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各々の朝

 今から約一世紀前、この世に怪奇が顕現《けんげん》した。

 人がなんの前触れもなく無機物化──武器化する現象が起こったのだ。

 最初の被害者は女性だった。

 彼女はデートの最中に急に胸を押さえてしゃがみこむと、足が結晶化し始めていることに気づいた。結晶化は徐々に進行し女性はパニックに陥るが、為す術などあるはずもなく、女性は一塊の輝く黒結晶と化した。

 そして物言わぬ結晶となった女性は盛大な音と共に崩れ去った。

 崩壊の音に混じってカラン、と金属音がした。

 すべてが崩れ去ったあと、装飾過多な両刃の剣が一振り、光る粒子と共に存在していたという。

 それから約百年。

 人体が武器化する病気、変異硬化病《とくいこうかびょう》に罹った人は合計で約五万人。その内五年以内に死亡した人は約四万七千人。大多数の人が発症してから五以内に死亡していた。

 現代では延命法が見つけられたものの、特異硬化病に対する治療法は未だに見つかっていない。




 ◇◇◇




 時は少し遡《さかのぼ》り、大輝が頭を捻らせていた頃。

 家では別の目覚まし時計が鳴り響き兄の龍真《りゅうま》が目を覚ましていた。

 龍真は軽く伸びをして固まった筋肉をほぐしてから起き、下へ降りると洗面所で鏡に写った自分を確認する。

 龍真は身長が一六十後半の為、鏡に首から上しか写らない。龍真は弟の大輝より身長が低いのが少しコンプレックスである。

 身長のことを思い出し、常に笑顔を浮かべていそうな柔和な顔──浮かべていそう、であって常に浮かべているわけではない──が、少し苦笑へと変わった。

「あぁ、また寝癖が……」

 龍真はツンツンと立っている髪をしているが、今は側頭部がペッタリと潰れていてモヒカンのようになっていた。

 龍真は蛇口を捻って水を出し、手ですくうと徐《おもむろ》に頭へとかける。それを何度か繰り返し頭を濡らした後バスタオルで水分を拭き取ると寝癖が直り、いつものツンツン頭になった。

 次に顔を洗い、歯を磨き……と一通り朝の準備を済まし、最後に眼鏡をかけて龍真は二階の寝室へと戻った。

 寝室へと戻ったのは二度寝をするためではなく、弟を起こすためである。

 龍真は弟の布団を引っ剥がすと窓を開けて朝の冷たい空気を部屋に取り込んだ。

「隼哉《じゅんや》、起きろー」

 しかし隼哉は起きない。

 龍真はため息をこぼすと隼哉の肩を叩く。が、一回や二回叩いたくらいでは隼哉は起きなかった。

 それでも辛抱強く叩くと、布団を剥がしてから三分後に隼哉は唸り声をあげながら起きた。

 隼哉は中性的な顔立ちをしていて、三兄弟の中で一番女性の好みそうな顔をしているが、性格は少し残念である。

「おはよう、隼哉。今日は仕事があるんでしょ?」

「あー……そうだった」

 隼哉はガリガリと頭を掻くとあーうー唸りながら下へ降りる。

 本当に残念である。

 隼哉はリビングを抜けてキッチンへと行き朝食の準備を始めるが、龍真は新聞を取り出して読み始めた。

 新聞の一面には先日池袋で起きた殺傷事件についていあれこれと書いてある。

 龍真は険しい表情で新聞を読み進める。

「兄さん、飯の準備手伝ってよ」

 台布巾片手に隼哉は抗議するが、龍真は空返事をするだけで動こうとしない。隼哉はため息をついてキッチンに戻った。

 新聞を一通り読み終え、龍真は隼哉に問いかける。

「隼哉、今日の仕事はなにをやるの?」

「それ、かな」

 隼哉は顎で新聞の一面を指す。

「 犯人はヴァリアブル・ヴァルキュリーを使用している可能性があるんだって。だから俺らも出張って調査。同じ所有者しかわからないこともあるだろうって。

 あとは淋しがり屋な皆さんを見つけたら取り締まるというか、 保護するというか……いつも通りの『スカウト』だよ。こっちの方は気が乗らないんだけど、偉い人は早く人員を増やしたいみたい」

 隼哉は箸を並べながら困ったような笑みを浮かべた。

 警視庁特殊課特一班。

 それが隼哉が働いている場所だ。まだ未成年の隼哉が公務員として働いている理由はひとつ。彼がヴァリアブル・ヴァルキュリーの共有者だからだ。

 日本はただでさえ多くないV・V《ヴァリアブル・ヴァルキュリー》が三つに分断されているため政府に所属しているV・Vは他国に比べて少ない。つまり、日本が保持するV・Vの戦力が──政府は実力と主張しているが──他国と比べて小さいということになる。

「そうか。こっちの方はチームで神坂の『保護』に向かうことになったよ。最近彼女が池袋に頻繁に出てきているという目撃情報があるからさ。今度こそ『保護』できるといいんだけど……」

「へぇ、帰るべき宮殿《ヴァルハラ》も動くんだ。もしかしたら久しぶりに兄さんと現場が一緒になるかもね」

 隼哉はお米を茶碗に盛る。

「確かに活動場所は一緒になるかもしれないけど、共に行動はできないと思うよ。ヴァルハラと政府は表向きには仲良くしてるがその実、国内のV・Vや共有者候補を取り合って いる仲なんだから」

「あー……そういやそうだった。

 でも俺らと兄さん達の間だけでも協力できるでしょ?監視なんて付いてないんだから一緒にいるところでも見られなければ大丈夫じゃない?」

 味噌汁をよそう。

「監視がついていなかったら、ね。

 連絡するくらいはできるだろうから、お互いの目標を見つけたら連絡する、それでいい?」

「できれば犯人を取り押さえるときも協力してくれると助かるんだけど……」

 龍真は苦笑するとしばらく考え込む。

「タイミングにもよるけど、隼哉とふたりきりで対象を追いかけているときなら大丈夫かな」

「じゃあその時はよろしく」

 安心した表情を浮かべ、隼哉はおかずを配膳する。

「ところで兄さん」

 少し声のトーンを下げて兄を呼ぶ。

「なに?」

「朝飯の準備手伝って、っていったよね」

「………ごめんなさい」

 話をしている最中に食事の準備が終わっていた。




 ◇◇◇



(どうして泣いてしまったんだろう)

 紗奈はひとり、駅から学校へ登校する道中で今朝のことを振り返っていた。

 確かにデートの約束ができた、と舞い上がってはいたが、よくよく考えればあの大輝ことだ。自分がデートに誘われたなどと考えるはずもない。そんなことは十五年の付き合いで嫌というほど思い知らされたことではないか。

 本当にどうして、と繰り返し紗奈は思った。

 大輝は基本的に自分を肯定的に見ることがない。自分の出来ることは誰でも出来ると本気で思っているからだ。顔にしても自分はモテる方ではないと確信している。

 大輝は優しそうな顔をしているが普通の域を出ない。あるクラスメイトからどこにでもいそうな顔だ、と評されたこともあり、大輝はその意見を鵜呑《うの》みにしている節がある。

 しかし、紗奈は大輝が自分で思っている女性から好かれていないわけではないことを知っている。そのせいで紗奈はいわれのないトラブルに巻き込まれたりもしたのだが、その話は長くなるので今は割愛しよう。

 大輝の魅力は優しさだ。人に気を配り、困ったときは助け、親身になってくれる。

 誰とも分け隔てなく接しその優しさを発揮する。

 本人にその事を言うと、ただ臆病なだけだよ、と言うが紗奈は立派な魅力のひとつだと思っている。

 そんな、他人には肯定的で優しく出来るのに、自分に否定的な評価しか下せない大輝のことだ。まさか紗奈が好意を抱いているなどと露程《つゆほど》も思っていないだろう。そんなことはわかりきっていたのにどうして。その想いが紗奈の中でぐるぐると回る。

(あぁもう、わかんないや)

 いくら考えても答えは出てこない。

 あのときの自分はどうかしてた、そう結論付けて──考えることを放棄した、ともいう──紗奈は意識を現実へと向ける。

 いつの間にか学校近くまで来ていたようだ。

 頭を切り替え一時間目はどの教科のテストが帰ってくるのかを思い出そうとしたその時、紗奈の胸に激痛が走った。

「あ……く……」

 あまりの激痛に意識を持っていかれそうになる。

 紗奈はしゃがみこんで必死に痛みを耐える。気を抜くとすぐに意識がなくなりそうだ。誰かが心配して声をかけてくれるが、紗奈は返事をする余裕がない。

 しばらくすると紗奈の周りに人垣ができる。その中には携帯を使用している人がいるので、救急車を呼ばれたのだろう。

 もう少しの辛抱だ、と自分を鼓舞する。

 が、

「紗奈!?」

 大輝が人垣を掻き分けて入ってくる。

 紗奈は大輝の顔を見ると不覚にも安心して気を抜いてしまった。

「あっ……」

 紗奈の意識は一瞬にして切れてしまった。

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