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アオイコイ  作者: revo
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第二章 吸血鬼の落とし物

第一章より長かったです。これもまた今後分割するかもしれません。


街灯がぽつりぽつりと間隔を空けて光を照らし、辺りはすっかり暗くなってしまった。通り道には民家や街灯が近くに無く、足元を見るのがやっとのところもある。


部活動に入っていないと言うのに、部活動をしている生徒かそれ以上に遅い時間に帰宅することになったのは、学校を出る時間が遅かったのもあるが、途中で蒼に付き合ってスーパーで買い物をしていたから。


「じゃあ、また明日」


蒼に玄関の前まで送ってもらい、挨拶を交わして分かれる。


こんなに遅い時間じゃなければ、何かと理由を付けて紅と2人で暮らしている蒼の家にお邪魔して、料理や家事を手伝おうと思っていた。


蒼は自分たちだけで大丈夫だからと遠慮するが、紅が気を利かせてくれるので瑠璃はいつも蒼のために何かをすることができた。


本当は1人で料理を作ってあげたいのだが、蒼は一緒にやった方が効率がいいと言っていつも共同作業になってしまう。それでも十分幸せだけれど。


部屋に入り鞄を置くと、背後に人の気配を感じた。振り返らずに話しかける。


「明日の朝は余計なことしなくていいわよ」


後ろを見てみると、予想通り光が入口から覗いていた。


紅と光が瑠璃の為を想っていろいろしてくれているのは分かっているけれど、姉として妹たちに世話を焼かれるのは恥ずかしいのだ。


それに意図的に2人の時間を作られても、変に意識をしてしまってたいてい上手くいかない。今日のようにいつも通りなんの進展もないか、最悪の場合奇行に走ってしまうかもしれない。


「………お義兄ちゃん、高校でも人気あるみたいだね。クラスでは狙ってる人はいなそうだったけど、うかうかしてると取られちゃうよ」


淡々と瑠璃を非難してくる光。


何で光はこんなに私と蒼をくっつけたがるんだろう。まさか私と蒼が付き合わないと不都合があるわけでもないだろうに。


すると、光はいきなり思いつめたような表情をし、


「お姉ちゃんは全然付き合いそうにないし、だったら私が………」


「ダメッ!」


思わず大きな声を出してしまった。


「………だったらもっと積極的にならないと、気づいてもらえないよ」


いつもの感情表現の乏しい、人によっては冷たく見える表情に戻り、光は言うだけ言って部屋を出て行ってしまった。


どうやら深刻そうな表情は演技だったらしい。これではどっちが年上だか分からない。


だからと言って積極的になれるわけでもない。

 

蒼はさりげなく無自覚に瑠璃をときめかせてしまう。そのせいで瑠璃は冷静になんていられるわけもなく、ただ赤くなってそっぽを向いてしまうのだ。


ほんと、自分は蒼にベタ惚れだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇      



翌日。蒼はいつも通り瑠璃と登校していた。先日は先に行った2人の妹も一緒だ。


「そういえば部活には入るのか?」


その朝の道のりの中で、紅に部活はどうするのか聞いてみた。


紅の運動神経は悪くないし、リズム感がないわけでもない。興味があれば何でもやれるだろう。


「うーん。どうする、光?」


「私は特に入りたいものはない。ただ、魔術研究会ってなに?」


「私も気になってたの! なんか部活ではないみたいだけど……カルト?」


2人とも部活に入る気はあまりないみたいだ。それより、魔術研究会というものが何なのか気になっている。


あの学校に通うならいくつか知っておいた方がいいことがある。せっかくなのでこの機会に話しておくことにした。


「いや、宗教団体ではないぞ。ただ魔術の存在を信じて日々研究をしているだけだ。たまに奇術ショーをやってる。ファンはいるみたいだが、入ろうと思う人はほとんどいないから部員が確保できず、サークルとして活動している」


魔術研究会は魔術の研究として、魔術と見分けがつくように奇術についてもかなりの知識を有しているという。そして、それを再現するだけの技術も。


魔術と言われて信じてしまうような、素人にはタネも仕掛けも分からないようなトリックでも見破ることができるという。


中でも代表はそういったものの才能に恵まれており、奇術師としてやっていけるほどであるという。ただ、当の本人は彼女は魔術にしか興味がなく、奇術師になる気はないらしい。


「部活とサークルって何が違うの?」


「簡単に言えば、生徒会からお金が支給されるかされないかだな」


部活は生徒会公認の組織であるが、サークルは非公式の団体である。よって生徒会のお金を使う事は出来ない。とはいえ、人数がそろって部活として認められても実績がなければもらえないことに変わりがないらしい。


「ふーん。でも魔術研究会かぁ。魔術じゃなくてオカルトだったら入っても良かったんだけどなぁ」


「………そうね」


「あまり学校でそういうこと言わない方がいいわよ。興味あると思われたらしつこく勧誘してくるもの」


「その気持ちは分からなくないんだけどな。変人の集う学校と呼ばれていても、その道に明るいと言った人の噂は聞いたことがない。学校で情報を集めることは難しいと思うぞ」

 

紅が思う事も、光の体質の事を考えればもっともで、蒼も瑠璃も考えたことがある。


だから魔術研究会について少し調べたことがある。けれど活動内容は名前の通り魔術についてばかりで役に立ちそうな情報を知っているとは思えなかった。


そしてなにより、怪しげな集団の1人にはなりたくなかった。


「分かった。魔術研究会には近づかないようにするよ。悪目立ちはしたくないからね」


「………同意」


蒼たちの思いを、妹たちは分かってくれたようだ。


その時、誰かが蒼たちの集団に向かって走って来た。


「おいっ! 今、魔術研究会って言わなかったか?」


いきなり後ろから話しかけられて4人とも驚く。

 

振り返ると1人の少女が、走って来たのか息を乱しながらこちらを見ている。


「うちの生徒だよな? 興味があるなら放課後に見学に来い。いや、今の時間帯なら朝でも大丈夫だな。今すぐ行こうぜ、我が魔術研究会へ!」


矢継ぎ早にまくし立てられるがさつな言葉。格好は全く整えられてないが、顔はそれなりに美形で、体型も悪くない。


彼女は今の話題の人物であった、魔術研究会の代表である。まさか、魔術研究会と言ったのが聞こえたのだろうか。


こちらから近づこうとしなくても、相手から近づいてくるとは予想外だった。


会員を増やさないと部活として認められないからと必死になっているのだろうか。いささか強引に魔術研究会へ連れて行かれそうになる。


学校までまだ距離がある。着く前に断われれば良いのだが、ちっとも離れようとしてくれない。「とりあえず来てくれよ」の一点張りだ。どうしてこうなった。


そもそもなんでこんなところに代表がいるのだろうか。


蒼は1年間この道を通ってきたが、今まで一度も代表を見かけたことがない。こんな目立つ人が同じ通学路を使っていたら、気づきそうなものなのだが。


代表は上機嫌なのか、聞いてもいないのに魔術研究会について語りだした。


「魔術研究会はなぁ、あたしがこの世界の魔術を知ろうとしたのが始まりだ。だけどいろんな書物を読んで、超能力者のショーを観に行っても、胡散臭いものしかなかった」


胡散臭さを感じて魔術など存在しないという結論に至らなかったのだろうか。いったいなにが彼女をそうさせるのか。


「あたしが観た超能力者は、確実に偽物だった。あれはただの手品師さ」


トリックを見破れるから分かるのか、それとも。


「あたしには分かるんだよ。それがタネのある手品か、本物の魔術かがな」


もしかして、この人は何か普通の人には見えないものが見えているのではないだろうか。そうでなくてはここまで不確かなものを信じられない。それなのに偽物ばかり見てきても、本物の魔術が存在すると信じている。


それはまるで、本物の魔術をどこかで見たことがあるとでも言っているかのようだ。


「うちの会員すら信じてくれないけど、タネが分からなくても見ればわかる。あたしにはね」


そこで言葉を切り、蒼と瑠璃の後ろに隠れている光に向かって言葉をかけた。



「あんたも分かるだろ?」



場に緊張が走る。


この人は光と同じで何かが見えている。そして、光にもその力があることに気づいていた。


光は最初から代表を警戒していたため、さりげなく蒼と瑠璃の2人の後ろに着き、興味なさそうにしていたが、代表の目から逃れることはできなかった。そもそも相手も最初から気づいていたようだ。


「この世界は案外何でも在りだ。だったら魔術があってもおかしくはねーと思わないか? 何なら先輩としてあたしがいろいろ相談に乗ってやるぞ。勉強でも恋愛でもオカルティックなことでもな」


わざわざ魔術とは言わずにオカルティックなことと表現したのは、こちらの事情を察しているのだろう。

彼女がそっちの知識にも詳しいなら相談に乗れるのは大きい。


ただ、得体の知れないこの人を信用していいのだろうか。


明らかに光が怯えている。紅の手をぎゅっと握って落ち着こうとするが、恐怖という感情は消えない。

光が微かに震える口で何かを言おうとした時、代表の頭からぽかりと音がした。


「1年生を怖がらせるのはやめなさい」


いつの間にか代表の後ろに、眩いほどの美人が立っていた。

うねる金色の髪が朝日を反射させ眩しい。その手には丸められたノートが握られていて、今まさにこれで叩きましたよと言っているようだ。


「げ、ソフィア」

 

目に見て分かるほどうろたえる代表。


彼女は蒼の通う学校の生徒会長。国外の血が流れているらしく、黄金色の髪に青みがかった灰色の瞳を持つ、色白でスタイル抜群の女性。その容姿だけでなく、文武両道で誰からも慕われ敬われている、変人の集う学校でも圧倒的に目立つ存在。


そして、代表の天敵。


「人の顔を見てそんな反応しないでくれるかしら?」


「なんでお前がここにいるんだよ! お前の家は学校を挟んで真逆だろ」


「後輩から連絡がきたのよ。先輩に絡まれている友達がいるってね」


そう言いつつ会長は蒼たちの後ろの方に目を向けた。つられて振り向くとちょっと後ろの電信柱の陰に使莉花と蛍がいた。彼女たちが会長に助けを呼んだらしい。


「べつに絡んでねぇよ。ただの勧誘だよ」


「でもその子たち、すごく怖がってたわよ」


後ろにいる光はまだ、恐怖の色は消えていない。

そんな光の様子を見て代表は、


「……え? マジで⁉」


「見ればわかるでしょう?」


「そうか……。歓喜に震えてたわけじゃねーのか」


会長ほどではないが呆れてしまった。


どうやら代表は光を脅していたわけではないらしい。そもそも怯えていることにすら気づいていなかったみたいだ。


だったら得も言われぬ怖さを感じたのはなんだったのだろうか。オカルト的な演出のため?


「朝から災難だったわね。でも悪気はないから許してあげて。この子は魔術のこととなると見境ないから」


「お前はあたしの保護者かっつーの!」


軽い勢いで代表が会長にツッコミを入れようとするも難なく交わされる。蒼たちを置いてきぼりに2人の先輩による漫才のような会話は終わりそうにない。


「それにしても、いつも遅刻ぎりぎりなのに、今日はどうしたの?」


「それはなぁ」


「珍しい子を見つけたからって、登校の準備もせずに出て来るなんて」


聞いといて説明を聞く気はないらしい。


被せ気味に言おうとしたことを奪われた代表は少し赤くなりながら、


「分かってるなら聞くなよ!」


「どうせ話しかける口実を見つけて慌てて出て来たんでしょ? それでも鞄ぐらいは持ってきなさいよ。何しに学校に行くわけ?」


言われてみれば代表は鞄も何も持っていない。服装がみだれているのは走ってきたからかと思っていたが、よく見るとボタンを掛け違えている。代表のことを良く知っているのか会長の洞察力はなかなかのものだ。


蒼たちが今まで代表と遭遇しなかったのは登校時間が違ったからだったみたいだ。いつも余裕をもって登校する蒼たちと遅刻ぎりぎりの代表が会う方が難しい。


会長の言葉に代表は誇らしげに、


「授業中は寝て、放課後に魔術の研究だ!」


「ドヤ顔で言う事じゃないでしょ。今すぐ取ってきなさい。まだ間に合うから」


するとまた丸めたノートで叩かれた。


「えー」


「直ぐ行く!」


「はい」


いきなり素直になって、慌てて帰って行く代表。その様は母親に怒られた普段生意気言っている子供ようだった。叱られて素直になるところが特に。


紅もそう思ったらしく、


「なんか、本当に親子みたいだね」


「……うん」


印象が変わった代表の姿に呆気を取られてか、光が蒼と瑠璃の後ろから出て来た。

会長はそれを見逃さず、光に声をかけてきた。


「あなたね。あの子に目を付けられたのは」


灰色がかった青い瞳が光の姿を捕える。


見られているのは光だけれど、蒼たちまで緊張してきた。あらがえない何かを感じる。


「ふーん、なるほどね。あの子の目に止まるだけはあるわね」


そして数秒見つめただけで何かを見抜いた。


それは代表の力の肯定と会長も何かしらの力を持っていることを意味していた。

常人には見えない何かが見える人、もしくは人ではない何か。


「警戒するのも無理ないけど、私たちは敵じゃないわ。何か困ったことがあったら生徒会長として相談に乗ってあげるわ」


代表よりは信用できるでしょう?とでも言うかのような、いつも通りの気さくな笑顔。だけどオカルト的な能力が有ると分かると少し怖く感じる。近くにこういう人が何人かいるというのは予想外のことだった。


代表が帰ったからか、使莉花と蛍が合流してきた。


「おはようございます。ソフィア先輩、ありがとうございました」


「おはよう。こっちこそ3年生が迷惑かけちゃってごめんなさいね」


「ソフィア先輩と魔術研究会の代表さんって付き合い長いのですか?」


「そうね、凄く長いわ」


使莉花は怖気なく会長と話しているが、蒼たちにはなかなか真似できない。というのも、この金色の髪を持つ驚くべき美人は、先ほどのオカルティックな事を抜いてもとても恐れ多い人であるのだ。


モデルや女優にも劣らないその美貌とまともに会話できるものはなかなかいない。おそらくハーフであろうその姿は道行く人の視線を例外なく奪っている。


そんなこと気にするまでもないとでも言いたげに気さくに話しかけてくれるが、とても平静に会話なんてできない。簡単に言えば、高嶺の花なのだ。


一般生徒が気軽に会話できる存在ではない。相談なんてもってのほかだ。鈍い蒼や女である瑠璃まで先ほどとは違った意味でも緊張してしまう。


それに、会長と変に関わるとおそらく彼女が出て来る。それは場合によってはエンジェリカより恐ろしい。


「仲良く会話できる雰囲気ではなさそうね。じゃあ私は先に行くわ」


いろんな意味で緊張している蒼たちを見て、会長は今すぐ打ち解けるのは無理だと判断したのか、


「何かあったら本当に相談に来ていいわよ。待っているわ」と、言い残して軽やかな歩調で去って行った。


しばしの間、誰も何も言わない。


普段話題には出ても実際関わるようなことがない人に、朝から出会ったのだ。

それも2人。さらに彼女たちは蒼たちも理解しきれていない何らかの力を持っていることをほのめかしていた。


しかしそのことについて今は言及しない。何も知らない蛍と使莉花がいるのだ。彼女たちにこのことについて話すわけにもいかない。


いや、もしかしたら生徒会の一員である使莉花は何かしら知っているのかもしれない。だけど、それを聞くにはこちらの事情を話さなくてはいけなくなるのでどちらにせよ無理だ。


「光ちゃん、どうかしたんですか?」


会長の姿が見えなくなると、光は使莉花に抱き付いてきた。


光が幼馴染以外の蒼たち以外にこんなに懐くのは大変珍しい光景だけれど、やはり使莉花から放出される謎の癒しオーラの影響なのだろうか。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



学校に着き、妹たちと別れて教室に向かい、1時間目の授業が終わっても、魔術研究会代表と接触するようなことはなかった。


紅に連絡を入れても、代表が光を探しに来た様子はないとのことだった。


「諦めてくれた。とは考えられないよな」


「そうね。ソフィア会長も言ってたけど、代表は諦めが悪いらしいわ。簡単には手を引かないかも」


「だよな」


どうしたものかと瑠璃と話し合っていたら、碧音が話しかけて来た。


「次は体育だぞ。移動しないのか?」


「瑠璃さんも早くー」


蛍も使莉花と一緒に教室の外から瑠璃を呼んでいる。


「「今行く」わ」


自然と2人の声が重なった。


準備をして教室を出ると、蛍がにやにやしていた。何事かと振り返ると、碧音も同じような顔をしている。


「どうかしたのか?」


蛍たちがにやにやしているのはいつものことだが、何に対して笑っているのか蒼には分からなかった。

瑠璃の方は分かっているのか、頬を微かに赤くさせて俯いている。


「いやー。今日も息ピッタリだなーって思ってな」


「シンクロするほど仲が良いんだなーって思ってね」


どうやら返事が重なったのが面白かったらしい。


仲が良いのは否定しないし、幼馴染だから息が合ってても不思議じゃない。なぜそれがからかわれるのだろうか。


「よく分からんが、怒ってないで行くぞ。碧音たちの言動にいちいち腹を立ててたらきりがない」


落ち着かせるようと、そっと瑠璃の頭を優しく撫でる。


蒼は瑠璃の頬が微かに赤くなっていることには気づいていた。

しかし、それを蛍と碧音にからかわれて怒っていると判断し、その結果蒼の手は自然に瑠璃の頭に向かったのだ。

 

瑠璃も不意に蒼に撫でられることに慣れており、驚いたりはしない。ただ気持ちよさそうに撫でられている。微かだった頬の赤色もはっきりと分かる。


見慣れ始めたとはいえ、いきなりそんな光景を見せつけられる友人たちは少し気まずい。当人ではないけれど、つられて顔が赤くなりそう。いや、使莉花はすでに真っ赤だ。


「あのー、蒼さん。その辺で」


「そろっと更衣室向かおうぜ」


ためらいがちに話しかけられて、瑠璃は自分が注目を集めていることに気が付く。


「!」


蒼に気持ちよさそうに撫でられている姿を見られたのが恥ずかしかったらしく、瑠璃は慌てて蒼から距離を取る。


後ろも見ずに飛びのくものだから、ちょうど後ろから歩いてきた生徒にぶつかってしまう。とはいえ、小柄な瑠璃にぶつかられても倒れたりはせず、後ろから抱きとめられた。


「おっと。大丈夫?」


特徴的な少し高めの男声。さらさらの髪を伸ばした、一見女の子にも見える学生服姿の少年、レイだった。


「だ、大丈夫。ありがと」


瑠璃はさらに羞恥で顔を赤く染めながら、レイにお礼を言ってそそくさと離れる。


そんな瑠璃の態度を気にした様子もなく、蒼に向かって話しかけて来た。


「これから体育?」


「ああ。そっちは終わったとこか?」


「うん。去年と同じで球技大会の練習だったよ」


レイは隣のクラスで、去年の球技大会で蒼たちと知り合った。蒼や碧音に匹敵する運動能力を持ち、良きライバルとして親交を深めている。


「ふむ。それは楽しみだな」


「だが、今年も勝たせてもらうぜ」


勝っても負けても勝負事は楽しめるが、やはり実力差があまりない方が燃える。


球技大会はクラス対抗で、クラス単位では蒼たちとレイは同じくらいの実力。去年は最後に蒼たちのクラスに勝利の女神が微笑んだが、今年もまた接戦になることが容易に予想される。


だからといって体育の時間以外に球技大会に向けてお互い特訓などはしていない。蒼は負けるよりは勝つ方が好きだが、そこまで勝ちにこだわってはいない。純粋に全力でぶつかり合うのが楽しいのだ。おそらく碧音もだろう。


そしてレイもまた同じような考えであり、授業内と言う限られた同じ時間の中で練習し、勝負をするのが楽しいらしい。


「そう簡単には勝ちを譲らないよ。それにうちは戦力が増えたからね」


「あー。転校生がいるんだっけ。運動できるのか?」


「僕らと同じ、もしかしたらルナ並みに動けるかもしれないね、彼女は」


「元木さん並み………だと?」


「マジで⁉」

 

元木ルナは校内でも随一の戦闘力を誇る有名人である。新入生以外ならきっと皆知っている。


そう。運動能力ではなく戦闘力。言うまでもなく運動神経も良いが、彼女の噂を聞けばそれは戦闘力と表現した方がいいと誰もが思うような人物である。


もともとレイのクラスにはルナがいるため、女子の部門では優勝候補であった。そこにルナ並みの能力を持った生徒がもう1人いたら優勝はほぼ確実だろう。


もし男子部門でレイのクラスに勝てても、総合優勝は簡単ではない。


「今年はルナも連携プレーできるって喜んでたよ。去年は運動神経の良い藍原さんとトリッキーな動きをする煌月あきづきさんにしてやられて悔しかったみたい」

 

接戦を制したのは男子チームだけではない。女子チームもまたレイのクラスと互角の勝負をしていた。


「そういえば藍原ってちっこいわりには運動神経いいよな。蛍の気まぐれな行動にも対応できてたし」


碧音の言う通り、長年蒼と一緒に行動してきた瑠璃もまた蒼に劣らないほど運動神経が良い。妹たちも同様にそれなりに動けるが瑠璃ほどではない。そして蛍の運動神経は並であるが、動きが予想し難く去年の球技大会では相手を翻弄していた。


「気まぐれじゃないよー。そっちの方が面白くなりそうだなって直観的に思っただけ」


蛍は自分のしたことを思い出しているのかにやにやしている。


「それを気まぐれっていうんだよ。応援してるこっちまでハラハラしてたんだからな」


「まあ、見てる方も面白かったけどな。瑠璃は冷静に蛍をカバーするから相手の虚を付けていたし。戦略としても有効だったと思うぞ」


予想できない蛍の行動に敵味方が惑わされているうちに、瑠璃が動いて形勢を整える。いけそうならそのまま攻め込む。連携のとれたいいプレーだった。ただ、瑠璃以外に即座に対応できる人が居なかったが。


「熱くなりがちな空気も、天羽あまはさんが癒してくれていたし、個人の力の小ささを痛感したよ。やはり人は助け合って戦うべきなんだね」


使莉花は運動能力がクラス平均以下なので応援を頑張っていた。本人の自覚はなかったみたいだが、彼女の声や仕草に癒されたクラスメイトは多い。


恥ずかしかったのかクラスの女の子に埋もれながらの応援だったため、使莉花自身は目立っていなかったが、ゲームで言う後方支援とかサポートキャラとしては大活躍だった。


「RPGでも勇者一行は強大な敵を数で寄って集ってフルボッコにするもんねー。つまりそうゆうこと?」


蛍も同じような考えに至ったのかRPGに例えてきた。しかしその強大な敵って、つまり魔王とかってことになるのだが、ルナが聞いたら怒るのではないだろうか。


「間違ってないけどその表現だとどっちが悪か分からないぞ」


しかも碧音のツッコミ通り、勇者側が血も涙もない外道みたいな言い方だ。話題上勇者側は自分たちになるのだが分かって言っているのか?


「うーん。どっちかって言うと、一騎当千の兵でも1人では国を侵略出来ないって感じかな」


「どんな感じだ?」


なぜ侵略の話になっているのか。たしか球技大会の話だったはずなのだが。


「あはは。そろそろ移動しないと着替える時間なくなるよ。じゃあ、また」


レイに言われて時計を見ると、次の授業が始まるまであまり時間がないことに気づいた。蒼たちは急いで更衣室に向かった



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



昼休み。今はいないようなので朝からずっと気になっていたことを瑠璃に話すことにした。


「なあ、気づいてたか?」


「うん。今はいないようだけど、ずっと見られていた、っていうか睨んでたし。さっきのはもはや隠れる気も無かったみたいだし」


授業の合間の休憩時間のたびに、少し離れた場所から蒼たちの事をにらんでいたのだ、気づかない方がおかしい。


昼休み前の休憩時間には、2人の前まで来て「ソフィア先輩と登校したからって、いい気にならないで下さい! 一緒にいる時間は私の方が長いんですから!」と叫んで何処かへ行ってしまった。


「だよなぁ。でも誤解、だよな?」


「登校したって言っても、ほんの少し一緒にいただけだもの。でも、元木さんにとってはそれでも妬ましいってことなんだと思う」


元木ルナ。ソフィア会長を狂おしいほどに崇拝している隣のクラスを代表する変人である。どうやら今朝ソフィア会長と歩いているのを彼女に目撃されていたらしい。


魔術研究会代表が教室まで来なかったのはルナが睨んでいたからかもしれない。ルナもまた代表の天敵でもあると言われているのだ。


「そうか。でも俺たちが悪いわけじゃないし、説明すれば分かってくれるよな」


ソフィア会長が蒼たちと一緒にいたのは、代表に絡まれている光を助けてくれたからである。蒼たちがルナに恨まれるようなことは何もしていない。


「問題は元木さんがこっちの話を聞いてくれなそうってところかしら」


ただ、ルナは暴走すると一般人には手を付けられなくなる。今はまともに話を聞いてくれるか分からない。


それでも、蒼には解決策があった。


「それなら彼女と話ができる人に助けてもらうか」


ルナの暴走を止められるのは、ソフィア会長のほかにはレイしかいない。彼に会うには隣のクラスに行かなくてはならない。それはつまりルナのクラスに行くことになるのだが、彼女のストッパーであるレイが居れば話しくらいは聞いてくれるだろう。それで誤解が解ければいい。


体育の授業の前、彼に会った時に話しておけばよかったと少し後悔している。


教室にレイっぽい生徒がいるのを確かめ、中に入る。


心なしかこの教室が静かに感じる。昼休みの教室ならもっと騒がしくてもおかしくないはずなのに。


少し疑問を感じたが、ルナは教室にいないようなので、今のうちにレイに協力を頼んでおくことにした。彼は教室の後ろにある掃除用具箱の前にいて、こちらに背中を向けている。


「レイ、ちょっといいか。元木さんのことで相談があるんだが。なんかソフィア会長のことで誤解されたみたいなんだ」


女の子みたいにさらさらの、男にしては長めの髪をした、学ラン姿の生徒が振り返った。その顔が見知ったものであるのを確認して少し安心した。


遠くからだとレイに見えたのに、近づくと何となくいつもと雰囲気が違うような気がしたのだ。


「え? ………ルナちゃん、相変わらずなんだ」


「相変わらず?」


その言葉にまた違和感を覚えた。


ルナが暴走して、何とかしてほしいと相談されるのは、彼にとって日常的なことのはずだ。一瞬呆れてるのかと思ったが、そうではなく懐かしがっているように聞こえた。


なぜだろう。それにいつもは、ルナのことを下の名前で呼び捨てだったような。


教室の様子も何だかおかしい。注目を浴びているというか、皆なにか言いことがあるが怖くて言う事は出来ないといった感じの表情で見ている。


「いや、何でもないよ。で、ルナがどうしたって?」


呼び方が元に戻った。レイはクラスメイトのそんな様子を気にしていないようだった。


そして声が少し低くていつもより男っぽく聞こえる。この前声も女の子っぽいって言われたことを気にしているのかもしれない。


だから、あえてそのことには触れないでおくことにした。


「ああ。登校中に代表に絡まれたところをソフィア会長に助けてもらったんだが、そのまま一緒に学校に来たら元木さんに一緒に登校したと勘違いされて………ってなんでそんなに瑠璃を凝視してるんだ?」


瑠璃が一緒にいることに気づくと、レイは観察するかのようにジッと瑠璃を見てきた。その視線から逃れるように、瑠璃は蒼の後ろに隠れる。

 

その様子を見てレイは、瑠璃から視線を離さずに、


「2人で登校してたの?」


「いや、妹たちも一緒だったけど、それがどうかしたのか?」


今度はレイの声が高くなった。興奮しているからなのか、いつもより女の子のような声に聞こえる。


瑠璃と登下校しているのは最近始まった事でもないので、レイも知っているはずなのだが、何か気になることでもあるのだろうか。


「家族公認………。2人は付き合ってるの?」


「!」


びっくりした瑠璃がとっさに蒼から距離を取ろうと思ったのか、横に飛び跳ねた。そしてそのままそこにあった掃除用具箱にぶつかる。


「瑠璃、大丈夫か?」


「な、何ともないわょ………?」


恥ずかしかったらしく、頬を赤く染めて言葉が尻すぼみになってしまった。


瑠璃がぶつかった衝撃で掃除用具箱の扉が開いて、中に入っていたものが出てきてしまった。教室の床に散らばったほうき、モップ、ちり取り、雑巾、縛られた生徒………?


「「!」」


2人して目を見開いて驚く。


まさか掃除用具箱の中から拘束された生徒が出て来るとは思わなかった。いくら変人が多い学校だからと言ってこんな犯罪臭がする事態を目撃するなんて。


犯人はエンジェリカか? 彼らならこうゆうことをやりかねない。


拘束されている生徒はうつ伏せで倒れていて顔は見えないが、髪が長くてさらさらだし、スカートをはいていることから女の子なのだろう。


気を失っているのか動かない。意識を奪ってから縄で拘束し、掃除用具箱に入れられていたのだろうか。


エンジェリカが女子生徒に、と言うより碧音以外の生徒に物理的な制裁を加えているのを見たことは無いが、その可能性は十分にある。


しかし、彼女はいったい何をしたというのだろう。


蒼たちが教室に来た時にはすでに掃除用具箱の前にはレイがいた。昼休みになってけっこう直ぐにこの教室に来たので犯行時刻は昼休みに入って直ぐだろうか。


レイは大きな反応は見せなかったが、混乱しているのだろう。女の子の拘束を解くよりも先に掃除用具を片づけている。


そして、そのまま女の子を立たせ、掃除用具箱に入れて扉を閉めた。


扉を閉める前に見えた顔は、よくは見えなかったがレイに似ているようだった。


「………。じゃあ、ルナに落ち着いて話を聞くように言っとくよ」


何もなかったかのように掃除用具箱に寄りかかりつつ話を再開させるレイ。


いや、今の出来事を無かったことには出来ない。


もしかして犯人って………。そう思った直後、


「ちょっと、サナ! そこにいるんでしょ? ここから出して! 僕は何も悪いことなんかしていないよ!」


突然掃除用具箱ががたがた動き、中から声が聞こえた。どうやら目が覚めたらしい。


っていうか、僕? 中に閉じ込められているのは見た目も格好も女の子みたいだった。だけど、声は少し高いが男声のようで、それはレイの特徴でもあって、彼の一人称は僕である。つまりそれは………。


「どうゆうことだ?」


今、目の前にはレイがいて、掃除用具箱の中にもレイがいる。目の前のレイはもう1人のレイを閉じ込めていて、出す気はないらしい。


「私にもわからないわ」

 

分かっていたが、瑠璃にきいても答えは返って来なかった。


「一体なにを怒っているんだよ。僕が何をしたって言うのさ」


2人に面識はあるみたいだし、ドッペルゲンガーの類ではなさそうだけど、双子なのだろうか。レイは兄弟がいないと言っていたはずだが。

 

とりあえず、閉じ込められているレイは外にいるレイを怒らせてこうなったらしい。


どっちが本物のレイなのかは見分けられないが、中のレイが外のレイのことをサナと呼んでいたから、閉じ込められている方が本物なのだろうか?


「えっと、レイ? これは一体どうゆう状態なんだ?」


わからないから2人に向かって話しかけることにした。答えたのは掃除用具箱の中にいる方のレイだった。


「その声は蒼? ちょうどいいとこに。サナを説得するのを手伝って。この子はこの春転入してきたばかりの転校生で、僕の古い知り「永遠の恋人」なんだけど、ちょっとサナ説明が面倒くさいから変なこと言わないで! このようにルナと同じで暴走すると大変なんだ」


「ああ、そうみたいだな」


若干引きつりつつ納得する。


隣のクラスに転校生がいるのは知っていた。たしか碧音が転校生の女の子がどうとか言っていた気がする。それがこの子なのだろう。

ってことは、レイと見分けがつかないし学ランを着ているけれど、この子は女の子なのか。良く聞こえなかったけど、古い付き合いらしい。一体どんな関係なんだ?


この子といい、元木さんといい、レイもなかなか苦労しているみたいだ。いつも碧音や蛍に振り回されている蒼と瑠璃はすごく同情した。


しばらくして、サナは無言で扉を開いた。いきなり開いたせいか中にいたレイは拘束されているのもあり倒れてしまう。


「痛っ。何がそんなに気に食わなかったのさ」


レイが倒れこんだままサナを非難する。


「私、見たんだ。さっきレイがその子に抱き付いていたのを。私にもしてくれたことないのに。これって私、十分怒ってもいいよね? 監禁したってかまわないよね? だってレイと私は前世から、ううん、もっと前から繋がっているんだから」


ゆったりとした口調で、笑顔に怒気を感じさせながら理由を述べる。


転びそうになった瑠璃をレイが支えたのがサナには抱き付いたように見えて、そのことに対してご立腹だったらしい。


笑顔なのに目が据わってすごく怖い。彼女の目にはレイしか入っていないようだ。


前世より前からの繋がりとかは意味不明だけど、ようするに彼氏が自分以外の女の子と仲良くするのが許せないということなのだろうか?


「その子はレイに興味ないみたいだから許してあげる。1回目だしね。でも、レイは覚悟してね」


最後には張り付けたような笑顔も消えて、能面のような真顔になっていた。ここにきて初めてレイの顔に恐怖の表情が浮かんだ。


「え? まだ終わりじゃないの? これ以上に覚悟がいるようなことされたら五体満足でいられないんじゃ」


レイは逃げ出そうにも、いまだに全身縛られたままなので上手く動くことも出来ない。


「その時は私が付きっ切りで看病してあげるから大丈夫だよ」


可愛い感じに笑顔で言ってるけど、もはやその表情にも恐怖を覚えた。


「あ、ルナちゃん! これからレイにお仕置きしにいくから運ぶのを手伝って」


サナの声に振り向くと、ルナが教室に帰ってきたところだった。サナはルナとも仲が良いらしく、軽いノリで手伝うように誘う。


ルナにはサナとレイの見分けが着くようで、


「なんでサナが学ランを着て、レイがスカートをはいているんですか?」


ルナの真っ先に浮かんだ疑問はそれらしい。確かにそれも気になるけど、拘束されていることには疑問はないのか?


「ちょっと確かめたい事があってね。それは済んだんだけど、やっぱレイって女装させても違和感無いよね~。さすが国をも騙した実力者!」


蒼だけでなく、クラスの全員がそれを否定できなかった。


ふだんから、学ラン姿でも女の子に間違われるのに、スカートなんてはいたら疑いようがない。本当に一国を騙せても不思議じゃないクオリティなのだ。


しかしこのままレイを見捨ててしまったら、サナにどんな目に遭わされるのか分かったものじゃない。物理的にも精神的にも彼の危機だ。


友達として助けてあげたいところだが、ルナまで相手にするとなると助けるのは難しそうだ。2人とも話聞いてくれなそうなうえ、力づくでもなんとかできる相手じゃない。


だから蒼には声をかける事しか出来なかった。


「生きて、帰ってこいよ」


「大丈夫、いつものことだから。命までは取られないよ」


レイはすっかり諦めて遠い目をしていた。


レイ。それは大丈夫じゃないと思う。命があれば大丈夫だなんて、まるで戦地へ向かうみたいじゃないか。それじゃダメだ。


彼が向かうのは戦地ではなく、拷問部屋なのだから。


「あの、今朝はすみませんでした」


レイの今後を憂いていると、驚くことにルナが蒼と瑠璃の方に謝りに来た。


「事情はソフィア先輩からききました。朝から災難でしたね。私の連絡先を渡しておくのでTDのことなどで困ったらどうぞ連絡してください。むしろ私を頼ってください。あの人は諦めが悪いので」


TDとは魔術研究代表の別称であり、代表とそれなりに近い人間がそう呼んでいるが由来は不明。ソフィア会長が名付け親らしいのだが、本人に聞いても毎回違う言葉の略称となって本当のところは分からないという話だ。


ルナが教室にいなかったのは、そのソフィア会長のところに行っていたからだった。


神出鬼没で生徒会役員と限られた人以外にはなかなか会う事が出来ない生徒会長だが、ルナは普通に会いに行くことができる。


それは彼女もまた会長に選ばれた存在だから。表向きの生徒会役員ではなかったはずだから、おそらく裏役員。目立たないことが暗黙のルールであると使莉花は言っていたが、ルナは1人でエンジェリカを蹴散らしたり、球技大会で無双したりと大変目立つ。裏役員の中でも特殊な位置にいるのだろうか。


「ルナちゃん、早くしないと昼休み終わっちゃう。その前にレイにお仕置きしないと」


サナはレイの拘束を解かずに引きずって教室から出て行こうとしていた。


「それよりお昼は食べたんですか? 私はまだ食べてないんですけど」


「あ、そういえば私たちも食べてないや。今日はソフィア先輩と食べなくていいの?」


しかし、ルナに聞かれて自分たちがまだ昼食を取ってないことを思い出したらしく、レイを引きずって教室の中に戻って来た。その光景は十分お仕置きされていると思う。


「今日は忙しそうだったので辞退してきました。邪魔じゃなかったらご一緒させてください」


「ぜんぜん、邪魔なんかじゃないよ~」


「良かったら蒼たちも一緒にどう?」


縛られたままのレイがお昼を一緒に食べないかと誘ってくれたが、弁当は教室に置いてきた。それに、きっと碧音たちが準備してくれている。


「いや、教室で碧音たちが準備して待ってるだろうから、遠慮しておくよ」


「そうね。用も済んだし、戻りましょうか」


本音を言えば、サナとルナという変人2人をレイのように相手できるとはとても思えなかった。


結局この日、朝から懸念していた代表が接触してくることもなく放課後になった。


午前中はルナに睨まれていたため、代表が教室に近づいて来ないのはあまり不思議に感じなかったが、放課後になっても絡んで来なかった。


それはそれで怪しいと思ったが、校門で待ち伏せされることもなく、とうとうその日は代表を見ることは無かった。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



お花見当日。土日は人がたくさん来るので平日の放課後に公園に行くことになった。


皆でお弁当を持ち寄ってお花見という案も出たが、やはりライトアップを観に行きたいとのことで、それなら屋台を周って買い食いしながらサクラを見るということになったのだ。

 

蒼はここの花見会場に何回もきたことがあるが、やはり屋台が出ると雰囲気が違う。サクラも綺麗に咲いているし、表情にはあまり出してないが自然と気分が高まる。


「こうやって咲き誇るサクラを見ると、春って感じがするな」


隣で同じくサクラを見上げている瑠璃の頭に同意を求めるように手を置く。


「そ、そうね」


瑠璃も高揚しているのか頬が微かに赤くなっている。


公園に飢えられているサクラは約4千本と言われており、辺りが暗くなるとぼんぼりやライトアップで照らされいっそう美しさが増す。


特にぼんぼりに照らされて水面に映し出される三重櫓とサクラが幻想的で、見る人の目を止させる。毎春たくさんの人がこの公園にサクラを見ようと集まり賑わいを見せている。


屋台もたくさん出ているが、人が多すぎて全てを見て回るのも一苦労。一度はぐれたら見つけ出すのが困難である。


だと言うのに、テンションが上がり切ってしまった碧音と蛍は今にも飛び出していきそうな勢いだ。楽しいことを全力で楽しもうとするのは悪いことではないが、もう少し団体行動というものを考えてほしい。すでに使莉花が離脱しそうなのに気づいていない。


「大丈夫か? はぐれないように手でもつなぐか?」


言ってから気づいたが、使莉花にそんなことをしても大丈夫だろうか?


さすがに校外までストーキングしていないと思いたいが、手をつないでいるところをエンジェリカに見られたらただでは済まないだろう。


「だ、大丈夫ですぅ。わたしより瑠璃さんと手をつないであげてください」


瑠璃はというと、はぐれないようにか蒼の服の裾をキュッと握りながらいつも以上に近いところにひっついている。


使莉花に話しかけた時あたりからは服だけではなく皮膚まで握られている。痛い。その顔は不満そうな表情で何か言いたげだ。


しかし、いったい何が不満なのかは蒼には分からない。


「どうかした?」

 

訊ねつつ瑠璃の頭に手を置く。ちょうどいい位置に瑠璃の頭があるので蒼はほぼ無意識の動きである。


「べつに……」


するとプイッとそっぽを向かれてしまった。その様子が何だか可愛くて、そのまま手を動かして小動物を扱うかのように優しく、髪が乱れないように丁寧に撫でた。


瑠璃は蒼の手を押さえるように自分の手も頭の上に持っていくが、ほぼなされるがままに撫でられている。

蒼が頭から手を放しても瑠璃の手が離れず、結局そのまま手をつないだ。


手をつなぎたかったけど、自分から言うのが恥ずかしかったらしい。そうやって蒼が瑠璃を嬉し恥ずかしさで赤面させていると、前を歩いていた碧音と蛍が前を向いたまま、


「アツアツだねぇ」


「まったくだぜ。火傷しそうだな」


それを聞いてハッとした瑠璃は慌てて手を放そうとしたが、恥ずかしがりつつもつなげた手を放すことができず、少しの間あわあわとした後、何でもないかのように取り繕った。手をつないで、顔を赤くしたまま。


「何のことかしら?」


「ん? たこ焼きのことだぞ」

 

いつの間に買ったのか、振り向いた2人は出来たてで熱そうなたこ焼きを持っていた。


「瑠璃さ~ん。何と勘違いしたの? もしかして自覚あった?」


碧音はポーカーフェイスで、蛍はにやにやしながら、待っていましたとばかりに瑠璃をからかい始める。


「お前ら、買うの早くないか?」


まずはいろいろと屋台を見て回ろうという話だったはずなのだが、2人はそんなのおかまいなしにたこ焼きを食べ始まる。


「もたもたしてたら直ぐに終わっちゃうんだよ!」


「2つ買ったし、皆で食おうぜ」


そう言って、たこ焼きを1パック蒼に渡してくる。中にはつまようじが2本入っていて、ソースやマヨネーズなどのトッピングはすでにかかっている。


紅と光は会場について早々にグループから離脱したので、今の人数は5人。つまようじの数は計4本。つまり1人分足りない。そのことに碧音から受け取り、使莉花に一本つまようじを渡してから気づいた。


「先食べていいわよ」


瑠璃もそのことに気づき蒼に譲ってくれたので先に食べることにした。


たこ焼きの真ん中、タコを狙ってつまようじを突き刺して持ち上げる。まだ熱いらしくカツオ節が躍っている。それをとばさないように注意しながら息を吹きかけて少し冷ましていると、じーっとこちらを見ている瑠璃の姿が目に入った。


身長差があるため見上げるように、どこかもの欲しそうに見つめられている。


「……。はい、あーん」


さすがにそんな目をされたら平然と食べられないので瑠璃の口元にたこ焼きを持っていく。遠慮していたけど、きっとお腹が空いていたのだろう。


「あ、あーん」


最初は驚いていたが、瑠璃は照れつつも素直に小さい口を開けて蒼の手からたこ焼きを食べる。熱いのもあり、ちびちびと。


その姿がどこか小動物めいていて可愛らしいと思ったが、同時に餌付けみたいだと感じ自重する。さすがに餌付けは失礼だろう。


「やっぱ熱いなー」


「だねー。火傷しそうだよねぇ。使莉花もこっち来る?」


「あ、はい。邪魔しちゃ悪いですしね」


空気を読んでそっと場所を移動する使莉花。周囲の目を気にせずイチャつきだした2人を同行者の3人は何とも言えない表情で見ていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



屋台もあらかた周り終わり、最後に桜が言っていたシダレザクラを観に行くことにした。どうやら屋台が並んでいる場所から少し離れている場所にあるらしい。


今までお花見をしにこの公園まで何回か来たことがあるけれど、屋台があるところを回るだけで、シダレザクラがあるところまでは行ったことがなかった。


お堀に映ったライトアップされた三重櫓とサクラと屋台の間を通り抜け、見上げると輝くピンク色のトンネルとなった並木通りをくぐり抜け奥へ。


屋台が密集しているところほどではないがそこそこ人が多い。道が広い分歩きやすいが、そこらかしこで写真を取っている人がいる。それはカップルだったり家族だったり、またはサクラだけを写真に収めている人もいる。


そしてその奥は少し開けていて、皆歩きながらではなくその場所に立って1本のサクラの樹を観ている。


その樹は他のサクラとは種類が違うのが一目瞭然だった。枝の伸び方が今まで観てきたサクラとは全然違っていて、垂れた枝のせいで他のサクラよりも全体的に丸みを帯びているように見えるが、どこか怪しくも見える。どことなくピンク色の柳に見えないこともないのがその原因かもしれない。


ライトは花だけに当たるようになっており、幹は花と闇に紛れて見えにくい。パッと見垂れたサクラの枝だけが浮いているかのようだ。


「これが、桜の言っていたシダレザクラ……」


「小玉さんが勧めるのも分からなくないね。確かに優美で綺麗だ」


瑠璃と並んでそのシダレザクラを見上げる。


怪しさを感じるが悪い感じはしない。むしろ、それがより一層シダレザクラの美しさにつながっている。


「なんか、小玉みたいだな」


シダレザクラを見上げながら、碧音がぽつりと言った。


「そうですか?」


「色もそうだけど、雰囲気ってゆーか。な?」


「いやいや。な? って言われても分かんないよ」


蛍に同意を求めるも、ピンときていないようだ。


蒼も桜を頭に浮かべながらシダレザクラを眺めてみる。他のサクラから少し離れた場所に独り堂々と咲き誇るその花は、ライトの影響もあり白く輝いているように見えた。


花弁の色は綺麗なサクラ色なのだが、バックの闇と髪や肌が白い桜をイメージした影響でそう思ってしまった。それで碧音の言いたいことが少しわかった。


「んー。独りぼっちでも堂々と咲き誇っている様が、かな。小玉さんがぼっちって訳じゃないけど、見た目的には浮いてるのに、それを気にすることなく堂々としている。このシダレザクラみたいにね」


「あと小玉って木霊じゃん? もしかしたら小玉は木の精なんじゃね?」


「気のせいだと思うぞ」


「だよな。そう考えたらもはやこのシダレザクラは小玉だよな。似てて当たり前だな」


碧音の中で桜は木の精になってしまった。その考えはちょっと突飛ではないだろうか。


「だから気のせいだって」


「そうね。気のせいだと思うわ」


「ん?」


あえて分かり難いように言っていたら瑠璃も乗って来て、使莉花が説明してくれた。きっと碧音も分かってないわけではなかろうに。


「えっと、蒼君と瑠璃さんが言ってる気のせいは……んっと、碧音君の思い過ごしって意味の気のせいです」


「なんだ。そっちの『きのせい』か。てっきり同意してくれたのかと思ったぜ」


もちろん碧音も本気で言っていたわけではないので、同意されなくても軽く笑っている。いつもの冗談だ。


碧音にとってそういったものはフィクションであり、現実には実在しない存在だろう。


それを分かっているので顔には出さなかったが、そういった存在に心当りのある蒼と瑠璃は少し動揺した。


まさかクラスメイトの中に人じゃない存在が混じっている? 確かに桜ならあり得なくないと言えてしまう容姿をしているが、あんなに堂々と?


先日、光が桜と会った時の反応を思い返すと、桜はそちら側の存在だと思わざるを得ないが……。


いや、それでも桜がそうと決まったわけではないし、仮にそうだとしても害があるとは限らない。それにこちらが気づいたことに気づかれなければ問題ないだろう。


「なあ。あれ、小玉じゃね?」


「あ、ほんとだ。 そういえばここにはよく来るって言ってたっけ」


碧音の声で現実に引き戻された。


人ごみに紛れて全体は見えないが、碧音が指差す方に外では目立たないようにしているという特徴的な白い髪が確かに見えた。


体質なのか演技のためかは不明だが、紫外線から身を護るために普段はほとんど肌が見えないような恰好をしているのだが、今の彼女は様子が違った


帽子もサングラスも付けず、サクラが咲くほどの気温になったとはいえまだ夜は寒いのに薄手の白いワンピースだけをまとっている。


「桜にしては珍しい格好してるわね」


瑠璃もやはり桜の格好が気になるらしい。


「ああ。私服姿を見たのは初めてだけど、小玉さんらしさに欠けてる。似合ってて可愛いとは思うけどね」


するとまた瑠璃に横腹を捻られた。なぜ?


「おーい! 小玉さーん!」


蛍が大声で呼ぶも、距離があるからか反応がない。また人ごみに紛れてしまった。


「聞こえてないのかな?」


近くで話しかけた方がよさそうだと判断し近づこうとしたら、桜はこちらに気づかずに歩き出してしまった。


人混みをかぎ分けて追いかけようとすると、風もないのにサクラの花びらが目の前にひらひらと落ちてきた。


そこに何かいるのかと思い見上げるが枝が動いた様子もない。不思議に思いつつも今度こそ桜を追いかけようとすると、いきなり強風が吹いて視界がサクラ色に染まった。


サクラの花びらが突風に乗って視界を遮っているのだ。


あちこちで突然の風に悲鳴を上げているのが聞こえた。蒼はとっさに瑠璃が飛ばされないように抱き絞める。


「うにゃっ⁉」


蒼の胸の中で、瑠璃はびっくりしたのか硬直してしまい、歩き去る桜の姿はサクラ色の世界に溶けて見えなくなってしまった。


風が止んで視界が元に戻っても、どこにも桜の姿が見当たらなかった。


「何だったんだ? いったい」


瑠璃を解放しつつ呟く。


「あ、これ」


いきなり抱き絞められたせいで、真っ赤になってうつむいていた瑠璃が足元にあった何かに気づいて拾い上げた。カードケースだろうか。


「ん? 誰かの落とし物か?」


「う、うん。桜の生徒手帳みたい」


どうやら桜の落とし物らしい。生徒手帳には桜の名前が入っているので間違いないだろう。中には電車の定期券も入っていた。落とした時に汚れたのか少し土が付いている。


届けようにも桜は忽然と消えてしまった。定期券によれば桜の家の最寄駅はこの公園から一番近い駅だった。


桜が電車を使って帰るのならば、直ぐに電車が来ない田舎の駅なので今から追いかければ十分間に合うが、電車を使わないとなると見つけるのは難しい。誰も桜の連絡先を知らないし、今日は週末なので次に会うのは週が明けてからになってしまう。


「どうする? 月曜日に渡すか?」


ちなみにさっきから瑠璃に話しかけているのだが、なぜだか目を合わせてくれない。


「そうするしかないわね」


しかし、そうなると不安な点が1つあった。他の学校であったなら生徒手帳を忘れてもそれほど問題は無いかもしれないが、蒼たちの通う学校ではたまに生徒手帳をもっているかの抜き打ちの審査がある。


朝早くから校門に調査員が立っていて、生徒手帳がないと校内に入れてくれない場合もあるらしい。中に入れてもどこかに連れて行かれて直ぐには解放されないという。


「今年度はまだ調査ないよな? 忘れたころに来るから恐ろしいんだよなぁ」


電車で登校している生徒の大半は、桜と同じように生徒手帳に定期券を入れているため忘れることはほとんどないが、それ以外の登校手段を用いている生徒は普段から気を付けていないと引っかかってしまう。


月曜の朝に調査があるとは限らないが、できれば今日届けてあげたい。桜の生徒手帳をどうしようかと悩んでいると、またクラスメイトを見つけた。


屋台が密集しているところでも何人か知り合いを見かけたり会ったりしたが、週末だけにお花見に来ている生徒も多いのかしれない。


今度はあちらも気づいてくれたようで、その生徒の方から近づいて来た。


「花見に来たのか?」


「おう。見ての通りだ」


木下守きのしたまもる。落ち着いた性格をしているためあまり目立たないが、変人やノリで生きているクラスメイトが多い中、常識的である貴重な存在だ。


発言力があるわけではないのでクラスメイトの暴走を止めることは出来ない。そのため蒼と同じで巻き込まれる側に属している。


「守は1人なのか?」


てっきり守も花見に来ているのかと思ったがそうではなかった。


「……僕は図書館に来ただけだから。シダレザクラを見に来たのはついでだよ」


公園の近くにある図書館に用があったその帰りで、1人でいるのは友達とはぐれたわけではないらしい。


「お花見と言っても、皆はほとんど食べ歩きが目的でこっちまで来ない。こっちには屋台がないから。鋼玉たちもシダレザクラを観に?」


守はどうやらここによく来ているらしく、花より団子のクラスメイトが多い中ここまで来た理由が気になるようだ。


たしかにこっちに来てからはクラスメイトに限らず学生のグループはほとんど見当たらない。守の言う通り、そういった人たちは屋台の方にしかいないのだろうか。


「ああ。小玉さんにおすすめされてね」


「桜が?」


守は桜の名前にピクリと反応した。碧音はその様子に気づくことなく話を続ける。


「さっきそこで見かけたんだけど気づいてくれなかったんだ。で、今はその元木の生徒手帳を拾ってどうしようか悩んでいた所だ」


「そういえば、そろっと調査があるかもしれないね」


「そうなんだよ。それで元木が引っかかったらかわいそうだし何とかならねえ?」


「じゃあ、家まで案内してあげるよ」


ダメもとで頼むと思わぬ返答があった。守は桜の家を知っているのだろうか。クラスでの様子を思い返す限り、2人はそんなに親密な関係には思えない。


碧音も同じような考えに至ったらしく、


「マジで? ってか元木の家知ってんのか?」


「まあね。小中と一緒だったから」


守は何でもないかのように言って歩き出したけれど、ただ小中学校が同じだからと言って家まで知っているものでもないだろうに。疑問に思いつつ守について行く。


そもそも、蒼にとっては小中学校のメンバーは変わらないものなので、そうなると全員の家を知っていることになる。


少なくとも高校に入る前までの守と桜はある程度親しい仲だったのではないだろうか。


「だったら守が届けてくれればいいんじゃないか?」


「いや、桜は僕と関わりたがらないだろうから」

 

どこか寂しそうに言った。それは思わず口を滑らせたものらしく、守は直ぐに少し早口に言葉を付けたして誤魔化そうとする。


「中途半端にお互いを知っているのは気まずいだけなんだよ。中学までならともかく高校まで同じになるなんて思ってなかっただろうしね」


蒼は小中学校どころか物心つく前からずっと一緒にいる瑠璃といても気まずくなることは無いが、桜と守の場合はこの2人ほど仲が良かったわけでもないのだろう。


それなのに長い時間同じ空間にいたからお互いのことを良く知っている。たしかにそれは気まずくもなるだろう。


「鋼玉は藍原さんとずっと一緒にいても、その関係に悩んだりしたことなさそうだもんね。藍原さんはそうでもないみたいだけど」


「べつに私は……」


守は手をつないでいる蒼と瑠璃の様子を見ながら何かを感じ取ったらしく、瑠璃に同情のような羨望のような不思議で複雑なまなざしを向けて言った。


その言葉について少し考えてみた。瑠璃とは一緒にいるのが当たり前のように過ごしてきたけれど、瑠璃の方はどうなのだろうか。一緒にいるのが当たり前のように思われているだろうか。


最近は怒ったようにそっぽを向かれたり、つねられたりすることが増えた。不満げな表情を見る機会も増え、直ぐに赤くなるし、挙動不審も目立つ。


碧音たちにもいつもからかわれるし、もしかして高校生になっても男女で一緒にいるのはおかしいのだろうか? 瑠璃もそれが嫌なのかも知れない。

 

このままずっと一緒にいられ続けるとは思ってない。だけど、瑠璃が何処かへ行ってしまうんじゃないかと考えると何故か寂しい。


「瑠璃はこのままの関係が嫌か?」


気づけは口が動いていた。


「えっ? 嫌、じゃない。けど、このままじゃダメだとも、思ってる」


赤くなりながらもとぎれとぎれに瑠璃は言った。やっぱり瑠璃もこのままの関係に不満があるみたいだ。


「じゃあ、ちょっと距離を置いてみるか?」


テレビか何かで聴いたような気がする。ズルズルと続けてきた関係を改善するためにいったん距離を置いてみると良いという。


そうすることでお互いのことを考える時間が出来て……その後どうなるかは忘れてしまった。とにかくテレビの情報を鵜呑みにするわけではないが改善されるなら悪くないだろう。


「え……?」


すると瑠璃の目が捨てられた小動物のような目になってしまった。


蒼は何か勘違いしているが、距離を置くというのは男性から言う場合と女性から言う場合で意味が違ってくることがある。


瑠璃の中では、男女が付き合っているのを前提に、女性からそれを切り出した場合はまだ望みがあるものの、男性から切り出した場合はほぼ破局だと思っている。


これが恋人未満の関係になると、離れた距離は戻らない。


つまり、瑠璃にとって蒼の距離を置こう発言は「さよなら」ということになる。


「待て待て待て待てっ! 早まるな2人とも!」


「その会話ストップ! ストーップッ!」


碧音と守が蒼を、蛍と使莉花が瑠璃を連れて、慌ててお互いの会話が聞こえない程度の距離に引き離す。

いつになく真剣な表情の碧音が蒼の肩を押さえて言い聞かせてくる。


「いいか、蒼。まず聞くがどうして距離を置くんだ? 藍原のことが嫌いになったのか?」


「そうじゃないぞ。ただ、ずっと一緒にいるのも変かと思ってな」


全てではないが自分の考えを2人に聞かせる。


タイミングがつかめなかっただけで、瑠璃も今の状態を変えたいと言っていた。一緒にいるのが習慣化しているので、ある日いきなり一緒にいるのを止めようなんてなかなか言い出せなかったのだろう。


でも、そうやって瑠璃が側から離れて行ってしまうと、寂しいのでとりあえず少しの間だけ距離を置こうと言ったのだ。


でも、おはようからおやすみまでいつも一緒というわけでもないのに、どうして離れられたら寂しいなんて感情が出て来たのかは分からなかった。


「ごめん。そうゆうつもりで言ったわけじゃないんだ」


何故か反省している様子の守。謝られても何に対してだか分からない。


「一緒にいるのが嫌になったら勝手に距離が出来るから、わざわざ距離を置かなくても大丈夫だ。藍原は自分の意思で一緒にいるんだから」


理解はできないが、そうゆうものなのだろうか。普段ならともかく、今の碧音は珍しく冗談ではなくまともなことを言っているらしい。そして疑問を感じる。


「なんでそんなに必死なんだ?」


「勘違いですれ違いそうだったからだよ! お前はもっと考えて発言してくれ!」


「いや、考えた結果がさっきの発言だよ。鈍感な人には僕も心当りがあるから分かるよ」


どこか遠い目で呟いた。経験から守はなんとなく蒼の思考が読めたらしい。


通常であれば、誰より蒼の近くにいる瑠璃にも分かることなのだが、いきなり抱きつかれたり、振られ話をされたりして冷静ではいられなかったためそこまで頭が回っていなかった。


その瑠璃は今、蛍と使莉花のおかげでだいぶ落ち着いているようだ。


「マジか。つまりそういった知識が足りないのか」


「そうだと思う」


「なんか、失礼なこと言われてないか?」


「事実を述べただけだ」


「だね」


釈然としないが、実際に蒼は何なのか良く分かってないので何も言えなかった。


どうやら自分の言葉が瑠璃に誤解を与えるようなものであったらしいが、どんな意味になるのかは結局不明のまま。


どうして瑠璃があんな悲しそうな目をしていたのか。

どうして蒼は瑠璃が離れて行ってしまうと寂しく想うのか。


2人は分かっているようなので聞いてみてもよかったのだが、なんとなくこれは自分で答えを見つけなくてはいけないと感じ言葉を飲み込んだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



途中蒼にとっては原因不明の出来事で男女に分かれたが、その後無事合流し再び歩みを進めた。


合流した際に、瑠璃は蛍たちに何を言われたのか、複雑な表情で無言で蒼の手を握ってきた。


手をつなぐこと自体は珍しくないが、瑠璃のほうから手を繋いで来るのは珍しい。そのことが言外に蒼と一緒にいるのは自分の意思だと言っているように思え、無意識にほほ笑んでしまった。


瑠璃はその顔に気づき赤くなりながらそっぽを向いた。手をつないだまま。


なんか分からないけど、すごく安心した。


「そこの家が桜の家だ」


そしてようやく目的の場所に着いた。住宅地の一角。吸血鬼らしさも何もない、いたって普通の民家で、表札には小玉と書かれている。


全員で入るのも迷惑になりそうなので、瑠璃と蒼が代表して敷地に入る。インターホンを押してしばらくすると声が聞こえて来た。


『はい。どちら様ですか?』


若い女性の声だ。機械越しのためか少し違和感があるが、おそらく桜だろう。


「藍原です。桜の生徒手帳を拾ったので届けに来ました」


すると家の中から微かに物音が聞こえ、玄関の扉の向こうに誰かが来た気配を感じた。鍵を開ける音が鳴り、扉が開くと真紅の瞳と目が合った。


「わざわざどうも」


桜はなんだか暗い雰囲気で、いつもより声が低いうえに不愛想だった。玄関の電気が点いていないためか、赤い瞳が普段以上に妖しく見える。


瑠璃の手から生徒手帳を受け取るとそのまま扉と閉じてしまった。


「小玉さん、具合が悪いのかな?」


自称吸血鬼の桜であるが、他人との交流をおろそかにはしない。自発的に話題に入って来ることは少ないが、もともとおしゃべりな性格なのだろう。話を振ればきちんと返してくれるし、人に不快な思いをさせないように気を使っているようにも感じる。


だけど、今の桜はまるで別人のようだった。


「家に押し掛けたのが迷惑だったのかしら」


いつもの気さくな自称吸血鬼とは称せない桜の言動に戸惑っていると、勢いよく玄関の扉が開いて桜が飛び出して来た。


危うく瑠璃と激突するところだったので、後ろから瑠璃を抱き寄せて、持ち上げた。すごく軽かった。瑠璃がびっくりしたのかジタバタと暴れるので、直ぐに降ろす。


抱き心地が良かったから少し名残惜しい。


「藍原さん! ストラップ見なかった? 生徒手帳に付けていたはずなんだけど」


自宅の前でいちゃつく2人を気にする余裕もない、必死な表情だった。いつもの古めかしい口調すら忘れて、瑠璃に押し倒さんほどに詰め寄って来ている。


「見てないわ。落ち着いて桜。もしかして大事なもの?」


こんなに感情を表に出している桜を見るのは初めてだった。


「うん。あれはわたしのお守り……なのじゃ。とても大切なものなのじゃ」


瑠璃に言われて少し落ち着いたようだ。途中で口調が元に戻ったが、そこは指摘しないであげた方がいいだろう。今はさほど重要ではないし、気づかなかったふりをするべきだ。


生徒手帳に付けていたというストラップは取り乱すほどに大切なものだったらしい。しかし、拾った時にはすでにストラップは無かった。いったい何時無くしたのだろう。


桜から詳細を聞いて、その後会場に戻りストラップを探すことにした。サクラの花の押花が入った手作りのストラップらしい。


桜も一緒に探しに行くと言って聞かなかったが、体調が優れないようだったのでどうにか説得して置いて行った。


守やまだ会場にいた妹たちも巻き込んで皆でシダレザクラ周辺や落とし物が届けられていないか歩き回ったけれど、結局見つけることは出来なかった。


あまり遅くなると帰りの電車が無くなってしまうため、時間切れでそのまま解散となってしまった。守とは帰りが歩きだからもう少し探してみると言っていたので会場で別れた。

人物紹介


藍原あいはら瑠璃るり

蒼のとなりの家に住む幼馴染。蒼のことが大好きで、ずっと告白してくれるのを待っている。

中学は違うが蛍や使莉花とは一年生のころから仲が良い。碧音のことは嫌いではないがしつこくからかってくる時は容赦しない。背が低くて胸がぜんぜんないことをひそかに気にしている。

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