五日目 寒空の憂鬱
カイと妹たちの過去にほんの少しだけ触れる回。
そろそろ、妹視点とか書きたいです……。
オランデ・ルアート。
それが、まだまだ急ごしらえ感が否めない此の村の名前だ。
世界最大の淡水湖であるオラヌス湖付近に在る。
「陛下も存じ上げているでしょうが、ネメア大陸は世界最大にして極寒の大陸であります。
北極に近く、大陸の四割は永久凍土…………人間界と接しているという戦略上、そして豊富な資源が在るという地理上の利点がなければ、到底発展し得なかった辺鄙な大陸でもあります。
魔物誕生の地にして、潤沢な自然魔力の宝庫であるゼイクードハイヒ大陸からも遥か遠く……御世辞にも、交通の便が優れているとは言えません」
雪こそ降っていないが、成程確かに寒い。王都が在るゼイクードハイヒ大陸と比べたら、沖縄とシベリアくらいの差が在る。
勿論、僕たちはしっかりと防寒装備を着込んでいた。
体質的に寒さに弱い“魔蛇種”のエルフィアは、周囲に魔法の暖房を巡らせて涼しい顔で周囲を見ている。
そして、僕らを案内してくれている兵士も、魔王軍の冬季装備をしっかりと着込んでいた。
背中には鷲のような翼が生えていることから、“魔鳥種”だとわかる。
「物資の輸送は、転送魔法に空路、海路を中心として円滑に届いております。
その点につきましては、感謝の言葉もありません」
「いや、過酷な気候に立ち向かう者を支援・保護するのは王として当然の義務だ。
ましてや、諸君らをこの地に送り込んだのは軍務省、ひいては王立政府であり、私である」
本当に嬉しそうに言う兵士に笑顔を向けると、感激したように何度も頭を下げてきた。
此れは偽りなき本音だ。
現代日本で生まれ育った僕は、現地の自然に適合した装備や満足な補給なしに陥った人々がどんな悲惨な目にあったかを一応知っていた。
ガダルカナルに送り込まれた日本兵、シベリア鉄道工事に従事したロシア人、疫病に襲われたパナマ運河建設工事――――歴史書をひっくり返せば、例なんてそれこそ呆れかえるほど出てくる。
幸いなことに“魔海嘯”以前も、魔界はネメア大陸東部を領有していた。
つまり、此の大陸の恐ろしい気候については慣れていたし、当然対策も色々と用意された。
兵士が着込んでいる冬季装備は、まさにその代表例だ。
まぁ、肝心の輸送船舶については、大増産する羽目になったけれども。
「此の村の近辺からは、大規模な金脈が発見されており、すでに発掘が開始されております」
「パルラダ中尉、発掘の具合は如何なっている?」
「発掘の担当は地方開発局と民間への委託ですので詳しくは分かりませんが、陛下のご希望通り慎重に、比較的ゆっくりと行っております。
監督団の報告によりますと、労働者からもとりたてて不満は起きておりません。
近年、陛下が制定された魔界労働指定法により、労働者のストライキが可能となりましたが、現在のところ発生しておりません。
また、雇用側も労働者への賃金・食事保障と労働時間制限をしっかりとこなしていると聞いております」
僕の後ろにいた調査員が聞くと、パルラダ中尉は微笑んで答えた。
魔界労働指定法は、労働基準法(所謂“労基法”)などをモデルに制定した法律だ。
「……兄上」
「ん?」
二人のやり取りを聞いていると、後ろから小声でシラウが聞いてきた。
「寒い? 寒かったら、ボクがこんな寒さ、吹き飛ばすから」
「……有難う」
寒いにもかかわらず、頬を伝った冷汗を拭いて、酷く冷淡な目をしている無口妹を見つめた。
振り返ってみると、シラウだけじゃなく、四人の妹全員が、大して興味もないように周囲の景色を見ている。
釣られて見てみると、幾つもの山脈が壁のように聳えているのが見えた。
山頂は白く彩られている。
いつもの軍服に加え、白黒のコートを着たシラウは、何時ものように彼女の身体をくるくる廻っている球体のうち、太陽のように輝いているオレンジ色の球を手で包み、コロコロと動かしている。
まるで、ビリヤード玉を手に取ったハスラーのような仕種だ。
でも、僕は知っている。
あの球は、比喩でも何でもなく“太陽”なのだ。
やろうと思えば、此の星のあらゆる水分を蒸発させられるほどの。
「あ、おにーちゃん、ヒノもおにーちゃんをあっためられるよ! 火はヒノの専売特許だからね!」
「ホラ、落ち着きなさいな」
三対の大きな紅蓮色の翼をパタパタ動かすヒノが、僕に近付いてきて、アラムに取り押さえられながらにぱっと笑った。
彼女は皆が防寒に熱中している中で、一人だけ何時ものようにワンピースにサンダルという、場違いもいいところの格好だった。
勿論、ちゃんとした理由が在る。
ヒノは、魔鳥の中でもさらにずば抜けて希少種で最強クラスの魔物、紅蓮の炎の化身、所謂“不死鳥”なのだ。
司っているものは火で、どんな炎をも生み出せる……周囲の空気を暖めるなんて、それこそお茶の子さいさいだ。
「だからおにーちゃん、ヒノがぎゅっとして――――」
「黙れ」
「――――――ッチ……」
しゅるしゅると蔦を伸ばし、ヒノの首をへし折るように巻き付けたアルムが一睨みすると、ヒノは可愛げな表情を歪めて舌を打った。
……うん、結構何時も通りだ。
「お兄様を暖めることくらい、此処にいる全員できますわ。魔力を操作し、空間を形成してお兄様を包み込めば良いだけのこと」
「まぁ、そんな必要がないように、兄さんに特注の防寒着を献上させたんですけどね」
呆れたように首を振るアルムと、其れに追従して首肯するエルフィア。
そういえば、此の防寒着はエルフィアが用意してくれたんだっけ……。
「エルフィア、此れってそんなに良いヤツなのか?」
「ええ、雑魚共に言って、最高級の毛皮を用意させました。
そして、私の魔法で何重にもコーティングしております。極寒の海に落ちても、ちっとも寒くないはずです」
雪の上を這いずっている――――のではなく、尻尾を保護するためか、浮遊魔法でふよふよ浮いているエルフィアは、胸を張って微笑んだ。
エルフィアは、姉妹の中でも魔法の腕がピカ一で、あらゆる魔法を使いこなせる。その技術は、魔力量でエルフィアを凌いでいるアルムにも劣らないものだ。
「……仕事が早いな」
「兄さんのことですから」
ウインクするエルフィア。何故だろう、説得力が物凄い。
「お兄様、そろそろ――――」
「え? あ、うん、有難う」
そんなとき、アルムにそっと肩をつつかれ、僕は気持ちを切り替えるために首を振った。
同行している調査団の人たちと話しているパルラダ中尉を呼び、意図的に声を低くして問う。
「中尉……界境線の様子は?」
その声を聞いて、パルラダ中尉はビクッと背中の翼を震わせた。
「……は。
仰る通り、此処は人間界との界境線――――つまり停戦ラインですが――――から然程離れておりません。
ですが、人間界に目立った動きはありません。
此処から一番近い人間国は、フィデナルスク公国ですが、不定期に偵察用飛行船などを飛ばしてくるくらいの動きしかありません」
「陸兵も、か?」
「はい。以前に一度、界境線付近で重砲群の砲撃が行われたこともありましたが、全て演習用の模擬弾でした」
「あぁ、そのことなら報告を受けたよ」
ため息をつき、僕は再び周囲を見た。
曇り空と寒風が、何とも憂鬱な気分にさせてくる。
「…………お兄様」
「うん?」
振り向くと、妹四人が不機嫌そうなオーラを出していた。
「僭越ながら――――お兄様が御憂慮すべきは、“外患”ではないと思われます」
小声でサラリと爆弾発言をし、周囲の者たちも一斉に互いの顔を見やった。
……妹たちの言いたいことは、痛いほど分かる。
臣民の大多数は僕を支持してくれているけれど、僕の人間界との非戦政策や福祉政策などを快く思っていない者がいるという話は、度々耳にしたことが在る。
「……“内憂”をなんとかしろと……そう言いたいんだろ?」
「はい」
「陛下、少なくともこの場には――――」
「黙れ!」
緊張した空気を気にしてか、大声で言う中尉を、アルムが人を殺せるような視線で睨んだ。
「…………護衛隊長」
「は――――」
姉と同じように、中尉を睨んでいたエルフィアは、普段とは比較にならない程低い声で、ファドゥーツ卿を呼んだ。
「…………私たちが城を離れている間、何か異常は起きていませんね?」
「当然、異分子が反乱をおこす事も視野に入れ、対策をとっております。
残留している護衛隊には手練を多く揃えております」
「そうですか」
絶対零度の瞳で卿を睨み、エルフィアは再び口を開いた。
「指揮は?」
「護衛隊副長であります」
其れを聞いて、妹たち四人の機嫌はさらに悪くなった。
内心で頭を抱え、ため息をつく。
……妹たちがフィレンの事を憎悪しているのは知っている。でも、僕にはどうすることもできない。
僕の唯一の親友、フィレンが徹底的に、何度も殺されかける程妹たちに憎まれている理由の一つは、僕に在るのだから。
次かその次辺りから、妹視点になると思います。
加えて回想シーンとか。
……どの妹にしましょうか?
御意見御感想宜しくお願いします。




