それはまるで陽だまりのような
『ブスッ。おまえなんか好きになったことねぇーよっ! 大っ嫌いだ。転校でもなんでも、しろよっ』
ずっと後悔していた。あの日のこと。
もし会えたら。また逢えたら。
ずっと、思っていた。
*
「真くん、今日逢えてほんとうによかった。絶対いるはずないって、でも案内を持ってきたわたし、大正解だね」
きみは、頬をすこし赤く染めて、ふんわりと微笑んだ。
シーリングファンが回って、店内一面の大きなガラス窓からは冬ののどかな陽がふり注いでいる。カウンター席は床から三段の階段がついたウッドデッキふうになっていて、一人客がのんびりコーヒーを飲み、新聞を広げている。
店内のBGMは、ビートルズだ。
緊張して手が汗ばんでいる。それに胸が少し痛い。
音楽なんか耳に入ってこないはずだけど、変だな。鈴のついたドアが開いた瞬間に、耳が拾ったんだ。カラン、と。そして、
『Let It Be』
懐かしい――――――。
きみがそう思ったってこと、きみがこっちを見たときすぐわかった。
笑顔がこぼれるみたいだった。
陽だまりの、懐かしさのなかに。
*
小学一年のときに同じクラスになって、「前田日菜子」と「間宮真司」で、席が隣同士だった。
“ひなちゃん”、“しんくん”と呼び合った。
青と赤の色えんぴつを交換したり、クレパスは箱ごと交換したりして使っていた。
先生というのは、いちいち目ざとかった。図工の時間に、“ひなちゃん”の名前が書かれたクレパスの箱のふたを手にとって、どうして、まえださんのクレパスのふたがまみやくんの机の上にあるの、と訊いた。
“ひなちゃん”は、そのあたり抜かりなかった。ちゃんとクレパスのふたを箱の下に重ねていた。
おれは“ひなちゃん”の知恵と、二人の間のひみつが取り上げられたように感じた。
でも“ひなちゃん”は、二人のひみつを取り返してくれた。
“しんくん”のクレパスは“ひなちゃん”のもとへ、“ひなちゃん”のクレパスは“しんくん”のもとへ戻ってきた。
おれは、なんて言ったか憶えていない。
だけど“ひなちゃん”が、“しんくん”の名前の書いた箱をかかえて、お日さまみたいに笑った顔は、忘れない。
『これで、もういっかい、いっしょだね』
それは小学校一年生の、ふたりの秘密の、最初の記憶。
*
突然、“ひなちゃん”だった前田日菜子は、曲げた人差し指を唇にあてて、小さく笑い声をたてた。
そんな動作ひとつにも、俺は動揺した。
彼女がなにを思って笑ったのか、わかってしまったから。
「ごめんね、いきなり笑っちゃって……。でも、なつかしくて。なんか嬉しいの」
心のなかの大切なものが、いま彼女の目の前に現れたように、そのひとはやわらかく目を細めた。
「“れりびー”だったよね。真くん」
「……あ、うん……」
――――あんなこと、憶えてくれていたのか。きみにとっては、思い出したくないことだったのかもしれないのに。
……そうじゃない。そんなことは、もうどうだっていいんだ。
彼女が、俺のまえに現れた理由が、きっとその証明だろう。
「真くん。あ、ううん……間宮くん」
「真、でいいよ。……なに? 前田さん」
自分の発言にびっくりしたみたいに、彼女は慌てて口元に手をあてた。
お待たせしました、と、注文したコーヒーとカフェラテが運ばれてきた。窓一面の光をうけて、黒い面に細かい粒が踊る。
ときどき聞こえてくる、カチャカチャという食器のこすれる音、“離ればなれになる日がきても、また会えるチャンスはまだ残っていて”というフレーズ。
また会えるチャンス。
……ああ、たしかに残していてくれたのかもな。慈悲深い聖母は。でも、貴女が囁いてくれる言葉は、あまりにも無情じゃないのか。
俺の返事をきいた彼女は、少し困ったように笑った。
軽くウェーブしている明るい栗色の髪は、あの頃にはなかったもので、理知的な目元は、あの頃よりもずっと深みがあるように感じる。九年という月日は、彼女を女性にさせるには充分だろう。
「……間宮くん」
「真でいいよ」
「でも」
「いいって」
……うつむいてしまった。俺が。
俺は、ぜんぜん変わってない。中学二年の、あの頃のままだ。
“顔に似合わず頑固”、よく言われる。
“思い込みが激しい”、男として致命的だと、会社の先輩に笑われる。
ふふ、と、きみの声が聞こえた。
「真くん、変わってないね。嬉しい……」
彼女は、カフェラテのカップを片手で持って、泡をくずさないように、そっと口をつける。
あの日の泣きそうな顔なんか、どこにもない。
「嬉しい……? なんでだよ……」
みっともないくらい声がふるえて、吐息のような音にしかならなかった。
……もしまた、逢えたら。
コーヒーカップの把手をもって、グッと、仰いだ。
……熱くて死ぬかと思った。
真くん、だいじょうぶ、と言いながら水を差し出してくれるきみに。
ずっと後悔していた。
中二の、冬のはじまりの日。
おれは、きみを傷つけた。
*
小学校三、四年生のときは、クラスが離れてしまった。“ひなちゃん”とおれは、それを惜しんで、交換日記なるものを始めた。後々これは、ふたりのケンカの元になった。“どちらが先に言い出したか”で。
俺は、ぜったいに“ひなちゃん”だと思う。
男のおれが、いくら仲が良かったからといって、交換日記なんて女々しいものをやろうだなんて言うはずがない。すると“ひなちゃん”は、一冊目の日記を示して、「最初のページをみてよ、しんくん。しんくんが、最初に書いているじゃない」
そのときの“ひなちゃん”は、少し気取っていてちょっといたずらっぽかった。稲荷神社にいる狐を思い出した。それを交換日記に書いたら、中一のときになって、なぜかものすごく怒られた。年末の大掃除のときに見返していたら、その記述を発見したらしい。
中学二年の、“ひなちゃん”が転校してしまうときまで、おれたちのそんなやり取りは、つづいた。
だれにも知られないように、お互いの下駄箱に交換日記をしのばせて、その日クラスであったこと、宿題のこと、好きなテレビ番組、休みの日のこと、なんでも書いた。
メールだって電話だって、もはや手近にあったけど、ふたりとも、なにか書くことが好きで、それがふたりの間で交わされることが、大切だった。
小学校五年生になって、ふたたび“ひなちゃん”とおれは、同じクラスになった。“ひなちゃん”は、また言った。
『これで、もういっかい、いっしょだね』
中学一年と二年でクラスが別々になるまでは、交換日記のペースは落ちた。
でも、ふたりの秘密は、降り積もった。
五年生のときの秋のキャンプ、六年での修学旅行。ちなみに、キャンプは地元のキャンプ場で、家族とともに行き慣れていた子が多かったから、この行事はわりと不評だった。修学旅行は、バスでスキー場へ。人生で初めてスノーボードを体験した。小学校のときに一度も同じクラスにならなくて、顔しか知らなかったやつと中学で同じクラスになり、そいつは、この修学旅行がきっかけでスノーボードに目覚めたらしい。大学では、スノーボードのサークルに入ったと、成人式で再会したときに話していた。
……その成人式で、俺はきみを探した。結局見つけることなんてできなかったけれど。
会場の、圧倒されるような人の熱のなかで、ただひとりきみを。
『ひなちゃん……。――――日菜子』
人の波におされて会場の外に出て、一番に感じたのは、光のまぶしさだった。
ひなちゃんの泣きそうな顔ばかりが、浮かんだ。
“ひなちゃん”と、おれは、この二泊三日の修学旅行で、はじめて手をつないだ。いや、たぶん、学校の行事のときに手をつなぐことはあったと思う。でも、はっきり憶えているのはこのときが最初だ。
スキー場での自由時間のとき。いっしょに滑ろうと、声をかけ合って。
夜になって、麓のホテルの窓から、スキー場にふわふわと降る雪を眺めていたとき。幻想的な情景に、ふたりとも立ち尽くして、いつまでも見ていた。ゲレンデのオレンジ色の照明が、紺色の夜に滲むみたいで、どこまでもその景色がつづいていくようで、降る雪が、おれたちふたりだけを包んでくれるようで、すごく、すごく特別だった。
特別な記憶は特別なままに、でももっとふたりだけの時間のなかに、おれたちはいた。
六年の二月、毎年恒例の合同演奏会。六年生の四クラスが三つに分かれて、用意された選曲リストから自分たちが演奏したい曲を、それぞれ選ぶ。ひとグループだけでもわりと大所帯になるのだが、“卒業を間近にして最後の思い出作り”という名目で毎年行われていた。演奏会は体育館で行い、全校生徒や六年生の保護者も集まる、ちょっとした祭りだった。
おれたちのグループが選んだのは、ビートルズの『Let It Be』
なんでその曲を選んだのか、どうやってグループわけしたのかは、もはや定かでない。『Let It Be』の歌詞を理解したのは、中学にあがってから。なんの因果か、英語の教科書に出てきて、同じ小学校の出身で、演奏会で『Let It Be』を演奏したやつらは、それを発見した瞬間、口々に自慢していた。おれは。おれは―――――。
そんな気分にもなれなかった。そのときは中三の春で、もう、きみはいなかった。
*
「真くん、あのね、これ……」
4分程度の『Let It Be』は、とっくに終わって、コーヒーはもうぬるい。さっきの火傷で、舌がヒリヒリする。
気がつくと、『Don't Let Me Down』が流れていた。はっ、と鼻で笑いたくなった。
こんなおあつらえ向きのフレーズがあるか?
……いいさ。そうだよ。わかってるさ、そんなことは。
これって、またビートルズだよね? と首を傾げるきみが差し出したものが、見なくても何かは、察しがついてる。
「真くん、今日逢えてほんとうによかった。絶対いるはずないって、でも案内を持ってきたわたし、大正解だね」
きみは、頬をすこし赤く染めて、ふんわりと微笑んだ。
わかってるよ。きみが、なんでそんなに嬉しそうなのか。幸せそうなのか。
実家の近くで呼び止められて、左手の薬指にはまったものを見たときから、渡したいものがあるって言われて、それで舞い上がって夢を見るほどには、俺は、バカじゃないはずだったのに。
「住所はね、昔の担任の先生が、真くんの親御さんに連絡とってくれて、それで教えていただけたの。篠宮先生よ、憶えてるでしょ? やたらと元気な先生だったよねえ」
常にテンションの高い、ときにははた迷惑な先生だった。当時は独身だったはずで、大きくなったらクラスの女子は、嫁に立候補してくれとかなんとか、セクハラまがいのことを平気で口にする先生だった。
――――憶えている。そんなのは当然だ。おれの中学二年までの記憶は、“ひなちゃん”とともにあったから。
『わたしは、およめさんになるなら、しんくんのおよめさんが、いいなと思います』
修学旅行のあとの交換日記に、そう書いてくれていたはずだ。
……おれは、なんて返事をしたっけ?
「篠宮先生は、だいぶんまえに転勤になっていたから、もちろんあの小学校にはいなかったんだけど。事情を話したら、教頭先生がわざわざ篠宮先生に連絡をとってくださって、そこから篠宮先生にお会いできたの。でも、真くん、同じ校区内での引っ越しだったんだね。ずいぶん手間を踏んじゃったよ」
「……ごめん」
「えっ、ちがうの、真くん! そんなつもりで言ったわけじゃないから。わたしが勝手に、招待状をつくっただけだし……」
――――――ちがう。
そのことに対して謝ったんじゃない。おれも住所が変わったのに、きみに知らせなかった。
きみがくれた言葉に、なんて返したか憶えていない。
いつか、そのうち。
惰性で放り出していただけだ。それで、その結果がこれだ。
おまえは、どれだけ救いようがないんだ。
“Don't Let Me Down”? おまえが言えたセリフかよ。
俺は捨てたんだ。きみとの思い出を、自分から全部。手許にあった交換日記も、仲直りの機会も。家中を全部ひっくり返しても、きみが書いてくれた言葉に対する返答を探すことなんてできない。
忘れてしまった。傷つけたくせに。
「いや。いいんだ、前田さん……。……気にしないで」
さっきまでの、幸せそうな表情が曇っている。理知的な眸も、心配そうに揺れている。
「こんな言い方、好くないわよね。ごめんなさい。気を悪くしたよね……。押し付けるつもりなんてなくて、ただ、逢えてうれしかったの。だってずっと――――」
カラン、と店のドアが鳴った。ありがとうございました、と、カウンターから声が聞こえた。
俺も、きみも、言葉を呑み込んでいた。
ずっと、ふたりの関係は、とまったままだった。
いや、おれが終わらせたんだ。あの最低な言葉と、その後のもっと最低な惰性のせいで。
*
各グループの演目は決まり、だれがどの楽器をやるかをそれぞれ話し合った。小学生が自在に演奏できる楽器なんて、そうない。リコーダー、ピアニカ、ハーモニカ、木管、トライアングル……、要するに、演奏できる楽器をほとんどぜんぶ使った気がする。だれか一人は、ピアノ担当だった。
おれたちは、リコーダーを吹いた。
原曲を聴くと、サビの部分が、どう聴いても“れりびー”にしか聞こえなくて、ふたりでケラケラ笑った。
廊下ですれ違ったとき、朝のあいさつ代わりに、ふとした会話の合間に、なんでもかんでも“れりびー”だった。
『しんくんのお兄さんが借りてきてくれたCD、何回もきいたよ。ほかにも、ステキな曲があったね。中学生になったら英語を勉強するので、歌詞の意味がわかるようになればいいね。もしテストに出てきたら、わたしは絶対100点をめざします。れりびー』
『れりびーは、やっぱり、れりびーにしか聞こえない。れりびー。ひなちゃんは、50メートル走をもっとはやく走れるようになったらいいとおれは思うので、おねがいする。れりびー』
『おねがいするって、何にですか。そんなことより、しんくんは、出だしのテンポがいつも速いから、気をつけたほうがいいです』
『れりびー』
手がかじかむ季節に、放課後の教室で、運動場の片隅で、近所の公園で。
肩をよせて譜面を見合ったり、マフラーや手袋を貸し合ったり。
おれは、テンポのことで、きみに怒られたりしながら。
『中学に行っても、よろしくね』
そうやって、笑い合った。
演奏会は、うまくいったと思う。正直、よく憶えていない。前の列にいた“ひなちゃん”の、二つくくりになっている頭を見て、失敗すんなよと念を送っていた気がする。
卒業式が過ぎて、中学の入学式には、自転車のうしろにきみを乗せて向かった。珍しく、ひなちゃんが寝坊して、猛スピードで漕いでいたら、道端の小石につまづいて、自転車ごとひっくり返った。下が草だったから、セーフだった。
転がったひなちゃんを起こそうとして、手を引っ張ったら、彼女の手が少し小さくなったように感じて、びっくりした。立ち上がった彼女の制服姿に、おれは見とれていた。
『クラス、一緒になるかなあ』
『おれは、ならなくてもいい』
『なんで?』
『いいったら、いい』
ふたりの秘密が、もっと近くなる。そんな気がした。
『……交換日記、続けような』
『うん、もちろんだよ。でもね、やっぱり、言い出しっぺはしんくんだと思うの』
『ちがうったら、ちがう! あれは、ひなちゃんが始めようって言ったんだよ』
『う~ん、そうかなあ』
『ぜったいに、そうだ』
ふたりで映画に行ったり、クリスマスに遊んだり、夏は市民プールに泳ぎにいったり。
期末テストがあったり、体育祭でクラス対抗リレーがあったり、文化祭で出し物をしたり。
ひなちゃんの髪が伸びたり、短くなったり、おれは少し背が伸びたり。
思い出は、積もった。
好きだった。そのときにはとっくに、ひなちゃんの笑顔が大好きだった。
“今度のクリスマスは、小学校に行ってみない?”
ひなちゃんと約束した。
*
「……いきなり……? なんで、そんな急なんだ?」
「ごめんね。ほんとうに急に決まったの……」
「なんで? なんで、いちばんに教えてくれなかったの? 日記にだって、なんも書いてなかったじゃんか……」
「ごめんね、ごめんね。言えなくて……、離れちゃうって思ったら、ぜんぜん言えなくて……」
「言えばいいだろっ! 教えてくれればいいだろ! 勝手に決めんなっ」
「しんくん、ごめんね……。向こうに行ったら、ちゃんと連絡するから、そのときは会ってくれる? あ、あのね、わたしね、ずっとしんくんのことが、好きだったんだ」
「…………しらねーよ……」
「……え……?」
「しらねーよ! おれは、一回もおまえを好きになったことなんかねえっ。大っ嫌いだ、ブスっ! 転校でもなんでもすればいいだろ。しらねーよっ!」
最後にみたきみの顔は、泣き出しそうにゆがんでいた。
冬のはじまりの日。昨日までは、いつも、ふたりだった日々。
「あの交換日記はね……、ずっと心の支えだったの。両親がうまくいってないのは、なんとなくわかっていて、新しい学校でも馴染めなくて。近所の小学生にはイタズラばっかりされるし、ぜんぜん、いいことなかった」
「近所の小学生……?」
「うん、そのひとがね、このひと」
頬を染めて、とてつもなく嬉しそうに、ひなちゃんは招待状にある名前を指した。
“白井 翔太”
――――もしかしたら。また会えたら。そんなふうに思っていたけど。
最初の出会いは最悪だったとか、告白されるまでまるで相手の気持ちに気づかなかったとか、結婚するには早すぎると周りから言われたとか、きみの言葉はぜんぶ俺を素通りしてゆくようだ。
「まさか逢えるだなんて、思ってなかった……ありがとう」
――――なにがだ?
手紙を書こうと何度も思った。おれも、同じ校区内だったけど、あのことのすぐあとに、両親が家を買って引っ越していたから。
一度だけひなちゃんからの手紙が届いた。あと一年のうちに自分の住所を知らせないと、古い住所のものは転送されてこないと知っていたけど、それでもおれは、返事を出さなかった。
でも、目の前のきみは、おれの後悔も稚拙な想いも、みんな飛び越えて、大人になっている。
大人になってこうして偶然出逢うまでに、きみにとっては、おれが傷つけたことなんかすっかり思い出になっているんだ。
時間はどうやったら戻せるんだ?
あの日のことが思い出だなんて、社会人になってこんなに時間が経っても、俺は、いまだに思えない。
後悔ばかりが渦巻いて、最後のきみの泣き出しそうな顔ばかりずっと残っていて。
真くん、と呼ばれて、いつの間にか下を向いていた顔をあげた。
「……結婚式に来てくれる?」
一瞬、理知的な眸と、いたずらっぽいあの眸が重なった。
――――ああ、そうか。
ひなちゃんは、しあわせになるんだな。
陽だまりみたいな笑顔で。
俺はバカだ。死んだって治らないくらいのバカだ。
いつか逢えたら、きみと結婚できるんじゃないかと、なんの根拠もなく漠然と夢をもっていた。
なあ、おまえみたいやつは一回死んでこい。死んで、魂になって中二のあの日に戻って、あのときのおれを殴ってでも止めてこい。
間に合わなかったら、すぐひなちゃんを追いかけて、謝り倒して、土下座してでも詫びるんだ。
傷つけてごめん、ほんとうは好きなんだ。だれよりもだれよりも、きみだけが好きなんだって。
いつか、そのうち、きっと。手紙を書こう。
そうやって時間が過ぎて、惰性で流されるようにだれかと付き合いはじめるまえに、止めるんだ。
ごめん。
おれはきみを傷つけたんだ。
ずっと後悔していたんだ。
なのに。
いまきみは、こんなにも綺麗だ。
陽だまりのような、その笑顔のままに。
返事は、ゆっくり考えてくれればいいから。この住所に返信してね。
カラン、と鈴の音がしたけど、俺は動けないままだった。
相変わらず店内はゆったりとした雰囲気だったが、コーヒーは冷たくなってすらいる。窓一面の冬の日差しは、少し傾いていた。
“Strawberry Fields Forever”
どこか気の抜けた、ポップだけど退廃的な旋律が流れてくる。
「……クソが。死ねよ」
くやしくて、かなしくて、招待状を握りつぶしてテーブルに突っ伏した。
おれ達の一番のひみつは、だれも聞いていないところでしか名前を呼び合っていなかったことだ。そんな些細なものを、でもなににも代えられないものを砕いたのは、俺だ。
「……うっ、あっ……うあぁっ……」
諦めきれないなら、永遠にしてもいいか?
この記憶を。
その記憶は、陽だまり。
おれときみの笑顔でつつまれた、永遠の肖像。
歌詞掲載につきまして。
ある曲をモチーフに用いた部分もあり、日本語訳を用いての引用というかたちのつもりです。また、曲名のみ掲載しているものについては問題になりにくいということで、日本語訳をつけてはおりますが、その部分に関してはクリアしているものと考え掲載した次第です。しかしながら、規約に抵触することにならないとも限らないということは承知しております。また、ビートルズに関しては個人的に思うところがありますので、そのうちこの作品は非公開にする予定です。
曲時間の現実的な問題について。
『Let It Be』の該当の歌詞が流れるのは、曲が始まってから1分10秒くらいです。登場人物の二人が席に落ち着いて、注文して話して、注文の品が来るという時間を考えると、このフレーズが流れるのにとても間に合いませんが、そのあたりはご愛嬌ということで、ご容赦願います。