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日常の崩壊―――起

 妙に体が軽い気がする。

 大輝は愛深の手に引かれながら自分の体の調子を確認した。

 女性と男性の歩幅は違うため、愛深に合わせる形で走っているので余裕は生まれるのだが、それにしても随分と体が楽であった。呼吸も心拍も小走りしたくらいにしか上がらない。

 後ろを振り返ると青年がゆっくりと歩いていた。

「あの、さっきの人は?」

 愛深は走るのに必死なのか答えが返ってこない。そんな愛深を見て、大輝は自分の中でこれから起こす行動によって生じる羞恥心とメリットについて比べる。

 思考の結果、メリットが勝ると判断した。

「神坂さん、失礼します」

 大輝は愛深の耳に届くように大きな声で言うと、愛深を肩に担ぎ上げた。

 思ったよりも重さを感じない。

 大輝は人ってこんなに軽かったっけ、と首を傾げるていると

「ち、ちょっと、ゆ、ゆっくり」

 と愛深の焦った声が聞こえた。

 どうやら肩に担いで走ると頭が揺らされるらしい。大輝は慌てて両腕で抱き抱えた──俗に言う『お姫様だっこ』というやつだ。

 大輝は階段を駆け降りながら愛深に質問をする。

「さっきの人はなんなんですか?どうして逃げたりなんか……」

「あいつは須藤正志《すどうまさし》、帰るべき宮殿《ヴァルハラ》の人間。保護という名目で私を捕らえに来た」

 今の日本にはヴァリアブル・ヴァルキュリーについて扱っている組織が三つある。

 ひとつは『政府《ガバメント》』。

 政府は文字通り、日本政府が運営している組織である。差別されがちなV・Vの為に国立学校を建設したり、補助金などを交付して援助している団体である。

 もうひとつは『帰るべき宮殿《ヴァルハラ》』。

『ヴァルキュリー』に掛けてヴァルキュリーが帰るべき宮殿のヴァルハラと命名された研究機関だ。ここでは政府の補助金を受けて特異硬化病の病院を作ったり、研究所を建てたりと特異硬化病の研究を行っている。また、この組織にはV・Vとその家族のみが住むことの許された楽園《エデン》という場所がある。

 そして政府、帰るべき宮殿に所属しているV・Vはお互いの待遇をレベルは下がるが受けられる。

 つまり、政府のV・Vは帰るべき宮殿が作った病院に入ることができるが楽園に住むことはできない、帰るべき宮殿のV・Vは学校への受験資格はあるが交付金は貰えない、といった具合になる。

 しかし美しい薔薇には棘があるように、この二つの組織の待遇のよさには別の思惑が絡んでいる。

 V・Vは例外なく強力な戦力となりうる武器だ。物によっては核兵器すらもものともしないV・Vを、日本政府としては国力として扱いたいところである。実際に他国ではV・Vが戦力として抑止力に使われている。

 しかし、自衛官でもなんでもない一般人を戦いの渦中に放り込むことは民意の反発を買うことが目に見えているので、様々な待遇を用意しているというわけだ。

 政府は警視庁管轄の特殊部隊として、帰るべき宮殿は楽園保安委員会としてそれぞれ所属しているV・Vを戦力として扱っている。緊急時、自国の防衛に関しては二つの組織は協力し合うが、政府としては帰るべき宮殿のV・Vはいざというときに自由に使えないので所属V・Vを増やしたいところである。帰るべき宮殿はそれほど戦力を欲してはいないが、任意で特異硬化病の研究に協力してもらっているのでこちらもV・Vが多くいることに損はない。

 では、少ないV・Vを政府と帰るべき宮殿はどこから集めるのか。

 答えは新たに特異硬化病に罹《かか》った者か、もうひとつの組織、『淋しがり《クレイブ》』から引き抜いてくることだ。

 そして淋しがりのトップにして武器能力がトップクラスに属すと予想される──実際に武器化したことがないため、どの程度の力を有しているかはまだわからない──V・Vが神坂愛深である。

「たぶん政府は戦力として、帰るべき宮殿は実験対象として私を欲しているんだと思う」

 大輝の腕の中で愛深は説明を終え、ひとつ大きな息を吐いた。

 大輝は予想を大きく上回る話の大きさに言葉が出ずにいる。だが、まだまだ説明されていない部分はあるのだろう。

 今のところ大輝の気になることは自分の兄弟がどこに所属しているか、だった。話を聞くだけでは判断しかねるが、どちらもあまりいい印象を持てない組織だと大輝は思っていた。

(帰ったら訊いてみなきゃだな)

 大輝はとりあえず頭の中にメモをし、この話から思考を切り離そうと思ったが、ふと疑問が沸いてきた。

「神坂さん、今の話からすると、あなたが狙われているのって逃げなくても話し合いで解決できるのでは?」

「……無理。誰もが組織の方針に従うわけではないから。

 あいつは自由奔放に動くことで有名。でも厄介なことに頭はいい。だから何をやっても帰るべき宮殿から追放されることもない」

「ということは……?」

 大輝は何となく先の展開が読めてきて冷や汗を垂らす。

 一度辺りを見回し須藤が居ないか確認した。

 大輝たちはいつの間にか病院の外に出ていて周りは一本道を残して木に囲まれていた。

 一本道の遥か後方に須藤らしき人影が見える。これだけの距離が離れていれば安全は確保できるだろう。

「そう。あいつは私を幾度となく傷付け追い詰めてきた。

 今回も同じ。

 でも同じじゃないのは今回は助けが来る見込みが薄いということ」

「それじゃあ、どうすれば……」

「助けが来るまで逃げるか……殺すか」

 愛深は無表情のまま言い放つ。その言葉には一切の躊躇《ちゅうちょ》が感じられず大輝の背筋が寒くなった。

「じゃ、じゃあ逃げまし──」

「伏せて、早く!!!」

 大輝が言い終わる前に愛深が鋭く叫ぶ。愛深の普通でない様子に大輝の体は自然としゃがみ込み頭上を大きく開ける。

 そこに炎球が通りすぎ、そのまま大輝の前方で炎球が爆ぜる。

 大輝は驚き炎球が来た後方を見ると、そこには須藤が右手に剣を携えながら悠々《ゆうゆう》と歩いていた。

「まずい、もうパートナーと、V・Vと合流したみたい」

「あれが、V・V……」

 大輝は初めてV・Vの恐ろしさを目の当たりにした。

 尤に三百メートルは離れているところから狙い違わず大輝の頭を狙う正確性も、炎球の発射速度も恐ろしいが、何よりもまず武器から炎球が発射されるということ事態が既に異常であった。

「これじゃあまるで魔法みたいじゃないか」

 大輝は魔法なんてものに実際にであったことはないし、現実にそんなものは存在しないのだが、自然とその言葉が口をついた。

「とりあえずはその認識でいい」

 愛深は大輝を立たせながら言う。

 大輝はお礼を言おうと口を開くが愛深に抱き止められる。

 しかし大輝が驚きに声をあげることはなかった。今まで大輝が立っていた場所で火柱が上がるという、更なる驚愕《きょうがく》に意識が支配されていたからだ。

「今のは、オレを狙っていた?」

「そうみたい」

 須藤の持つ剣が炎を纏《まと》う。

 無造作に剣が振られ炎球が愛深に迫り来る。愛深は後方に跳び去り回避すると、大輝の手を引いて脇にある林へと入っていく。

「こっちなら無暗《むやみ》に炎は出せない筈」

 木々が生い茂っている場所で炎を出せば辺り一面が火の海と化す。いくら自由に行動できるといっても、そんなことをすれば後処理が面倒な筈だ。

 愛深はそう予想して林へと足を踏み入れたのだ。

 しかし

「ふむ、確か神坂はこのV・Vの能力を誤解しているようですね」

 須藤はそう呟くと剣を振る。

 炎球は木々をすり抜けると大輝たちがいる手前で爆ぜた。大輝と愛深は爆風に煽《あお》られ、別々に吹き飛ぶと木の幹に体を強かに打ち付ける。

 肺から息が漏れる。

 大輝は痛みに耐えて立ち上がると、須藤が眼前に立っていた。

「なっ……」

 いつの間にここまで移動してきたのか。

 直線距離で三百メートルはあり、更に木々が生い茂る林を抜けるには時間がかかると予想していたのに。

「あなたも災難ですね。あんなやつに目をつけられてしまって。

 待っててもどうせすぐに死ぬんですからここで、まだ人間でいるうちに殺してあげるのが慈悲《じひ》、ではないですかね」

 須藤は剣を振りかぶった。

 大輝は全力で斜め後方へと跳んで凶刃から逃れようとする。

「ぐっ」

 大輝はまた背中を木の幹に打ち付けて倒れる。振り返ると木がすぐ後ろにあった。

(こんなに近いところに木なんてあったっけ……?)

 大輝は疑問に思いながら視線を前に向ける。

「えっ!?」

 大輝と須藤の間が八メートル程空いていた。大輝は一歩しか跳んでいない。つまり大輝は八メートルを後ろ跳びで、しかも助走なしの一歩で跳んだということになる。

 須藤は一瞬、大輝を睨むような目で見るが、視線に気づいたのかすぐに柔和な顔を作り大輝に向かって軽い足取りで歩いてきた。

「やぁ、君も性格が悪いですね。共有者候補ならそうと言ってくれないと。淋しがりが新たな共有者の資格を持つ者を見つけていたなんて私は知りませんでしたよ。

 また神坂に先を越されましたね」

「…………?」

 大輝は須藤の態度が急に変わったことについていけずに混乱する。さら『共有者』という言葉にも馴染みがなく混乱を助長させていた。

「おや、ご存じない?

 ふむ、ではどこから説明するべきか……」

 須藤は剣で近くの木を二つに切断すると木の幹で即席の椅子を作り、座って足を組んだ。そして剣をひと振りし要らなくなった木を燃やす。

 炎は切断された二つの木だけを燃やし他に飛び火することがない。

 大輝が改めてV・Vの威力を確認している間に、須藤は剣を地面に突き刺し、両手を挙げて不戦をアピールする。

 突き刺さった剣が光を放つ。

 光が収まるとそこに剣はなく、須藤と同年代の女性が立っていた。

 女性は須藤の斜め後ろに控える。須藤はその行為がさも当たり前のように無視し、大輝に椅子を勧めた。

 大輝は座ることに少し躊躇と警戒を覚えるが、再度座ることを促されると遠慮がちに腰を下ろす。

「さて、何から話しましょうかね……」

 須藤は何を考えているか読ませないような微笑を浮かべた。

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