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02

「ただいま……」


学園から逃げるように帰ってきた私の頭の中にはもう記憶の映像は流れていなかった。あの莫大な量を短時間で見せられても倒れず、しっかりと自宅に帰ってこれた自分はただただ凄いと思う。


しかし、思い出した記憶がいつ消えてしまうかわからないから安心も出来ない。明日か明後日か、はたまた次の瞬間には消えてしまうかもしれないとても曖昧なもの。

私が今生きている世界とあまりにも似ていたゲームの存在。思い出したからには無視をしながらこれから生活をしていくなんて出来っこない。

今はまだ本当にゲームの世界なのか確認出する術はないが、これから高校生活を送っていたら徐々に判明するだろう。


私は明日から使う予定だったノートに思い出したことを出来るだけ書いた。もしもこの世界が本当にゲームの中だとしたら、私の野口 真由美と言う名前は友達ポジションにもライバルポジションにもいなかった。

クラスのその他大勢。いわゆるモブキャラなのだろう。


なら私は主人公である愛野 恵と関わってはいけないと思う。クラスメートなのだから無視することは出来ないが、極力関わらないようにしなくては。私の存在のせいでゲームの物語が変わってはいけない。


「よし!」


私がするべきことは分かった。書き写してみると思い出したことは案外少なかったが、攻略対象キャラである5人の先生やいくつかのイベントが分かっただけでも良いだろう。予備知識が有るのと無いのでは全然違う。せっかく大好きだったゲーム世界に生まれ変わったのにイベントが見られないのは辛いけど、隠れて見るぐらいは許して貰おう。


ノートに書き終えた私はいつまでも混乱している訳にはいかないから気分を変えるために制服姿から部屋着へ着替えようと部屋を見渡して固まった。


「なに、この部屋」


全体がピンク色な部屋。カーテンもベッドシーツもカーペットもクッションもピンク。

全体的に纏まっているからイヤらしさはないが、あまりのピンク色とレースやフリルの多さに引いてしまう。しかも天蓋付きのベッドの枕元には大小さまざまなぬいぐるみ。

帰ってきた時には混乱していて気が付かなかったけど、以前の私はどうやらメルヘンチックな物が好きだったようだ。前世の記憶が蘇ったことで好みが変わったのか、このいかにも女の子な部屋は私には無理だ。


まさかと思いクローゼットを開けてみると、部屋と同じ様な可愛らしくフリルやレース、リボンが付いた服がたくさん溢れかえっている。


正直、眩暈がする……──


その中から比較的動きやすそうな極端に装飾の少ない服に着替えた私は、目立たないように学園生活を送ると共に部屋の模様替えとか色々どうにかしようと決意を新たに拳を掲げたとき、部屋のドアがノックされた。


「石口先生?」


ドアの向こうにいたのはなんと石口先生。いつもと違う呼び方が気に入らないのか、無言のまま私の横をすり抜け部屋に入ると彼は定位置であるベッドサイドに腰掛けた。

この部屋に来るときはいつも私服姿だからか、教室で見たままのダークグレーのスーツが変な感じ。しかもサーモンピンクのベッドシーツとミスマッチでなんだか笑えてしまう。


石口先生はそんな私にお構いなく、ネクタイを緩めながら自分の隣の空いているスペースをポンポンと叩き座れとうながす。


「顔色が悪かったが大丈夫か?」


私を見つめるその目は優しい。

そうか、一段高い教壇に立つ石口先生には教室全体が丸見えだ。自己紹介中の私の様子が心配で急いで帰ってきてくれたのだろう。

クラス担任はきっと新学期の準備とかで忙しいのに悪いことしちゃったな。反省。


「うん、もう大丈夫だよ。入学式で緊張したのかな?

 でもビックリしちゃった。まさか担任が石ぐ……」


「まゆ」


先生とは言葉が続かなかった。それは責めるわけではなくどこか拗ねた感じの声色で、いつもみたいに呼べと言いたいのが良く分かった。


「無理はするなよ」


「たっちゃん、心配してくれてありがとう」


笑顔で答えた私の頭を撫でる大きな手はいつも私を導き守ってくれた。

そんなたっちゃんがまさか18禁乙女ゲームの攻略対象キャラだったなんて信じられない。

確かに担任の先生は接する機会も多くこうしたゲームの中では定番なキャラかもしれないけれど、知り合いとなると素直に喜べないというかこの後の展開を知っているだけに何だかむず痒い。


もし愛野さんがたっちゃんを選択したら2人は付き合うことになるんだよね。モブキャラの私はその日が来たら2人を祝福出来るんだろうか。


「たっちゃん。私ね、たっちゃんが担任で良かったよ」


上手く笑えている自信は無いけれど、今1番それが伝えたかった。

たっちゃんは唐突に話した私を不振がったけれど、私がこれ以上何も話すつもりが無いと分かるとしぶしぶ隣の家に帰っていった。


流石に、本人に真実は言えない……




夜、ベッドに寝転がりなからまとめたノートを読み返してみた。明日から何があるか確認したいのもあったけど、他にも思い出すんじゃないかと若干の期待が隠っている。

ちなみに、枕元の大量にあったぬいぐるみはクローゼットの中に大切に仕舞わせて頂いた。

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