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楽園に響く声  作者: 杉崎みのる
【第一章】
4/8

《覚醒士》(前)

「それじゃあアシエ。行ってくるよ」

『あぁ、行っておいで』


 工房のプレートに見送られて、二人は出発した。

 ちなみに午前七時は約八分ほど前に過ぎていて、ジグレイの眉間にはシワが一本寄っている。


 細い路地から通りに出てすぐに、左側から声がかかった。


「今日も相変わらずジグに叩き起こされたみたいだね、ティム?」

「ははっ。おはよう、マーサ」


 にこやかに応えたティメオは、次にオットーの店に軽く駆け寄った。カウンターに手をついて身を乗り出す。


「おはよう、オットー。今日のドーナツも最高だったよ! ふわふわのあの生地にかかってたソース。あれってプレーズの実だよね。味も香りもあんなに甘いのにくどくないなんて、いったいどうなってるんだろう? それから、上に散らしてあった甘酸っぱい粒! ちょっと柔らかいのと、カリッとするのとあったけど、それがもう、すごく……すっごくよかった!」


 今朝のドーナツの素晴らしさを言葉が溢れるまま興奮気味に賛美しながら、その味を思い出してうっとりしてしまう。

 切ない吐息を零していると、カウンターの向こうから声が返った。場数を踏んだ古参の役者のような、渋くていい声だ。


「……あれは、特別甘い実をよく煮詰めて()した。砂糖は少しだけだ。そこにシトンの絞り汁と生クリームを入れる。これも少しだ。あの粒は、アピルカを乾燥させたものを小さく刻んで、そのうち三分の一は()ってさらに水分を飛ばした」


 紡がれる飾り気のない言葉に、関心した様子で相槌を打つティメオ。


 寡黙で優秀な菓子職人が熱心な常連客に律儀に説明する光景を眺めるジグレイとマーサは、互いに顔を見合わせて小さく笑った。


「菓子のこととなると、ああやって喋るんだよねぇ……。アタシもオットーのタルトを初めて食べた時は感動して、その後あんな風に説明してくれてやっとまともに声が聞けたんだけどね? あのいい声に惚れちまってさ」

惚気(のろけ)ないでくださいよ、マーサさん。オットーさんが作る菓子、甘いものが苦手でなければ俺も是非試してみたいところなんですが……残念です」


 苦笑し肩をすくめたジグレイはマーサとオットーに別れを告げると、ティメオを急かして店を離れた。




 大通りに出て東へ向かう。しばらく歩くと、やがて目の前に堅牢な石造りの建物が見えてきた。


 東門の警備と外部との遣り取りを行う傭兵隊の屯所である。


 大通りを挟んで二つの塔が立ち、その間をアーチ状の連絡橋が繋いで通りに薄く影を落とす。連絡橋のくり抜き窓からちらちらと兵士の行き交う姿が見える。


 門は屯所の向こう側で開かれていた。


「よう、ジグにティム。今日は早いじゃねぇか」


 連絡橋の下をくぐる手前で、朗らかな男が片手を上げて二人に近付いてきた。


 鍛えられた丈夫そうな長身を軽装備の防具で包み、左腕には黒地に金の刺繍で一本線が入った腕章を巻いている。この門を守る東隊の隊長である証だ。

 焦げ茶の髪はかなり短く刈ってあり、日に焼けた野性味溢れる顔によく似合って見えた。明るい若草色の瞳には悪戯っぽい光が(たた)えられると同時に抜け目のなさが窺える。

 女好きのしそうな色男であった。


「ルナード、これでも予定より遅れてるんだ。どっかの寝汚い紅茶頭のせいでな」


 溜息混じりに首を横に振ったジグレイの後ろで、暗に非難された本人が呟く。


「ちょっと寝坊して、ちょっと遅れちゃっただけなのになぁ」

「何か言ったか常習犯」

「いいえ、なにも!」


 地を這うような恐ろしい声に気をつけをしてみせるティメオ。


 そんな友人二人の様子を見て、ルナードは可笑しそうに目を細めてニヤリと口の端を上げた。


「はっはぁ、今日も『目覚ましジグレイ』がバッチリ発動したってわけだな?」

「……その呼び方をやめろ、ルナード」

「てめぇこそいい加減に現実を受け入れろや、ジグ」


 ジグレイの呻くような抵抗を粗野に砕けた口調で軽く受け流し、屯所の隣の厩舎へ向かう。


 その後に続きながらジグレイが言った。


「ヒポグリフを二頭頼む」


 前を行くルナードは少し首を傾げる。


「お前のグリフォンじゃなくてか?」

「行くのはシブレスの森だ。わざわざラファールで飛ぶ距離じゃない」

「それなら近いか。アイツは飛びたがりだからなぁ」

「あぁ。中途半端に飛ばせると機嫌が悪くなる」


 主に傭兵や軍に所属する兵士など、戦いに近い人間が好んで騎獣にしているグリフォン。

 それをジグレイが所有しているのは、時々本業(・・)の合間に傭兵隊の仕事をしているからだ。そのため彼の相棒のグリフォンであるラファールは普段、警備隊の厩舎に預けて世話をしてもらっている。


 乗り手のいないヒポグリフを二頭調えてもらい、ジグレイとティメオはそれぞれ手綱を取った。騎乗して門の方へ歩かせる。


 ティメオを背に乗せたヒポグリフが軽く喉で鳴いた。


 隣をついてくるルナードが笑う。


「ティムを乗せるヒポグリフはみんな嬉しそうだよなぁ」

「僕の乗り方が優しくて上手いからさ」

「体重が軽くて楽だからだ」


 調子に乗るティメオに事実を突きつけて釘を刺し、ジグレイは鞍上(あんじょう)からルナードを振り返った。


「行きも帰りも走らせるつもりだ。飛ばせることはないと思う。世話係に伝えておいてくれ」

「あぁ、わかってる」


 地面を走った時と翼を使った時とではその後の手入れの仕方と使う道具が異なるため、事前に伝言を頼んでおく。


 互いに片手を軽く上げて挨拶すると、ジグレイは手綱を打ってヒポグリフを門の外へと走らせた。


 にこにこ笑いながら、ティメオはルナードに手を振る。


「行ってきます。仕事頑張ってね、ルナード」

「馬鹿、お前も仕事なんだろうが。――気をつけて行ってこいよ!」


 先に出たジグレイとそれを追いかけて走り出したティメオに声を飛ばし、ルナードは小さくなる二つの騎影を見送った。




文に潤いが足りませんね(苦笑)

早くかわいい女の子とか出したいです。



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