序章 桜舞う季節の屋上にて
綺麗だと思った。
それはあり得ない光景だったけど、怖いとは思わなかった。
放課後の学校の屋上で、サクラの花びらが舞っている。
いまの季節は春。それだけなら何もおかしなことはなかった。
ただそのサクラは、何処からともなく現れた。
そして視界を遮るほどの薄ピンク色の花弁は地面に落ちることはなかった。
まるで彼女を護るかのように、不自然な風に乗って周りを漂っている。
これは本当に現実なのかしら。夢じゃないのよね?
それほどまでに信じがたい光景。
こういった事が現実に起こり得ることは知っているつもりだった。
しかし今まで実際に遭ったことはなかった。
妹の話を信じていなかったわけではないけれど、どこか物語じみた印象を持っていたのだ。
目に見えるものだけが真実ではない。
誰の言葉だったか忘れてしまったけど、その通りね。
なぜなら私にはいま真実が見えていないもの。
何が起きているのか、見ていても分からないもの。
いったい彼女に何が起こっているのか。
少なくとも、私の理解を超えた出来事が目の前で起こっているということだけしか分からない。
彼女と対峙している彼も私たちと同じように何が起こっているのか分かっていないみたい。茫然としているわ。
思えばここ数日、彼女の様子はおかしかった。
普段から変わり者として知られていたため、その変化に気づいていた人はあまり多くなかった。
でも、私たちは彼女が変わっていくのを見ていた。
彼女の抱えている問題を調べて、解決するために数日費やしたりもした。
そして今日。私たちは彼女の抱えている悩みの一部を知った。知ってしまった。
正直に言えば後悔している。
だってこれは私たちが知っていいことではないもの。
きっとこれは彼女と、そして彼だけの問題。
本当は私たちがでしゃばるべきではなかった。
彼が彼女にとっての何なのか、私は知らない。
だけど、彼女に大きな影響を与えているのは確かだわ。
彼女に嘘やごまかしは通じないし、今は使うべきではない。
だから心からの言葉で、彼女を救ってあげて。
それができるのはきっと、あなただけだから。
彼女を化物に変えてしまわないように、はやく。
桜舞い散る屋上で、私たちは成すすべなく事の成り行きを見守っていた。




