。遅れて白い髪がサラリと揺れる。


「なんじゃ? 何か変わったことでもあったのか? 妾には分からぬが」


問いかけられるが、蒼にも分かっていないので答えられない。


「いや、俺にも良く分からん」


すると、蛍が遠慮しがちに桜に言った。


「えーと、小玉さん。2人の様子を見て何も思わないの?」


「ん? 藍原の顔が真っ赤じゃな。風邪気味かのう? おおよそ鋼玉は保健室に連れて行こうとしているのじゃろう。何かおかしいか?」


「いや、おかしくはないけど……」


クラスメイトの具合が悪かったら保健室に連れて行ってあげる、という行動はぜんぜんおかしくはない。


しかし、瑠璃は顔を赤らめているだけで、それを無自覚にしたのは蒼で、今はお姫様だっこで、それは一部始終を見ていなくてもツッコミを入れられる状況だった。


最初から最後まで蒼の言動がおかしい、と。


それが蒼と桜を抜いた、クラスの心中で一致した言葉だった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



結局、瑠璃は大丈夫と言って、少しフラフラしながら碧音たちの方へ行ってしまった。その後、多少打撃音やらうめき声やらが聞こえたような気もしたが、それは日常茶番事なので問題はないだろう。


瑠璃はいつも手加減しているし、今日は本調子ではないみたいなので、余計な力も入らないだろう。また碧音や蛍も撃たれ強いのでちょっとやそっとじゃ大したダメージにならない。攻撃手がエンジェリカだったなら、ちょっとやそっとでは済まないのだけれど。


瑠璃の場合は攻撃と言ってもじゃれ合いのようなものなので、多少痛みは感じても怪我はさせない。すでに見慣れた光景なので誰も気にも止めない。クラスメイト達は自分に矛先が向く前にそそくさと離れて行った。


とは言っても、瑠璃もだれかれ構わず攻撃するわけではない。ある程度仲が良い、心を開いた相手にしかそうゆうことをしない。クラスメイトに対しては威嚇止まりだ。


そもそもこの学校でだれかれ構わず物理的に攻撃するのはエンジェリカぐらいだ。彼らの基準で使莉花に危害を加えようとした者という条件が入るけれど。


ちなみにだれかれ構わず精神的攻撃をしてくるのは魔術研究会代表である。


「蒼くん。ちょっといいですか?」


碧音たちをしり目に荷物の整理をしていると、その輪から使莉花が抜けて来た。碧音や蛍と違い、使莉花は瑠璃をからかったりしないのでお仕置きはほとんどされない。たまに失言してほっぺたをつねられる程度だ。


後ろからはまだ蛍の悲鳴が聞こえてくるので、瑠璃のお仕置きはまだ終わっていないらしい。普段なら途中で使莉花が制止して蛍は解放されるのだが。


「どうかしたのか?」


振り向くと、使莉花は戸惑った表情をしていた。わりと普段から使莉花は困ったような表情か笑顔を見せているのだけれど、いつもより深刻そうな雰囲気だ。


「実は相談事があるんです」

 

使莉花の話を要約すると、桜に避けられているかもしれないとのことだった。言われてみれば、使莉花と桜が会話しているのを見たことがないことに気づく。


桜は自分から会話に加わることは少ないから、誰とでも積極的に話していく蛍や碧音、席が近い瑠璃以外のクラスメイトとは交流が少ない。


そんな数少ないクラスメイトと同じグループに属しているし、体質も相まって使莉花もそれなりに桜と仲良くしているものだと思っていたが、そうではないらしい。


交流が少ないと言っても、クラスメイト達と仲が悪いわけではない。蒼も桜とはそんなに頻繁に会話したりはしないものの、他のクラスメイトと変わらない間柄だと思っている。使莉花は違うのだろうか。


「わたしも積極的にお話しするのは得意じゃないので、会話がないのは気にしてないです。でも、小玉さんは会話だけじゃなくて、わたし自身からも逃げているような気がしてしまって」


その桜はというと、荷物を置くと何処かへ行ってしまったので今は教室にいない。使莉花の話によれば、桜は使莉花に近づかないようにしているとしか思えない行動をしているらしい。


使莉花の近くを通らないようにわざわざ遠回りしたり、Uターンしたり、時間をずらしたり。桜の席の近くで昼ごはんを食べようとしたら、いつもはずっと席にいるのに昼休み中教室に戻って来なかったり。日直等の仕事で返却されるノート類は瑠璃経由で帰って来たり。


思い返したら思い当たる出来事がいくつもあり、避けられているかもしれないことに最近気づいたらしい。


「でも、なんで避けられているのか分かりません。クラスメイトなのに全然接点もありませんし。わたし、何かしちゃったんでしょうか?」


使莉花は人に嫌われるようなタイプではないし、桜も言動が少しアレなだけで同様である。2人の性格上相性は悪くないと思うのだが、何か問題があるのだろうか。


無意識であったとしても、使莉花が桜に何か不快になるような事をするとは考えにくい。使莉花は天使の生まれ変わりと噂されるような子である。


誰にでも優しく手を差し伸べ、慈愛の心で受け入れてくれる。彼女から発せられるオーラは、どんなに荒んだ心でも癒してしまう。まさに優しさを擬人化したかのような存在であるのだ。いろんな人に好かれはしても嫌われる理由が分からない。


「分かった。小玉さんに話を聞いてみるよ」


一方桜のほうは何を考えているのか分からない。


今のところ吸血鬼キャラとして受け入れられているが、なぜ吸血鬼を自称するのかはいまだに不明のまま。だいたいは中二病のようなものだろうと思われている。


蒼も最近までは他のクラスメイトと同様にそういった設定だろうと思っていた。思っていたのだが、週末の出来事で考えが改まってしまった。というより本当にそうなのかという疑念が大きくなった。


もともと目立つ外見をしているので、少しだけ怪しんではいた。妹たちが教室に遊びに来たとき、碧音たちの手前下手なことは言えなかったが、もしかしたら桜は人間ではない可能性が生じた。


たとえ人間であったとしても、普通の人ではないであろうことは光の反応から見て取れた。

 

自称吸血鬼ははたして本当に自称なのか。


花見の夜に見た桜は、普段の学校での様子とは違って見えた。やけに冷たくて、不愛想で、別人みたいで。すぐに家の中に入ってしまった。かと思えば、年相応の少女のように慌てて、いつもの古めかしい口調を忘れて取り乱したり。


前者の桜は妖しくて、後者の桜は普通の少女のようだった。普段の桜はどちらかと言えば後者だ。言動は前者よりだがそれだけだ。親しみやすい吸血鬼の印象は隠れた普通の少女らしさが生み出しているのかもしれない。


では、前者の桜はなんだったのか。後者の桜を見ると、あの古めかしい口調は演技だったのだと思えるが、前者の桜はとても演技には見えなかった。姿かたちは変わらないのに、あの時の彼女からは人ならざる不気味さを感じてしまった。


そこでレイとサナの事を思い出す。

同じような姿をした別のもの。それなりに親しい蒼ですら直ぐには見抜かせなかったサナの演技。


ひょっとしたら桜も同じではないだろうか。桜とよく似たもう1人が存在していて、一方が古めかしい言葉を使い、もう一方が同じく見えるためにそれをマネをしている。


古めかしい言葉を使う方が目立つが、吸血鬼を名乗ることで人を遠ざけ、2人1役であることをばれないようにしている。


ではなぜ2人1役である必要があるのか。それはどちらか、おそらく古めかしい言葉を使う方が普通ではないから。


これは自称吸血鬼とか言動がおかしいからではなく、何か公に出来ないような秘密を持っていると考えた方がいいだろう。


そして、きっとそれは光が怯えていたことと関係してくる。


光の特異体質が彼女の何かを見抜いてしまったとしたら、怯える理由になる。


代表ではないが、光もまた本物と偽物の見分けが着く。これは本人にしか分からない。桜の白い髪や赤い瞳、驚くほどの白い肌という外見的特徴での判断ではないが、見れば分かるのだと言う。


そんな普通ではない存在がなぜ学校へ通っているのかは不明だが、桜と入れ替わりで登校しているときがある。妹たちが教室に乗り込んできた日がちょうどその日だったのだろう。


しかし、ここまでそれらしいことを考えてみたが、使莉花を避ける理由はさっぱり分からなかった。


使莉花には桜に話を聞いてみると言ったし、実際に話を聞いてみるのが一番手っ取り早い。今日の彼女がどちらの桜なのかは判断がつかないが、感づいたことを悟られてはいけない。学校に通っているのなら人間に悪意があるわけではないのだろうが、気づいたことに気づかれると面倒なことになる可能性があるからだ。

 


ホームルームが始めるまではまだ少し時間がある。結局見つからなかったストラップについての話もしたかったので、蒼は教室を出て桜を探しに行くことにした。


たいてい教室にいることが多い桜が今何処にいるのか見当つかないが、1つだけ思い当たる場所があった。この前の放課後、日が暮れるまで桜は図書室で時間をつぶしていると言っていた。ならば教室にいない時は図書室にいるのではないだろうか。


そう思って図書室へ向かうと、ちょうど桜が中から出て来たので呼び止める。


「小玉さん、ちょっといい?」


「何じゃ。妾に何か用かえ?」


「ごめん。あの後ずっと探してみたんだけど、ストラップ見つけられなかった」


まず先に、桜の落とし物についての話題から入ることにした。使莉花の相談事はいきなり入る話題ではないだろう。


蒼が謝ると、桜は赤い目を少し見開き、そしてちょっと悲しそうな顔になった。


「そうか。鋼玉たちもか。いや、妾も土日にシダレザクラの下へ足を運んでみたのじゃがな。見つけることができなかった。その時は鋼玉たちがすでに見つけてくれているものじゃと思ったが、お主らも見つけられなかったのか」


桜は週末の夜のように取り乱すことはなかった。


「大切なもの、なんだよな?」


あの時、桜は大切なものを無くしたと取り乱していた。それはとても演技には見えなかったのだが、今の桜はあまりにも落ち着いていた。


だから蒼はつい確かめたくなったのだが、桜からの返答は少し期待していたものとは違っていた。


「いや、正確には大切だったものじゃな。未練がましくも肌身離さず持っていたのじゃが、いい加減手放すべきだったのかもしれぬ。口惜しいが諦めるかのぅ」


桜はやけにあっさりしている。彼女が本当に悠久の時を生きる吸血鬼であったなら、永い時の中で大切なものを失ったことがあるだろう。形あるものはいずれ壊れる。どんなに大事にしていても、やがては無くなってしまう。


そんな事を何度も体験しているのなら、大切なものであったとしても執着しないのはなんとなく納得できた。


だけど、お花見の夜に見た桜の取り乱し様はとても演技には見えなかった。大切なものを失うことに慣れた吸血鬼とはかけ離れた、それこそまさに年相応の少女だった。


では、この桜は蒼の仮説のもう1人の桜なのだろうか。やけに冷たくて、そっけなくて、妖しい。学校とは全く別人だった、普通の人とは思えない桜。


それにしてはいつも通りすぎる。冷たくも、そっけなくもない。いつもの人間じみた自称吸血鬼だ。休日の間に気持ちが変わってしまったのだろうか。


だから大切だったものになった?


「用件はそれだけかのぅ?」


「いや、もう1つあるんだ。使莉花のことなんだけど」


「ふむ。天羽?」


桜は心当りがないのか、小首をかしげた。


「何かあったのか? なんか避けてるみたいだけど」


「ああ、それか。天羽のことだ、自分に非があるのではと悩ませてしまったか?」


あえて使莉花からの相談としてではなく、蒼が気づいた体で話を進めようとしたが、見透かされてしまったようだ。


「しかし、こればかりは仕方がないのじゃ。妾は吸血鬼。闇の眷属であるぞ。対して天羽からは聖なる力を感じる。闇と光が相容れぬように、妾と天羽は相容れぬのじゃ。べつに天羽が何かしたわけではないがのぅ、身体が勝手に遠ざかろうとしてしまうのじゃ。だから、気にしなくていいと伝えてあげればいい。吸血鬼の仕様じゃとな」


つまり、吸血鬼であるから使莉花に近づけないだけで、使莉花は悪くないと桜は冗談めかして言っている。が、それで良いのだろうか。


いや、良くはない。ほっとけない理由があるのだ。


使莉花自身はそれで納得するかもしれないが、エンジェリカは納得しない可能性がある。桜が避けることで、使莉花の心が傷ついたと言って制裁を加えかねない。


それはどうにか避けたい。こちらから手を出さない限り、きっと桜は何もしない。だけど、理不尽に危害を加えられそうになったらどうだろう。何もしないとは考えられない。


自称吸血鬼の桜はともかく、冷たく妖しい桜は、何をするか分からない。得体の知れない不気味さがあった。


もし彼女に人を害する力があったなら、逆にエンジェリカが危ない。なかったとしても、クラスメイトがひどい目に遭うのをほっとくわけにもいかない。仲良くとまでいかなくても、なんとかクラスメイトとして普通に接せられるくらいにはられないだろうか。


しかし、桜は話は終わりとばかりに教室のほうへ戻って行ってしまった。


引き止めようにもなんて声をかけるべきか。以前桜は自分は人を敵に回せるほど強くはないと言っていた。それが本当ならエンジェリカに狙われるかもしれないとでも言えば危機感を覚えてくれるだろうか。


いや、エンジェリカについて話さないのがこの学校の暗黙の了解である。できればそれは最期の手段にしたい。彼らはどこで聞き耳をたてているか分かったものじゃないのだ。


ではどうするかと考えているとチャイムが鳴ってしまった。朝のホームルームが始まる時間だ。急いで教室へ戻ろうと走り出すと、柱の影の死角から瑠璃が転げ出て来た。


いきなりのことに、何事かと凝視する蒼に、顔を真っ赤に染めた瑠璃は、


「ホームルームが始まるから、呼びに来たのよ」


顔を背けながらも冷静を装って、そう言ったのだった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



使莉花に相談を受けてから数日がたった。桜に何度か接触しても解決案が出ることもなく、ただ時間だけが過ぎて行った。タイムリミットがあるわけではないが、エンジェリカのことを考えると悠長にもしていられない。


さてどうしたものかとか悩んでいると、瑠璃に声をかけられた。


「蒼は最近、桜と仲がいいみたいね」


視線を下げると、ジト目で睨んでいる瑠璃と目が合った。よくよく見ると頬が少し膨らんでいて、とても機嫌がいいとは言えない表情だ。


ここ数日、蒼は桜について考えており、瑠璃との会話が上の空になっていたこともしばしば。それどころか何とか桜に近づこうとしていて、その分瑠璃はないがしろにされている気分であった。


それは瑠璃にとってとても面白くなかった。常に自分の傍に居てくれて、自分のことだけを考えてくれて、自分だけを見ていてほしいだなんて、そんな強い独占欲はない。ないと思う。思いたい。


嫉妬なんて子供っぽい感情だし、あの蒼に限って桜に気があるなんてことは絶対にありえない。あり得てはいけないのだ。


だから何か理由があって桜のことばかり見ていたり、考えたりしているのと瑠璃は考えていた。


そして、それはおそらく妹の光にも関係していることなのだろう。


蒼のことだから何かあった時に瑠璃を巻き込まないために何も話してくれないのだ。瑠璃に話したら何が何でも関わろうとしてくるのは分かっているから。


けっして、蒼が瑠璃のことをないがしろにしているわけではない。それは分かっていた。分かっているけど、やはり、自分以外の女の子のことばかり考えられるのは我慢ならなかった。


理由があろうと無かろうと、自分の為であったとしても面白くないものは面白くないのだ。そして、この感情はどんなに否定して理由付けても嫉妬以外のなんでもなかった。


「仲が良いかはともかく、去年よりは話しているかもね。それがどうかした?」


蒼はそんな瑠璃のもやもやした気持ちには一切気づかないが、機嫌を損ねている理由には心当りがあった。


桜が2人いるかもしれないという憶測を瑠璃に話していないのだ。まだ確証が取れない上に危険性も不明なので、桜をあまり刺激したくない。


それに、なぜ桜について調べているかを聞かれたら、使莉花に相談されたことを話さなくてはいけなくなる。


瑠璃になら話しても問題ないとは思うが、使莉花はわざわざ蒼が1人の時に相談してきた。もしかしたら他の人には知られたくなかったのかもしれない。


だから、ごまかすことにした。


幼馴染ゆえの長い付き合いのため、多少の嘘やごまかしは見抜かれてしまうが、話すことができないというのは通じるだろう。


「べつに。今までは桜とは一線を引いていたのに、最近は積極的に関わろうとしているみたいだから気になっただけよ。いろいろあったから、距離を置くなら分かるけど、近づこうとしているように見えたから。近づかなければ害はないってこの前言ってなかったかしら? それとも、何か気になるような動きがあった?」


瑠璃は言外の意味を読み取ってくれたようだが、不満げな表情を隠すことなく向けて来る。


「いや? 小玉さんはいつから吸血鬼なのかと思ってね」


「蒼は蛍たちと違って、好奇心から他人のプライベートに踏み込まないのは知ってるわ。なんでそんなこと知りたいと思ったの?」


意味はくみ取ってくれたが、引き下がる気はないみたいだ。


桜が普通じゃない可能性があるのは瑠璃にも分かっていた。だから、あまり踏み込むのは危険だと忠告しているのだ。


あと理由があっても、蒼が自分以外の女の子に進んで関わろうとするのを阻止したいという思いもあった。


「光のためだったら、私にも関係することなんだから」


「それもあるけど、それだけじゃないよ。もしかして心配してくれるのか?」


瑠璃が鈍感な蒼にも察せるように心配してくれるのは珍しい。大抵は意地を張ったり、素直になれなかったりしてしまうのだ。


「べつに。光は私の妹だし。何かあるなら私が調べた方が」


「でも、瑠璃も妹のようなものだからね。危険があるかもしれないのに任せられないよ」


顔を赤らめて、もじもじしていた瑠璃の表情が凍った。爽やかに告げられたその言葉に耐えられなかった。


言いたいことを言ったり、素直になろうと頑張っていたけど無理だった。

感情的にならないように自制していたけど無理だった。


思いもよらない言葉ではなかった。むしろ予想できていた言葉であった。

それでも実際に面と向かって、爽やかな笑顔で言われてしまうとは思わなかった。


こんなに傷つくとは思わなかった。


瑠璃は恋人になりたいと考えていても、蒼にとって瑠璃は妹のようなものなのだ。


それを思い知らされた。


「……蒼のバカ。もう知らない」


瑠璃は耐えかねるように自分の席に戻って行ってしまった。


「瑠璃?」


「ぷいっ」


追いかけて正面から話かけても顔を合わせてくれない。


これは最近よくやる顔を背ける行為に似ているけど、いつものそれより拒絶感が強かった。


「おーい?」


「つーん」


完全に拗ねてしまったみたいだ。いったい何がいけなかったのか。やはり、蒼より早く生まれたのに妹扱いしたのがいけなかったのだろうか。


こうなった瑠璃は簡単には機嫌を直してくれない。時間を置いた方がいいと判断し、蒼も自分の席に戻った。

 

そうそうに瑠璃の機嫌取りを諦めた蒼は、瑠璃がそっぽを向いて必死にこぼれそうな涙を隠している事には気づかなかった。


この時だけは、蒼の鈍感さに救われた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ごめんね。力になれなくて」


何人かの生徒に桜について聞いてみたけれど、あんまり情報は集まってこない。


桜は吸血鬼であるから使莉花と相容れないと言っていた。なぜ吸血鬼になったのかを知れば解決の糸口が見つかるかもしれないと思って調べ始めたのだが、そもそも彼女と同じ中学校に通っていた生徒はほとんどいないのだ。クラスメイトに話を聞いても蒼が知っている以上のことはなかなか出てこなかった。


「そういえばさっき藍原さんにも同じようなこと聞かれたよ? 蒼が来たら女子は私がやるって伝えといて言ってたけど、ケンカでもしたの?」


機嫌を損ねた瑠璃はホームルームが終わると直ぐに蒼を避けるように席を立って何処かへ行ってしまった。


万が一の時に捲き込まない為に何も説明しなかったのに、蒼のしようとしていることを察して手伝ってくれているらしい。


数日前の朝はあんなに仲が良さげだったのに、いったい何があったのか気になるみたいで、こうして桜について聞いてまわっていると皆瑠璃とケンカしたのかと尋ねてくる。


今は瑠璃が話を聞いてくれるまで待ちつつ、桜についての情報を集めているのだが、クラスメイト達は口をそろえて早く仲直りした方が良いと言ってくる。


「まぁ、そんな感じかな。理由はよくわかんないんだけど、機嫌を損ねちゃって」


「小玉さんばっか気にして藍原さんのこと蔑ろにしてたんじゃないの?」


「そんなことないと思うけど」


「なんで小玉さんについて聞きまわっているかは知らないけど、藍原さんのこと大事に思ってるなら、ちゃんと考えて行動しないとダメだよ」


彼女はそう言い残して他の仲の良いクラスメイトのグループへと戻っていった。


結局、あまり情報は集められずに授業の始まる合図が鳴る。


瑠璃は時間ギリギリに教室に戻ってきた。まだ仲直りするには時間が必要みたいだ。


先生が教室に入ってきて1時間目の授業が始まる。黒板に説明をしながら教科書の内容を重要なところを中心に書きこんでいく。


クラスメイト達はそれをノートに写していく。蒼もまた例に漏れずシャーペンを走らせるが、頭のなかでは授業と関係ないことを考えていた。


クラスメイトに聞いた数少ない情報を整理する。


吸血鬼になった理由は全く不明のままだが、最近の桜について思うことがあったらしく、話をしてくれたクラスメイトが何人かいた。


その話を要約すれば、桜はおかしいらしい。


それは言動が常人からかけ離れているということをではない。それは今さらなのでむしろ普通になったほうがおかしいという話になる。


そうではなくクラスメイトの吸血鬼、1年生のころからの桜が普通だという前提での話だ。


最近の桜は時折り人が変わったかのように冷たい態度や目をするようになったらしい。おそらく、お花見に行った夜に蒼たちが見たものと同じものだ。


話を聞いていると、直接何かをされたという話は出てこなかったが、近いうちに何かしでかすんじゃないかと不安になる。


聞いた具体的な話は2つだけ。


部活帰りに友人と談笑していると遠くから睨みつけて、かと思えば突然1人で笑い始めたという話と、忘れ物を取りに放課後に教室に行ったら誰も近づくなというオーラを放つ桜がいて、ちょっと挨拶をしただけでも冷ややかな目と冷たい言葉で返してきたという話だ。


ここ数日、蒼は積極的に桜に接触しようと試みていたが、友好的な吸血鬼以外の桜には会っていない。


クラスメイトを信じていないわけではないが、このままだと仮説に合わない。話を聞いていると桜が2人いるというのは無理があるのだ。


話のあった2件の様子のおかしい桜が出没するのはだいたい夕方以降。特にここのところ部活帰りの遅い時間に見かける桜は、何がとは言えないがたいていおかしいという。


蒼が見ている日中の教室での桜はあまり変わった様子がないので、もしかしたら日が暮れるとおかしくなるのかもしれない。


だとすると桜が2人いるのではなく、桜の中にもう1つの人格があるということだろうか?

日が暮れるとその人格が表に出てきて桜を狂わせる。蒼が会っているのは通常の状態の桜なので、おかしいと感じることがない。


桜2人説よりは現実味があるだろうか。


実際、蒼が見かけた桜らしからぬ桜も日が暮れた後の時間帯だった。今度放課後に話かけてみればはっきりするかもしれない。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



使莉花の相談事を解決する目途をたてることも、瑠璃と仲直りすることもできずに放課後になってしまった。


鞄が置いてあるのでまだ学校にはいるのだろうけれど、桜も瑠璃も教室にはいない。おそらく桜は日が暮れるまで図書室にいるのだろう。瑠璃のほうは部活をやっている人たちに聞き込みに行ったのかもしれない。


仲違い中とはいえ置いて帰るわけにはいかないし、日が暮れる時間帯に桜に接触しておきたい。それまでどうしようか。


碧音と蛍はゲームセンターへ遊びに行くと言ってそうそうに帰ってしまったし、使莉花は生徒会の用事があるらしい。今日は料理当番の日なので紅も先に帰り、紅にべったりな光も一緒についていったのだろう。


部活をやっているクラスメイト達は部活動に励み、帰宅部のクラスメイト達は談笑を交えながら帰って行く。


「鋼玉、桜のこと聞きまわっているのか?」


さてどうしようかと考えていると、守が話しかけてきた。そういえば彼は数少ない桜と同じ中学校出身のクラスメイトだった。まず最初に話を聞くべきは守だったのかもしれない。


「ああ。少し気になることがあってね」


詳しくは言えないのでごまかしつつ守にも吸血鬼になった理由を話を聞いてみる。


「守は小玉さんと同じ中学だって言ってたよね。 中学生のころから吸血鬼だったのか?」


「そんなこと聞いてどうするんだ? 桜が吸血鬼と言っているんだからそれでいいじゃないか」


遊び半分に桜について聞きまわっていると疑われてるのかあまり友好的な反応ではない。


「そうゆう訳にもいかなくてね。好奇心で聴いているんじゃないんだ。頼む」


「……まぁ、鋼玉は人を傷つけるようなことをしないだろうし、少しだけならいいか」


しぶしぶといった様子だが、蒼の人となりを信用してくれているらしく話してくれるようだ。


「ありがとう」


「桜は中学のときから吸血鬼だったよ。最初からではなかったけれど。あの見た目だからいろいろと心に負担が溜まったんだと思う。だから、そっとして置いてあげるべきだ。ただでさえ最近はおかしくなっているらしいしさ」


心に負担。いじめでもあったのだろうか。


確かにその可能性は否定できないけれど、それが吸血鬼になった理由とは思えない。むしろ吸血鬼を名乗っている今の方がいじめに遭っても不思議じゃない状況だ。


幸い蒼のクラスにはいじめをするような人物はいない。みんなでわいわい騒ぐことが好きな集団なので、たまにクラス中にいじられるようなことも起こり得るけれど、いじめに発展することはない。みんなそこはわきまえている。


「吸血鬼になった理由とか、分かるか?」


「それは僕にも分からない。いや、桜以外には分からないと思う」


「そうか」


「僕から言えるのはこれくらいだよ。これで気が済んでくれればいいんだけど」


「まぁ、桜を刺激したいわけじゃないからね。出来るだけ善処するよ」


話が終われば守も教室を出て行った。すでに蒼の他にはクラスメイト達は誰もいなくなっている。


1年生の最初の自己紹介の時からそうだったのだからもしかしたらとは思っていたけれど、桜は中学生のころから吸血鬼だった。高校で話を聞いても全然情報が入らないのは当然だ。


やはり高校のクラスメイトに話を聞いても駄目なのだろうか。吸血鬼になった理由を知れれば解決に近づけると思ったのだけど、誰に聞いても分からないという答えしか返ってこないので参考にもならなかった。


別の方法を探すべきか?


「あれ? 蒼、1人で何してんの?」


今度は廊下からレイが声をかけてきた。血縁関係では無いらしいのによく似ているサナも一緒だ。


「この後用事があって、今は考えごとしながら時間を潰しているとこ」


「暇つぶしなら図書室行ったら?」


「それ以外なら検討するよ」


日が暮れるころに桜に会いに行く予定なので、今桜がいるであろう図書館にはできれば行きたくないのだ。


「えー。じゃあ、勉強?」


「テスト前でもないのに勉強かー」


苦手ではないけれど、進んでやりたいものでもない。そもそも勉強は暇つぶしにやるものなのだろうか。


「考え事してたんなら、何か悩み事があるんじゃないの? レイったら気が利かないなぁ」


「いや、相談するほどのことでもないぞ。ちょっと調べ物が行き詰まっててね」


第一印象がなかなか衝撃的だったので、サナに話しかけられると少し緊張してしまう。あの時は取り乱していただけで、常日頃からレイを虐待しているわけじゃないらしいけれど、光を失ったあの目を思い出してしまうのだ。


「あ、そっか。吸血鬼について調べてるんだっけ? じゃあ、私の考えを聞かせてあげる。化物は最初から化物なんじゃないよ。人が人を化物にするの」


湾曲しながらも隣のクラスまで蒼が桜について話を聴きまわっているという噂が広まっているらしい。サナが言う吸血鬼が本物の吸血鬼なのか桜を指して言っているのかは、ちょっと分からないけれど。


意味深な言葉を残してサナは帰って行った。レイも挨拶を交わしてその後を追う。


夕暮れまではまだ少しある。再び1人になった蒼はサナの言っていたことについて少し考えてみることした。


最初から化物じゃないということは、最初は化物じゃなかったということ。守の話でも桜は初めから吸血鬼だったわけではなさそうだ。人が人を化物にするということは誰かが桜を化物に変えたということだろうか。


だとしたら、その誰かが今も呪縛となって、高校生になっても彼女を吸血鬼にさせているということか。


でもそれだと、桜がおかしくなった理由が説明できない。彼女が吸血鬼になった原因は中学時代にある。でも、狂いだしたのは最近の出来事だ。


桜がおかしくなったのは最近のこと。使莉花が避けられるようになったのも最近のこと。でも桜が吸血鬼になったのは中学生のころのこと。これはいったい何を示しているのか。


吸血鬼を演じ続けるうちに気が狂ってしまい、自分が本当に吸血鬼だと思い始めてしまったという仮説はどうだろうか。もう1人の桜は彼女が生み出した吸血鬼としての人格で、彼女の時間である黄昏時を境に表に出て来る。これなら吸血鬼になった時期とおかしくなった時期が合っていなくてもおかしくない。


新しい仮説を思いくと、どこからともなく紙飛行機が蒼の直ぐ近くに飛んできた。折り目からサクラの花びらがハラハラとこぼれ落ちている。


近寄って拾ってみると、中に何か書いてあるみたいだった。紙飛行機を開いてみると屋上という単語が1つだけ。あとはサクラの花びらが数枚。


屋上に来いという呼び出しだろうか。サクラの花びらが同封されていたということは、もしかして桜から?



屋上は立ち入り禁止で鍵がかかっているはずだ。この紙飛行機が誰かの悪戯だったら鍵は閉まったままだろう。でも、これが蒼を呼び出すためのものだったらどうだろう。誰でも行ける校舎裏などではなく、わざわざ普通鍵が閉まっている屋上を指定しているんだ。だとしたら空いているんじゃないか?


真偽を確かめるために屋上に向かう。そろそろ日が暮れる。屋上で何もなかったならそのまま桜を探しに行くことにしよう。


教室を出て、階段を上っていると上から私服の男子生徒が降りてきた。不良って感じもしないし、この先は屋上しかない。もしかして呼び出しの相手だろうか。


少し身構えたが、その生徒は蒼を一別すると、特に話しかけることもなくそのまま降りて行ってしまった。


どうやら呼び出しの相手ではなかったらしい。だとしたら、この上に何の用があったのだろうか。


そして階段を上がり切ると、屋上へ出るための扉の鍵は閉まっていいなかった。誰かいるのか扉を開けて確かめてみると、そこには白い後ろ髪をこちらに向けている女生徒の姿があった。


桜だ。


やはりあれは桜の呼び出しだったのだろうか。彼女はこちらを振り向かずにこう言った。


「お主、妾について調べているのだってな。だったら少し物語でも聞かせてやろう」



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