仕事の後
サジェスの工房を出ると、太陽は西へと傾いて街を橙色に染め上げていた。
時計塔が黄昏の空気を震わせて大鐘の音色を響かせる。
二人は連れ立って大通りに出ると、東門の方角へと足を向けた。門よりいくらか手前から曲がると、左側にあるのが馴染みの酒場だ。着いた頃にはもうすっかり日が暮れて、中からの明かりが店の前を煌々と照らしていた。
「ジグ、ティム!」
中に入った二人にすぐに声が掛かった。右手奥のテーブルでひらひらと手を振る人間が見える。
「遅かったじゃねぇか。先に飲んじまってるぜ?」
「あぁ。別に構わない」
「お待たせ、ルナード」
二人が席に着くと、ほどなくして給仕が注文を取りに来た。亜麻色の髪を三つ編みにし、清潔感溢れる簡素なスカートに前掛けをした姿で愛想良くにこっと笑う。
「いらっしゃい! ジグさんもティムさんも、久し振りだね」
「こいつは久し振りじゃないんだな?」
「ふふっ! 隊長さんは来ない日の方が少ないもの」
「おいおいロタ、常連客だって言ってくれよ。それじゃあまるで俺が酒場通いの飲んだくれみたいに聞こえちまう。――あ、同じモンもう一皿頼む」
文句を言ったそばから酒のツマミを追加で頼んだルナードにくすくす笑いながら可愛らしく少し肩を竦めて、彼女は仕事を続行した。
「お二人のご注文は?」
「俺は麦酒を」
「僕、蜂蜜酒。それとナッツもお願い」
「かしこまりました。ちょっと待ってね」「ロタちゃん、こっちも追加ぁー」
「はぁーい!」
他のテーブルからの声によく通る声で返事をし、スカートとエプロンを翻してカウンターへ注文を伝えに行くシャルロットを眺めながら、ティメオは目を細めた。
「働き者だよねぇ、シャリーちゃん。かわいいなぁ」
「お、なんだよティム。ロタみたいな娘が好みか?」
「あんなイイコなんだもん、そりゃあ誰だって好きでしょ?」
「……そういう事じゃなくてだな。なぁ、ジグ? お前はどんな女が好みなんだ」
「…………」
ジョッキを呷ったルナードがニヤリと口の端を上げて冷やかす。きょとんとする紅茶頭に軽く嘆息してもう一方の友人に水を向けるが、テーブルの上の皿から揚げた芋を摘むその人物は無反応を決め込んだ。
「お前ら、酒の席で他に何の話しろってんだよ……」
それでも男かと言ってやりたい気分だ。しかし、いつもの事なのでどうしようもないとルナードは諦めてジョッキを呷る。
やがてシャルロットが二人の飲み物を持って来たので、三人で軽くジョッキをぶつけ合った。
「う〜ん、おいし!」
「毎度思うけどよ、よくそんな甘ったるい酒ぐびぐび飲めるよな、お前」
「甘いくせに度は強いしな」
「えー? だから美味しいんじゃないか。シャリーちゃん、おかわりお願い!」
「はーい!」
友人二人からの呆れた様な眼差しににっこり笑って一杯目を飲み干したティメオは、早速二杯目を注文する。
ちびちびと麦酒を口に含みながら、ジグレイはルナードに視線を移した。
「そう言えばルナード。お前、随分早く来てたみたいだな」
此方も麦酒を呷って、ルナードが応える。
「……あぁ、まぁな」
一瞬の間が空いた後に返った返答に、ジグレイとティメオは視線を交わした。
「シャリーちゃん、ついでにルナードのお勘定もー!」
「あぁ、ルナードが頼んだ皿はそのまま持って来てくれ。代金も勘定に足していい」
「おいっ、お前ら!?」
突然酒場から帰らされそうになった男が目を剥いて抗議するのを見て、小さな酒場がどっと沸く。
「おい、東門隊長殿がまた仕事早抜けして酒飲みに来てるみたいだぞ!」
「本当か? よくやった、隊長殿!」
「今日は運が良いなぁ」
「ありがとうよ!」
周囲から口々に感謝されるルナードが立ち上がって声を上げようとしたその時。
「――ルナード隊長ッ!!」
開かれた扉から入って来た麗しの補佐官の声が、籠もった酒場の空気に凛と響いた。