第一章 変人の多い学校
長いので今後分割するかもしれません
第一章変人の多い学校
朝、鋼玉蒼がいつも通りの時間に家の外に出ると、1人の少女が同じように隣の家から出て歩いてきた。
そして、蒼の顔を見て挨拶をしてくる。
「蒼。おはよ」
腰のあたりまで伸びた、さらさらと音を立てるように揺れる真っ直ぐな黒髪、整っているが少し幼めの顔には少し冷めた表情、そして高校生にしては小さめの身長。藍原瑠璃だ。
「おはよう。瑠璃」
蒼と瑠璃は隣の家に住んでいるため、付き合いも長い、いわゆる幼馴染の関係だ。
2人が住んでいる場所は都心から離れた田舎であり、少子化の影響か保育園から中学校までほとんどクラスのメンバーが変わらなかったため、幼馴染のような人たちは結構いるが、その中でも瑠璃とは特に親しい間柄である。幼いころはお互いの妹と一緒になってよく遊んでいた。
その頃は瑠璃の方が身長が高く、誕生日も蒼より速いのでお姉さんぶっていたが、早い段階で成長が止まってしまい、今では一緒に並ぶと兄妹みたいになってしまう。
高校生になっても2人は同じ高校に通うことになったので、それまでと同じようによく一緒に登校している。
「光が先に出て行ったんだけど、知ってる? 紅もいないみたいだけど」
光は瑠璃の、紅は蒼の年子の妹で、今年同じ高校に入学してきた。兄妹仲も良い方なので一緒に登校することもあるが、今日は先に家を出て行った。
「高校初めての日直だからって張り切って出てったぞ。光も一緒に行ったんじゃないか」
日直にそこまで張り切る要素があるのか分からないが、光が一緒に早く学校に行ったのは容易に想像できた。
「……また気を使ったのかしら」
「何?」
「別に。あの子は紅にべったりだものね」
活発で元気いっぱいな紅とは違い、光は無口で大人しい性格をしている。四六時中紅と一緒にいて、他に親しい友達を作ろうとしない。
「せっかく高校生になったのに、新しい友達を作る気がないみたいよ」
さすがに高校は中学までとは違い、知り合いばかりではなくなる。学校が近いこともあり、同じ中学出身の生徒も多いが、圧倒的に他の中学出身の生徒の方が多い。
そもそも中学では1学年40人弱だったので、仮に全員が同じ高校に入ったとしても初めて会う人の方が多くなるのは当たり前なのだ。
光が紅と別のクラスだったらどうなっていたのだろうか。
それでもきっとクラスに友達を作らず、休憩時間の度に紅のところへいくのだろう。
それほどまでに光は紅を信頼し、他の人を信用しないのだ。
「まあ、仕方ないんじゃないか? 体質のこともあるし、紅と一緒にいれば孤立もしないと思うよ」
心配そうな表情をしている瑠璃の頭をそっとなでる。
「そ、そうね」
するとそっぽを向かれてしまった。
理由はよく分からないが、前に怒っているわけではないとこの前言っていた。なぜなのかはごまかされて教えてくれなかったが、最近この仕草が増えたような気がする。
しばらく歩いていくと学校が見えて来る。2人が通う学校は良く言えば歴史ある校舎で、かなり広い。総合学科のため選択科目が多く、そのせいか教室も多い。
一応進学校であるが、偏差値はさほど高くはない。制服は規定されておらず、私服でも構わないのだが、だいたいの男子は学ランを、女子は市販の制服を着用している。
今の時期は校舎の前で部活の勧誘活動をしている部員が何人かいる。囲碁部、将棋部、文学部、地学部と、どちらかと言うとマイナーな部活が新入部員を確保しようと頑張っているのだ。
一方人気ある部活は新入生歓迎会という名の集会の部活動紹介で十分部員が確保できるのでわざわざ朝から勧誘活動などしない。
中にはパフォーマンスをしている部活もあるようで人だかりができている。
「魔術に興味あるやつはいないかー。一緒に魔術について研究しようぜ! 魔術研究会はそんなお前を歓迎するぞ!」
中には人数が足りず、正式にはサークルとして活動している団体もある。魔術研究会は一昨年に魔術研究会代表によって結成された名前の通り怪しい団体だ。
今年も新入生歓迎式で新入部員を確保しようと奇術を披露していたが、いまだに勧誘活動をしているということはあまり収穫がなかったのだろう。見世物としては注目度が高いが入りたいと思う生徒はほとんどいないようだ。
魔術に興味があると勘違いされて目を付けられても迷惑なので、そそくさと校舎に入ることにした。
今あの人だかりを形成しているのは会員と新入生だ。そして何も知らない新入生はこの後魔術研究会のメンバーに囲まれて見物料を払え、無理なら魔術研究会に入れと脅されることになる。
そしてそのことを聞いた生徒会長から代表はこっぴどく怒られることになる。一昨年、去年と同じことをして、普段は温厚な生徒会長に怒られたのに全くこりてないらしい。
代表は男っぽい言葉遣いだが、見た目は人目を引く美人な女性なので、言動を慎めば人気が出るのではないかと思う。実際はああなので今年の新入生からも残念美人だと思われるのだろうけれど。
「今年もやってるのね。魔術なんてバカらしい、なんて笑えないけど、あれじゃ新入生逃げちゃうわよね」
もともと怪しい集団なのに、犯罪めいた勧誘法をしていれば人が寄り付かなくなることを分かっていないのだろうか。それともわざとなんだろうか。だとしたら、
「怪しさが欲しいんじゃないか? 魔術が好きみたいだし」
「そうね。軽い気持ちじゃなくて、本当に魔術に興味がある人を求めているのかもしれないわね」
実際、本気で魔術が存在と信じている生徒が代表以外に居るのかは分からないけれど、それだけ真剣だって事なのだろうか。
「こんな田舎でそんな奇異な人が集まるとは思えないけどね」
「田舎だからこそ集まるんじゃないかしら? 街中じゃ人目が多くて、魔術なんて使えないかもしれないわよ。田舎なら人目につかないところがたくさんあるもの」
学校から少し離れれば田んぼや畑が広がっており、直ぐ近くには山がある。崖下に行けば民家もなくなるから人目を避けて何かをしたいならある意味うってつけの場所だ。
「たしかに田舎の学校にしては県外から来たって人多い気がするね」
「案外、代表もオカルトの世界では有名人なのかもしれないわね」
「だとしたら、県外から彼女に会うためにわざわざ転校してきた生徒もいるってことになるな」
「それにしては会員が少なすぎるわね」
「じゃあ、魔術研究会は魔術の素質がある生徒を集めているのかも」
「魔術は一般に認知されていないもの。それが使えるとなったら大変なことだものね。代表がそれを隠す役割を担っているってことね」
「「まあ、仮に魔術が存在すればの話だけど」」
教室に着き、会話も区切りがついたので、もしも魔術が存在したならばというもしも話を終わりにして笑い合う。
蒼と瑠璃の席はもっとも廊下側の、前から2番目に瑠璃が、その3つ後ろに蒼の席がある。それぞれ鞄を置こうとすると、2人に気づいたクラスメイトが何人か近づいてきた。
「蒼さん、瑠璃さん、おっはよー」
「おはようございますぅ」
「おはよー。2人とも今日も仲良いな」
明るさが取り柄の煌月蛍。優しさがにじみ出る天羽使莉花。気さくな翡翠碧音。高校に入学して以来、仲良くしている3人だ。この3人は同じ中学出身で、そのころからからの付き合いらしい。
「おはよう。蛍、使莉花、碧音」
「ん。おはよ」
入学当初席が近く、気が合ったので直ぐに仲良くなった。それからはこのメンバーでいることが多い。
「瑠璃さん、なんだか機嫌がいいねぇ。何かいいことでもあった?」
なにか面白いものを見つけたというように、蛍がにやにやしながら瑠璃に詰め寄る。
蛍は自由奔放で悪戯好き。面白そうなことを見逃しはしない。面白い人、もしくは少し変わった人としてクラスに認識されている。男女隔たりなく接するが女の子として見られているかは疑問が残る。
「蒼さんと一緒に登校してたみたいだし………」
観察するようにじーっと瑠璃を見つめてにやにやする。
「なによ」
それに対して瑠璃はじと目で返す。そして碧音も、
「いや、一緒に登校はいつものことだろ。今さらその程度でご機嫌にはならないはずだ。他になにかあったな? お前、もしかして藍原に………」
そう言って、蛍と同じように碧音が蒼の方を向く。しかし、普段と特別違う事をした自覚は無い。
碧音もまた蛍同様に楽しいことが大好きで、少々痛い目に遭うのが分かっていても、面白そうなことを優先させる傾向にある。蒼とは男同士いろいろと勝負をしてきたが、運動神経は同じくらいで、親友であり、よき好敵手である。
「なんだよ」
「朝からキスでもしたのか?」
何でもない風にさらっととんでもないことを言ってきた。つかさず瑠璃が反応する、
「頭撫でられただけよ! あ。ち、違うわ。いつもと違う事なんて何もなかったわ」
思わず反応してしまったのが恥ずかしいのか、直ぐに取り澄ました態度をとり、何もなかったことを主張する。
「つまり頭撫でられるのはいつものことってことだね」
「うぅ……べ、べつに毎日撫でられているわけじゃ………」
蛍に指摘されて恥ずかしそうに顔を俯かせる。その様子がとてもいじらしくて、気づいたらまた瑠璃の頭に手を乗せていた。
「蒼君のそれはもう無意識ですよね」
皆が2人を見ている。蛍と碧音はにやにやと、使莉花は微笑ましいものを見る目で。
瑠璃はますます顔を赤くしているのだが、蒼は全く気づいていない。
そもそも、蒼にとって女の子の頭を、特に瑠璃の頭に手をやることは特別でもなんでもないことであった。
蒼は幼いころから妹たちや、身長が超えたころには瑠璃の頭を撫でてきた。彼女たちは気持ちよさそうに、最近は少し恥ずかしげにしてはいるが、嫌がっているようではないので事あるごとに頭を撫でたり、手を置いたりすることが癖になっているのだ。
「そ、そんなことより、使莉花。魔術研究会が今年も懲りずに勧誘活動してるけど、生徒会はマークとかしてるのかしら?」
皆からの視線にいたたまれなくなったのか、瑠璃は半ば無理やり話題を変えた。
使莉花は生徒会役員でもある、らしい。詳しくは明かされていないため不明だが、この学校の生徒会役員は一般より人数が多い。会長、副会長、会計、書記、広報の他にもなにやらあるようで、使莉花はそれに所属しているという。他にも何人かメンバーがいるみたいだが、皆何らかの特別な才能を持っているらしい。
いろいろな憶測があり、生徒会長の個人的な理由で集められたとか、世界の危機を救う為に集められたとか、眉唾物の噂しかない。
そんな組織のメンバーに使莉花が選ばれた理由は、蒼たちには何となく分かっている。使莉花の才能、と言うより体質によるものだろう。
天羽使莉花は、名前からも想像できるように、天使の生まれ変わりなのではないかと言われるような女の子である。ピュアで優しいだけではなく、常に謎の癒しオーラを放出している。ゆえに彼女の周りは常に平和で暖かな空気に包まれている。
柔らかな雰囲気と可愛らしい容姿から校内でも絶大な人気を持ち、本人のあずかり知らぬところでファンクラブが発足するほどである。
またその使莉花ファンクラブであるエンジェル・シリカ、通称エンジェリカは過保護で有名である。本人に気づかれないようにボディガードをしているのだが、たまに行き過ぎた行動をすることがある。
「生徒会の活動アピールにもなるからしばらく放置するみたいですよ。今回はわたしの出番はなさそうです」
どんな時に使莉花の出番が来るのかは分からないが、おそらくもめ事が起こりそうなときに召喚されるのだろう。使莉花の癒しのオーラでその場の空気を良くしてくれるし、暴動が起きてもエンジェリカが使莉花を護るために尽力してくれる。
「またかと思うけど、今年で見納めなんだよな。代表が何かしでかして、生徒会長による公開お説教されるっていうの」
見ものが減って寂しくなると言った感じに碧音が呟いた。彼女たちが入学してからこの学校の名物にもなっている一連の流れは、若者にとって退屈な田舎の少ない娯楽の一つになっているのだ。
会員確保に関わらず代表は何かと問題児で、よく生徒会長に説教されている。その様は確立されたコントのようで、見ている者を楽しませてくれる。
よく説教していると言っても、生徒会長が怒りっぽいわけではない。むしろ代表以外が会長を怒らしたと言う話を聞いたことがない。校内で唯一生徒会長を怒らせることができるのが魔術研究会の代表なのだ。
そんな彼女たちも今年で三年生。来年にはいなくなってしまう。
「心配しなくても、うちの学校は変人の巣窟だから、話題に困ることはないと思うぞ」
その筆頭が魔術に憧れる代表であるが、他にも図書室に住まう本の虫、非の打ちどころのない生徒会長、異常なほど会長に執着する少女、自称吸血鬼、危険臭のするファンクラブなど、他の学校で探してもなかなか見つからないような人材がそろっている。
「まあ、この学校にはクラスに1人は変わったやつがいるからな。普通の学校とは違うレベルのやつが。うちだとまずは使莉花だろ」
「え? わたし変わってますか?」
普通でないって意味なら合っているが、変人として扱ってしまうには可哀相だ。碧音もそのことは分かっているのでフォローを入れる。
「変な意味じゃないぞ。いまどき使莉花みたいな子は珍しいってだけだ」
「そう言う碧音さんも変わり者の1人だよね」
「俺がそうなら同類のお前も変わり者の仲間だ、蛍」
「ふふふ。否定はしないよ」
常に楽しいことを求める2人はやはり、一般から少し外れていることを自覚しているようだ。特に蛍はたとえからかい過ぎて瑠璃を怒らせても懲りることは無い。
楽しさを求める心が常人を逸脱しているのだ。さすがに犯罪には走らないと思うが。
「つまりこの集団は半分以上がアブノーマルって事なのね」
「じゃあ俺たちは変わり者と一緒にいるという変わり者ということか」
「いや、蒼も立派な変わり者だぜ」
「ふむ。どこがだ?」
「常人ではあり得ないほどの鈍感っぷり。その所業は並の人にはできまい!」
碧音の代わりに蛍がなんだか失礼なことを言ってくる。なぜか口調がおかしい。
そして瑠璃までもが無言でこくこくとうなずいて賛同している。
「そんなに鈍感か? 自覚ないんだが」
「じゃあ、蒼さん。瑠璃さんが他に誰もいない帰り道で、もじもじしながらこう裾をキュッと握りながら、上目づかいで『つ、付き合って………』って言ってきたっ」
最後まで言う前に瑠璃が蛍を突き飛ばして、バシバシと叩き始めた。瑠璃の猛攻に耐えながらも、何とか最後まで言いたいことを言う蛍。
「い、言ってきたらどうする?」
「っっ!」
するとさらに攻撃が激しくなる。そんなに何が気に食わなかったのだろうか。蒼には全く理解できない。
自分はそんなことしないとでも思ったからだろうか。それでも叩くほどのものではない気がするが。それともただ女の子がじゃれ合っているだけだろうか。
「ど、どうしますか蒼くんっ。瑠璃さんになんて返します?」
なぜか微かに赤くなりながら使莉花が蒼に蛍の問いの答えを聞いて来る。蛍にお仕置きしながらも、期待を込めたような視線で瑠璃もこっちを見ている。
「うーん、そうだな」
そもそも、質問の意図が分からなかった。
付き合ってと言うからには、何処かに行きたいのだろう。シチュエーションがわざわざ他に誰もいない帰り道ということは、帰りに行ける場所で、入るところを他の人に見られたくないってこと。
ならそのまま「いいけど、どこへ行くんだ?」って返すのは無しだろう。行先を言わないってことは言いたくない、もしくは言うのが恥ずかしいってことだろうし。
だとしたら、
「俺で良いのか?」
「!」
瑠璃が目を見開いて驚いている。ついでに蛍への攻撃の手も止まった。
「おー! そして? 『蒼が良いの』って言われたら?」
「じゃあ、一緒に行くか」
とたんその場の全員からあからさまにがっかりした表情をしている。
「なんだその表情は。なんか変な事言ったか?」
返答はなく、ただため息が聞こえる。代表して使莉花が、
「蒼くん。瑠璃さんは、べつに一緒に行きたいところがあるわけではないんですよ」
「わ、私の名前はただの例よ」
瑠璃はあくまでも自分の名前であると主張する。そんなに自分のイメージと違う話だったのだろうか。そのわりには、その様子が鮮明に思い描けてしまったのだが。
「そうだぞ、蒼。女の子が付き合ってって言ったらそれはもう……」
「もう、なんだ?」
「墓までだろ」
女の子3人がずっこけた。
「墓参りのことか?」
碧音の答えは飛躍しすぎで蒼には意味が通じていなかった。その様子を見て碧音は瑠璃に向かって、
「これはもう藍原からドストレートに言わなきゃ伝わんねーんじゃないか?」
「碧音には関係ないでしょ」
「そんな冷たいこと言うなよ。蒼の友人として応援してるぞ」
にこやかな碧音に対して瑠璃はじと目で、
「だって、蛍と同じで顔に本心が書いてあるもの。楽しそうだからって」
「うっ。でも、それだけじゃないぞ。ちゃんと応援もしてるから」
「そ、そうだよ。なかなかくっつかない2人の反応を見て楽しんでるだけじゃないよ!」
「おいっ! それじゃ駄目だろ!」
「あ、しまった。つい本音が」
「………そう。あとで校舎裏に集まりましょう。3人で話があるわ」
黒い笑顔で調子に乗りすぎた2人にそう提案する。行われるのはきっと言葉の話し合いではなく、物理的なもの。それも一方的なものになるのだろう。
「え、遠慮しときます」
「わ、私も」
碧音も蛍もその未来が見えたので、引きつりながら辞退した。調子に乗りすぎたことは反省しているが、そのうちまた復活することだろう。
「で、結局なんの話だったんだ?」
そして最後まで蒼は話の意図が分からないままであった。
◇ ◇ ◇
昼休み。クラスメイト達はおのおの好きなところへ散らばって行き、教室は開放感に満ち溢れていく。
それほど学力が高い学校でもないので、授業に退屈している生徒も多いのだ。また、新学期が始まったばかりでもあり、春休み気分が抜け切れず、春のうららに誘われて、授業中に夢の世界へ行ってしまう生徒も多い。
ようやく午前の授業が終わり、昼食の準備をしていると蒼のスマートフォンから着信音が聞こえた。手に取ってメッセージを確認すると、
『今、教室を出たところ』
妹の紅からだった。これから二年生の教室に来るってことだろうか。とりあえず返信しようとすると、またメッセージを受信した。
『今、階段にいるの』
「ん?」
やけに早い。いや、そもそもなんでそんなことをいちいち報告してくるんだ?
そして、間もなく次のメッセージが表示される。
『今、教室の前にいるの』
「んん⁉」
いくらなんでもタイミングが早い。走って来たのだろうか。だとしたらメッセージを送って来る意味が分からない。上級生の教室に入るのに躊躇しているのだろうか。それとも急いでいるわけではない?
「どうかした?」
瑠璃が何かあったのか聞いてくる。
「いや、なんか紅から変なメッセージが来てな」
瑠璃にも紅からのメッセージを見せる。
するとさらにまた着信音がなり、瑠璃がそれを読み上げる。
「「今、あなたの後ろにいるの」」
いつの間に現れたのか、瑠璃と同時に蒼の後ろに隠れていた紅がメッセージを読み上げた。変なメッセージはただ蒼を驚かせたかっただけみたいだ。
「うおっ! いつの間に来たんだ、お前!」
「お義兄ちゃんがスマホに気を取られている間に」
さらに紅の後ろから瑠璃とうりふたつの光も現れた。瑠璃との違いは身長が少し低いことくらいだろう。常に紅と共にいるので、紅が姿を見せた時にもしかしてと思っていたため特に驚きはしない。
それと、光の言う『おにいちゃん』が他の意味を含んでいるように聞こえるが、蒼は気のせいということにしている。誰も指摘しないのできっとそうなのだろう。
「光も来たんだな。どうかしたのか?」
「蒼兄のクラスがどんなのかなって思って」
「わたしは紅についてきただけ」
学年が違うとはいえ、2人は平均以下である瑠璃よりもさらに身長が低い。
昔ならともかく、今この3人に囲まれると誤解されかねない。
教室に残っているクラスメイトが蒼を見ながらひそひそと、
「ロリコン?」「あやしいって思ってたけど、やっぱり」「しかも3人も」
あらぬ誤解をされないように蒼が弁解しようとすると、いきなり紅が蒼に抱き付いてきた。
「ちょっ、何やってんだ、お前!」
これではますますあやしまれてしまう。瑠璃と光ならそっくり姉妹だから誤解されることはないだろうけど、蒼と紅の場合、男女であるためそんなに似ていないからすぐに兄妹とはわからないだろう。そもそも普通年頃の妹は兄に抱き付いたりしない。
しかし振りほどこうとしても紅はなかなか離れてくれない。それどころか、
「ねぇねぇ、お父さん。一緒にご飯食べよっ!」
「は?」
まるで父親に甘える幼い娘の様にねだってきた。
その様子を見て、ひそひそ話をしていたクラスメイトがついに叫びだした。
「恋人じゃなくて娘⁉」「たしかにどことなく似ている」
「いや、待て! 誤解だ。冗談だ!」
説明しようとするも、誰も蒼の言葉に聞く耳を持たない。
似ていることに気づいたなら、年齢的に妹だと分からないでもないが、クラスメイトは完全に面白いものを見つけた碧音や蛍と同じようなモードに入ってしまった。
2人ほどではないが、クラス全体が楽しいものを受け入れやすいため、このような場合はすぐに一致団結し、事態を面白い方向へ持っていってしまう。
そのクラスの空気を知ってか知らずか、光まで、
「……どうかしたの? お父さん」
と、幼い子供の様に小首を傾げて、蒼の裾をそっと握りながら、不思議そうに蒼を見上げて来る。
「もう1人も⁉」「藍原さんにすごく似てる!」「ってことはつまり………」「すでにそんな段階まで進んでいたというのか!」
皆、驚きつつもどこか納得している。なにに納得したのか蒼には分からないが、クラスの中では共通認識であった。
いっぽう、一緒に注目を浴びることになった瑠璃はというと、恥ずかしそうにしているが否定はしない。それどころか、意識がこちら側に無いようにも見える。
「お、お父さん……」
「あらら。お母さん心ここにあらずって感じね」「妄想の世界に行っちゃったのか」
クラスメイトの生暖かい視線に気づいてようやく我に返った。
必死に冷静に取り繕って、何を馬鹿なことを言っているのかしらといった感じに、
「私にこんなでっかい子供がいるわけないでしょ。妹よ。私に似ているこの子は藍原光。もう1人は蒼の妹の鋼玉紅。2人とも今年入学してきた新入生よ」
瑠璃に説明されてようやく2人とも、幼い子供の演技をやめて蒼から離れる。
「なんだ、妹か」「まあ、2人の子供にしては大きすぎるもんね」「高校生にしては小さいけどな」
クラスメイト達は興味深そうに2人の妹たちを取り囲んで質問攻めにする。
ここに来ればこうなることも予想できただろうに、いったい何しに来たのか。
しかし光は直ぐに受け答えを全部紅に任せて、人だかりから出て来た。紅とは違って人と接するのが得意ではないのだ。
それを見かねて瑠璃が、
「で、本当は何しに来たのかしら」
「……目的はすでに達成されていたから、特に意味はなかった」
「そう。だいたい分かったわ。また余計なことをしに来たのね」
「……お義兄ちゃん。今日は使莉花先輩たちいないの?」
光は姉の視線から目を逸らして、いつものグループメンバーはどうしたのか聞いてきた。使莉花はあまり人付き合いをしない光が懐いている数少ない存在でもある。
「ん? たぶん自販機だろ。そのうち戻って来る」
今、碧音と蛍と使莉花は飲物を買いに行っている。碧音たちがいたら悪乗りしてもっと騒ぎが大きくなっていたかもしれない。ちょうど不在で本当によかった。
いつの間にか質問攻めにされていた紅は、逆に質問し始めていた。クラスでの蒼の様子とか、クラスメイトから2人はどう見られているのかとか、ライバルはいるのかなど。
「本人の前ですることじゃないだろ。いい加減にしろ」
集団の中から紅をつまみだすと、クラスメイト達はおのおのの場所に戻っていった。
「うー。じゃあ、最後の疑問は蒼兄に聞くよ。あの等身大の人形はなに? 誰のものなの?」
「あ、バカっ」
紅が指差す方向にはたしかに一般人には見慣れないものがあった。
透けるような白い肌と、重力に従ってただ真っ直ぐに伸びる輝く白髪。市販の制服で包まれている身体は驚くほど細い。人の形をした異彩を放つ存在が、一番前の座席に座っているのだ。
好奇心旺盛な紅は、蒼の制止を振り切りその正面に回り込む。
その顔は精巧な顔立ちをしており、なぜか瞳は閉じられていた。
机の上には誰かの薄い色の付いたサングラスや水筒、弁当などが置かれている。
「無造作に置かれているけど、すごいよ。だって今にも動き出しそうだし、なんか暖かいし……?」
恐れ知らずにもその頬に触れる。
すると驚いたことに、生きている者の温かさを感じた。いつの間にかその眼は開かれており、真紅の瞳が紅を捉えている。
そして色の薄い唇が動き、
「残念ながら、妾は生きておる」
学年一の変わり者、小玉桜が呆れ気味に答えた。
彼女は等身大の人形なんかではない。れっきとした蒼のクラスメイトの1人である。
◇ ◇ ◇
碧音たちが戻って来た時、教室は緊張した空気に包まれていた。
思わず足を止めて中の様子を見る。
なぜか2年生の教室に蒼の妹である紅がいて、変わり者として有名なクラスメイトである桜と向き合っている。
紅は驚愕の表情のまま停止しており、桜は自分の席に座りながら目の前にいる後輩を見上げている。いや、どちらかと言うと、座っていても目線が近いため向き合っている。
そして、後ろの方にいる蒼たちの方に振り返った。
「鋼玉の妹か?」
「ああ、そうだが」
「そうか。妾のことは何も話しておらぬようだな」
蒼の沈黙を桜は肯定と受け取った。そしてまだ茫然としている紅の方に向き直る。
「では、教えてやろう。我が名は小玉桜。悠久の時を生きる怪物、吸血鬼じゃ。まあ、細かいことはお主の兄にでも聞けばよい。クラスメイトにはあらかた説明してあるからな」
最後に蒼の方に視線を向ける。すると光に気づいたらしく、
「ん? そちらは藍原の妹か」
「ええ、そうよ」
今度は瑠璃が体で光の半身を隠しながら答える。光は少し怯えているようだ。
「そんな警戒しなくてもよい。妾はお主らに危害を加える気はない」
「そうね。桜は吸血鬼と言っても、私たちの敵ではないのよね」
「そうじゃ。人間を敵にまわして勝てるほど、妾は強くないからのう」
「あ、あのっ。人形とか言ってごめんなさい。あまりにも綺麗だったからてっきり」
固まっていた紅が我に返って桜に謝罪した。
どうやら紅が桜を人形と間違えたらしいと、碧音たちにもようやく状況がつかめた。
「べつに謝らなくても良い。慣れておるからの。まあ、吸血鬼と言って直ぐに信じてくれたのははじめてじゃがな」
そう言い残して桜は机上に置いてあったサングラスをかけて教室から出て来た。
そして、教室の外で立ち聞きしていた碧音に気づいた。
「そんなつもりはなかったのだが、一年生を怖がらせてしまったようじゃ。お主らも彼女たちの知り合いなら、安心させてやってくれ。妾は襲ったりせんと」
怒っているわけではなく、気を利かせて教室を出て来たらしい。
「ああ、分かった」
碧音は二つ返事で引き受けた。
そのまま桜は碧音の横を通り過ぎようとしたが、後ろに蛍と使莉花がいるのを見ると、くるりと回って逆方向に歩いて行った。
◇ ◇ ◇
桜が変人と呼ばれる所以。それは白い髪や肌、赤い瞳、人形に間違われるほどの容姿からではない。自らを吸血鬼と名乗り、それを徹底しているところである。
日差対策は常にばっちりで、夏でも長袖長ずぼん、そして帽子。夏以外でも日焼け止めクリームを欠かさない。むしろ塗りすぎて皮膚が荒れているくらいだ。
教室や廊下の窓には特殊なシートが張られていて、紫外線を通さない仕組みになっているらしい。どうやら吸血鬼の弱点は日光というより紫外線らしい。
よく薄い色の付いたサングラスをかけているが、教師から注意を受けないことからなにか理由があるのかもしれない。
食事もこだわりがあるらしく、普通の弁当と一緒に常に赤い飲物を持ってきている。さすがに人間や動物の血ではなく、たいていが赤い果実のジュースや紅茶であるが。
吸血鬼というと尊大で残酷な闇の貴族のようなイメージだが、桜は人と距離はとっているが他人を不快にさせるような態度はほとんどとらない。プライドの高い貴族ではなく、言葉遣いはおかしい上品な淑女のようである。
ゆえに本当に吸血鬼ではなく、ただ演じているだけではないかと思われがちで、クラスでも吸血鬼キャラとして受け入れられている。
蒼はそんな桜に対する基本知識を妹たちに教えてあげた。
「つまりあの神秘的な先輩は吸血鬼を演じているってこと?」
桜が教室を出て行った後、蒼たちは教室で昼食を食べていた。紅と光も最初からその気だったらしく、弁当を持参していたのだ。
「いや、それは言いきれない」
「ん?」
「え?」
てっきり蒼は肯定の言葉を口にすると思っていた碧音と蛍は違和感を覚えた。
「光の反応を見て、さらに疑念が増えた」
「そうね」
「あー。たしかに」
驚くことに瑠璃も蒼の意見に賛成し、紅もそれに続いた。光は使莉花と何やら話しており、2人とも蒼たちの話題に入り込む気はないみたいだ。
「ちょ、ちょっと待て。どうゆうことだ?」
「誰がどう見てもあれは演技だよね?」
蒼たち幼馴染4人は何か納得するところがあるのだろうが、碧音たちには何のことだか全く見当がつかない。光の反応がどうしたと言うのか。たしか桜に怯えていたようだが。
そもそも碧音が桜の言葉に二つ返事で返したのは、彼女が本物の吸血鬼でないと思っていたから。常識的に考えてそのような怪物がいるとは思えない。
だから、桜が怖い存在ではないと紅たちに教えてあげようとしたのだ。
長い歴史の中、科学こそ発展されてきたが、非科学的なものは昔ほど信じる者は多くない。魔術研究会員のような特殊な人もいないことはないが、圧倒的に少数派でありオカルト的な力は一般的には無いものとされている。
吸血鬼もまたオカルト的な存在であり、いまひとつ吸血鬼らしさに欠ける桜を本物であると信じるには無理があった。
「ああ、そうだな」
「桜は演技っぽいわよね」
「見た目はそれらしいけどね」
蒼たちは碧音たちがここに居ることを思い出すと、急に手のひらを返した。
ついつい幼馴染4人がそろうと、昔に戻った気がして4人だけの世界を築き上げてしまうのだ。
同じ時を共有して育った幼い日々。大人も知らない4人だけの秘密。子供の秘密など、ほとんどたいしたことないのが普通だが、一つだけ今も変わらず隠していることがある。
その秘密が秘密になる前に、一つの事件に発展した。光はその出来事がきっかけでなかなか人を信じなくなってしまったのだ。
碧音たちのことを信じていないわけではないが、光のためにもそのことを話すわけにはいかなかった。
だから、先ほどの発言を無かったことにしてごまかした。
「さっきと言ってること違くないか?」
「そんな事ないぞ」
「桜が本物の吸血鬼なわけないでしょ」
「いやまあ、そうなんだけど」
どこか引っかかることがあるが、碧音たちは強く追及できない。
「………見えない人に見えないものを信じさせるのは難しい」
「光ちゃん。今なんか言った?」
疑問を抱いていた2人は最後にボソッとした光の呟くような声を聞き逃してしまった。
「世界には知らなくてもいいことがあるってことですよ、先輩方」
そして、意味深な言葉を残して光は2年生教室を後にした。
「そろっと昼休み終わるから教室に戻るね。先輩方、失礼しましたー」
「紅ちゃん、またねー」「俺たちにできることがあったら協力するぜ」
「ありがとうございます。では」
いつの間に仲良くなったのか、クラスメイトたちにも挨拶をして紅も元気良く教室を飛び出して光の後を追いかけて行った。
「お前らの妹ってほんと正反対な性格してるのな」
深く追及してもそんなに楽しいことにならなそうだと、直観的に感じた2人は疑問を飲み込むことにした。
「蒼さんと瑠璃さんは結構似てるのにね」
「そうか?」
「そんなことないわ」
「まあ、老夫婦はお互いによく似るって言うし、それだけ蒼は藍原と長い付き合いしてきたってことだろ」
「老夫婦って、まだ20年も経ってないぞ」
「そ、それに夫婦じゃ、ない」
顔を少し赤く染めながら瑠璃も弱めに否定する。
そんな瑠璃の反応を見て碧音と蛍はにやにやし、蒼からあんまり瑠璃を困らせないように言われる。
やがて、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、桜はギリギリのタイミングで教室に帰って来た。
◇ ◇ ◇
放課後。教室には蒼たちいつものメンバーが集まっていた。
たまに使莉花が生徒会の用事で抜けることがあるが、帰宅部である蒼たちは直ぐに帰ったりせずに、教室にたむろしていることがよくある。
「最近ようやく暖かくなってくたよね」
「そうだな。サクラも見ごろだしな」
ここら辺の地域は入学式の頃に桜が咲き始める。大変な冬の季節をようやく終えて、年末から降り積もり、時には電車を止めた雪はほとんど消え去り、ようやく暖かくなってきた。
冬の間は本当に通学がおっくうだった。消雪パイプに狙撃されたり、凍った路面の上に薄く雪が積もった自然のトラップが設置されたり、車が容赦なく冷たい水を飛ばしてきたり、積雪が多い時は雪の上を歩いて通学しなくてはいけなかった。
そんな冬が終わり、春の象徴とも呼べる桜の季節がやって来たのだ。
「ってことはそろそろ花見ができるな」
そうなれば碧音の言う通り、花見をしたくなるのは当然とも言えるだろう。
「お花見ですか。皆で行きませんか?」
「いいねぇ。異議なし!」
「もちろん。俺も賛成だ。蒼も行くよな?」
「ああ、行くとも」
「私も同行するわ」
使莉花の提案にみんな賛成し、一瞬でいつものメンバーで花見に行くことが決まった。
去年はまだ出会ったばかりで、一緒に出掛けることはしなかった。このメンバーでの花見は今年が初めてである。
「じゃあ、いつにしましょうか」
「どうせならライトアップを観に行こうよ」
近場にサクラのライトアップで有名な公園がある。蛍はそこに行きたいらしい。
「平日でも混むけど、大丈夫か?」
しかし、有名なだけあってその公園には人が凄く集まる。平日に行ったとしても人混みをさけることはできない。それに、ライトアップを見に行くなら時間が遅くなってしまう。
「大丈夫大丈夫。うちは門限とかないし、ライトアップされたサクラを見るためなら問題ないよ」
「蒼がいるなら私も大丈夫だと思うわ。使莉花は?」
「はい。後で確認もしますけど、きっと大丈夫です」
「俺んちも問題ないし、蒼も大丈夫だろ」
「まあ、まず親が帰って来ないしな」
鋼玉家は今、両親が仕事で長期間家にいない。
紅が中学生になった頃から留守にしがちになり、今ではほとんど帰ってこない。
たまに2人からいろんな場所の土産が送られてくるが、それが仕事で出かけたのかどうかは分からない。とりあえず仲が悪いわけではないらしい。
「蒼さんは紅ちゃんと2人暮らしなんだっけ? いいなぁ」
「そんなにいいものじゃないぞ。家事とか全部自分たちでやらなくちゃいけないし」
「蛍は一人暮らしできないでしょ」
「そ、そんなことないよ! 私だって頑張れば」
「でも蛍さん、中学のころから家庭科の成績が良くないって、言ってませんでしたか?」
「うっ」
「そういえば料理も裁縫も全然できてなったよな」
中学からの付き合いである使莉花と碧音に家庭科が全くできていなかったことを指摘されて何も言い返せない。どうやら蛍は家庭科と相性が良くないらしい。
「ううっ。中学時代のことなんて覚えてないよ! 私は今を生きている!」
「それはただの現実逃避でしょ」
「ってか去年も家庭科はあっただろ。蛍は騒いでただけだったけど」
高校に入っても家庭科の授業はあった。蛍はずっと騒いだり、道具を出したり、騒いだり、食材を洗ったり、騒いだり、片づけをしたり、騒いだり、ほとんど騒いでいた。
「だって、両親がいれば料理なんてしないじゃん」
「私はするけど?」
「えと、わたしもたまに」
「ええっ? でも碧音さんはさすがに」
女の子2人の同意を得られなかった蛍は、男である碧音は普段から料理なんてしていないだろうと思った。
「俺もたまに作るぞ」
しかし、碧音もまた蛍の考えとは違った。
「なんで!」
「なんでって。蒼の家に遊びに行った時とか、蒼に任せるのもなんだしなぁ」
休みの日など碧音が午前中から遊びに来ているときはたいてい昼食を手作りする。
「2人で作った方が効率良いしな」
ちなみにコンビニなんて都合のいいものは鋼玉家の近所にはないし、節約も兼ねて手料理にしているのだ。
お金に困っているわけではないが、生活費は親から預かっているため無駄遣いはしないように心掛けている。
「つまりこの中で料理できないのは、男女合わせても蛍だけってことね」
「うう、瑠璃さんの意地悪。いいよ。だったら蒼さんに教えっ」
「だったら私が教えてあげるわ」
「俺が何だって?」
瑠璃が言葉を被せてきて蛍が何を言ったのか聞こえなかった。
「だから蒼さんに」
「蒼に負けないくらい料理できるように、私が教えてあげるってこと」
また瑠璃が蛍の言葉を遮ってきた。どうしても蛍に言わせたくないらしい。
「なんで瑠璃が答えるんだ?」
「代弁よ」
ちょっとそっぽを向きながら答える。心なしか頬が少し赤い気がする。
「藍原、なんか必死だな」
「そんなに必死にならなくても、何も起こらないと思うけどね痛いっ! 瑠璃さんもっとおしとやかにならないと蒼ふぁんふぃふぃふぁふぁふぇふぁふふぉ!」
途中から瑠璃にほっぺをつままれて、蛍が何を言っているか分からない。
それを使莉花がなだめて止めようとする。いつものじゃれ合いを蒼がじっと見ているのに、碧音が気づいた。
「どうした?」
「なんか知らんが、和んだ」
「そか。まあ、小動物が戯れているようにも見えなくないしな」
3人とも身長が低めなので余計に、碧音の言った風にしか見えなくなった。
蛍がちょっかい出して、瑠璃が反撃して、使莉花が止める。これもまたお決まりのパターンである。しかしなんで瑠璃が怒っているのか蒼には分かってないことが多い。
「で、いつも通り話が脱線して行ったわけだが。花見の日程はどうする? ライトアップ見るなら金曜日とかの方がいいか?」
全員が落ち着いたのを見計らって碧音が仕切り出した。夜の公園に花見に行くことまでは決まっていたが、日付を決めていなかった。
「遅くても中旬くらいまでには言った方が良いぞ。あまり遅いと散ってしまうからのぅ」
いつの間にか桜が教室に入って来ていた。
「小玉さん? まだ残ってたのか」
桜もまた部活には入っていないし、部活をしている生徒もふつう教室には戻ってこない。蒼たちのように誰かと話をしていたようにも見えない。忘れ物でも取りに来たのだろうか。
「太陽が高いうちは外に出れないからのぅ。図書室で日が暮れるのを待っていたのじゃ」
桜に釣られて外を見ると、日はすでにだいぶ傾き世界を赤く染めていた。
時計を見ると時刻は6時半近くになっていた。校舎に居れるのは7時までなのでそろそろ帰る支度をしといた方がよさそうだ。
どうやら桜は太陽の強い光を避けるためにこんな時間まで校舎に残っていたらしい。
彼女はうっとりとした表情で、
「そうじゃ。公園に夜桜を観に行くならシダレザクラがおすすめじゃ。ぜひ探して見てほしい」
会話に入り込んできたが、近づいては来ない。
蒼たちは教室の後ろの出入口付近にいるのだが、桜は自分の席がある教室の前にある出入口付近から動く気配がない。
「なんでそんなに離れているんだ?」
「黄昏時は化物の時間じゃ。用心しといた方が良いかもしれんぞ」
蛍は蒼の質問に遠まわしに答え、冗談めかしながらも忠告をして教室を出て行った。
太陽が沈み、だんだんと暗くなっていく黄昏時は綺麗な反面不吉な時間帯でもある。
昼間は影を潜めていた魑魅魍魎など妖の類が、日暮れとともに姿を現すと言われているのだ。それが転じてオカルティックなものは力が強まるともいわれている。
つまり、これからは自称吸血鬼である桜の時間であり、いつものように無害な存在でいられるかどうかは分からない。だから念のため近づかないということなのだろう。
なんて遠回りで分かり難い。
「じゃあ、俺たちも帰るか」
すぐに黄昏時も過ぎて辺りは完全に闇に包まれてしまう。
「そうね。暗くなると危ないものね」
「化物より不審者のほうが出てきそうだよね」
「そうですね。お化けじゃなくても暗くなると危険ですね」
オカルト的な要素を抜きにしても、暗くなると危険なのに変わりはない。帰り道も街灯が少なくて暗めなのだ。田舎では都会の様に夜も明るいなんてことはない。
「確かに危険だな。じゃあ、蛍と使莉花は俺が家まで送って行くか」
「そんな、悪いですよ。碧音くん遠回りになっちゃいますよ」
「でも夜道を女の子2人だなんて危ないぞ」
「そーそー。碧音さん家はそんなに離れてないし大丈夫だよ」
使莉花は申し訳なさそうにしているが、蛍も賛成しているので碧音は自分が2人を家まで送ることを決定事項にし、
「って訳で蒼は藍原を頼むな」
決め顔で瑠璃を家まで送るように言ってくる。
暗くなくても蒼はほぼ毎日瑠璃と一緒に登下校しているし、家も隣同士なので碧音に言われるまでもなくそのつもりでいた。
「言われなくても一緒に帰るけどね。碧音も気を付けろよ。通報に」
「俺が通報されるのか⁉」
「蛍も補導されないように気を付けた方がいいわね」
「私が捕まるの⁉」
使莉花はいきなりのボケとツッコミについていけず、
「えっと、つまり。不審者みたいなお2人と帰れば不審者と会いにくいってことですね」
「「いや、だから不審者じゃないって‼」」
間違った風に納得し、ここにきて笑顔で天然を発動した。
人物紹介
鋼玉 蒼
とても鈍感な瑠璃の幼馴染。仕事の事情で両親が家にいないため、妹の紅と2人暮らし。ちょくちょく瑠璃が家に来てはいろいろと手伝ってくれているが、家事スキルは1人でも問題ないレベル。
紅だけでなく、光や瑠璃まで妹のように思っている。勉強はどちらかといえばできる方。運動神経も悪くないが、家のこともあり部活には入っていない。碧音とは親友であり良きライバル。




