三日目 割といつものお仕事
いきなりですが、いろんなところに出かけよう、の導入編です。
「重工業都市整備計画……順調に進んでいるようで、何よりだ」
何時も通り、無駄に広い魔王執務室で書類を捲りながら、思わず独り言を呟いてしまう。
そしてそんな僕を見て、四人の妹たちは無言で頷いた。
執務中の時は、大抵四人のうち誰か、若しくは全員が執務室に集まる。
僕以外の全存在を嫌悪しているとすら言えるこの手のかかる妹たちは、私室に引っ込んでいる時間よりも僕の傍にいる時間の方が圧倒的に多かった。
日夜魔王城に送られてくる書類や報告のうち、僕じゃなきゃ捌けないモノは半分にも満たない。
そして、小さいころから受けていた王族のみに許された英才教育の結果、妹たちの事務処理能力はかなり優秀だ。
だから、こんな風に手伝ってもらっている。余程のことでもない限り、僕は彼女たちの決定に異を唱えないし、彼女たちも必ずと言っていいほど、裁可は僕に求めてくる。だから、僕は其れに賛否を言えば、後は妹たちがやってくれるのだ。
本来なら、其れは魔王に直属する秘書官とかの仕事だけれど、妹たちは僕に秘書官が付くことを徹底的に嫌った。
――――赤の他人に頼るのなら、まず私たちに命じてください。お兄様の忠実なる僕である、私たちに。
アルムが言っていた言葉を思い出す。
だから僕は、余程の重要書類でもない限りは、妹たちのサインも魔王の其れと同等とする旨を、魔界中に通達している。
当然、サインする際は最高級の“魔玉”を溶かしてインクに加えた万年筆を使用しているため、妹たちの魔力がしっかりと残っている。
早い話が、偽造は絶対に不可能だ。
いつもは、思いっきりスキンシップしたり、僕を取り合っては修羅場を展開している妹たちも、流石に執務中にはかなり(全部ではないけど)自重してくれている。
まぁ、普段が普段なだけに、自重していても凄いのだけども、其処はアレで……うん、もう慣れた。
「僭越ながら、お兄様。“特殊開発区”の計画は……コレで宜しいのですね?」
アルムがそう言いながら、触手を伸ばして僕の目の前に書類を持ってきた。
内容を一読し、小さく頷く。
「そう、それだよ。界務省と財務省にお願いしといたヤツだ。ちゃんとできてるようだね」
「それは何よりです。ほんの少しでも、有象無象共が役に立てるのは良いことですわ」
清楚な笑みを浮かべるアルムに、他の三人が追従する。
執務室は、執務机のほかに大きなテーブルとソファが置いてある。本来は応接用なのだけど、執務中は此のテーブルを使って、四姉妹は執務に取り組んでくれていた。
もっとも、そのうちの一人、ヒノは常に空中に浮いているから、正確には三人、だけれど。
なお、“特殊開発区”、通称“特区”は先代魔王の行った人間界への大規模侵攻、通称“魔海嘯”の結果、最近魔界領に組み込まれた新領土のことだ。
新領土を取り敢えず、二七の区に分けている。
何処も戦場になって荒廃し、尚且つ未だに多くの人間も住んでいて、占領軍も駐留している。
不幸中の幸いとして、現地の人間と魔物の諍いは今のところ起きていない。
わざわざ適性検査までして、入植者を厳選した甲斐があるというものだ。
「本音を言うと、新領土なんて財政負担になるだけだからとっとと軍を引いて、“魔海嘯”前の界境線に戻したいところなんだけど……多分、賛成しないだろうなぁ。特に軍は……」
“魔海嘯”の結果、人間界の諸国軍は一月足らずでほぼ壊滅し、人間界の勢力範囲は目に見えて減っていった。
でも、魔王軍に被害が出なかったわけでもない。
通称、“七賢者”と呼ばれる人間界屈指の大魔法使いを全員討った代償として、此方も軍団長クラスや師団長クラスも含む、多くの軍人が失われている。
幸いなことに、魔界側・人間界側双方、一般民衆への被害はごく少数……あの駄目親父も、そういうところはしっかりしていたからなぁ。根っからの武人という連中は、アマチュアが戦争に巻き込まれることを兎に角嫌う。
しかも、人間界には魔界より数段技術が劣っているために、採掘が行われていなかった鉱脈資源など、手放すには惜しすぎる資源が幾つも眠っている。
その多くが、新領土に含まれていた。
そのため現在は、余っている土地を利用して重工業を発展させるための設備の充実化に努めている。
「う~ん、兄さんに賛成しない雑魚共がいるのが、困るんですよねぇ……。
如何しますか? 私的にはとっとと殺しておきたいのですけど……賛成なさらないのでしょう?」
エルフィアが顎に手を当てて唸った。
彼女は何時もフランクな敬語を使い、お気楽そうなイメージを僕に与える。でも、それが彼女が意図的にやっていることだと、僕は知っていた。
何しろ、エルフィアは姉妹でもっとも頭が良い。
魔界、そして僕が住んでいた現代日本は、常識も価値観も何もかも違うと言ってもよい。
だから僕は、大学で学んだ知識などを生かして、魔界の政策に役立てていた。
そんな僕の政策は、周囲からすれば斬新、悪く言えば理解不能の類のモノが多い。実際、側近たちから怪訝な顔をされたのも、一度や二度じゃないし。
姉妹たちも、たまに首を傾げることがある。
それでもエルフィアは、即座に理解し、僕の考えをさらに発展・改良してくれていた。
まるで、現代日本や地球の常識など、最初から理解しているかのように。
まぁ、実際僕がそうなんだし、エルフィアが僕と同じように地球の事の記憶を持っている元人間だとしてもおかしくはないけど、少なくともエルフィアがそう打ち明けてきたことはないし、僕も姉妹たちに言ったことはない。
「まぁ、今は耐え時だと思いますよ? それに報告書に目を通す限り、苦しいことには苦しいですが、魔界の財政は何も破綻寸前というわけではないでしょう?
“特区”の開発は進んでいますし、“魔海嘯”の影響で人間界側の兵力は減衰していますから、先代時程軍を増強させる必要もありません」
「……界境線も減ったからね。特に、地上の界境線の大部分が消滅した点は大きいよ。
でも、領土が増えたということは、其処を護るための兵力も増えるということだ。いくら人間界側の兵力が減ったからと言って、まさか軍を置かずに放置できるわけもない。
それに、最近では人間界でも飛行船の開発が順調だと聞いているから、領空侵犯も受けかねない」
魔法に溢れている此の世界にも、科学技術というものは存在する。全く同じとは言えないけど、現在の魔界は第二次世界大戦前後、人間界は第一次世界大戦前後の科学力を持っている、と僕は勝手に判断している。
魔物は人間より何倍も長寿だから、その分優秀な研究者や技術者の知識やスキルが大勢に引き継がれ、魔法も人間界より進み、それが科学(化学)分野に生かされているため、人間界側より科学技術は進んでいる。
「それに、魔王軍の任務は何も人間軍の迎撃だけじゃあない」
「災害救助――――」
「うん」
突如口を開いたシラウに向け、僕は首肯した。
魔界は人間界と比べ、災害が少ない。
此れは、人間には出来ない“自然の力”の制御が、魔物には可能だからだ。
つまり、やろうと思えば発生した台風や地震を無理矢理封じ込め、さらにその分のエナジィを保存して発電などに回す事さえ可能だ。
災害と日夜向かい合っている現代日本出身者としては、驚倒せずにはいられなかったね。
とはいうものの、魔物で“自然の力”を操れるのは、シラウを始めとする“精霊種”のみだ。
しかも、“精霊種”は魔物の中でもかなり少数派で、おまけに大規模災害を一人でコントロールできる者などそうそうおらず、大体数十人規模で災害に臨むことになる。
おまけに、“精霊種”がコントロールできる“自然の力”は生まれつき決まっていて、増やせる方法はまだ見つかっていない。
例えば竜巻を食い止める場合、“風”を操れる“精霊種”を“数十人”規模迅速に集めなければならない。
はっきり言って、そうそううまくいかないのだ。
それなら、災害時に備えての避難プログラムや避難設備の充実化や、防災設備の強化など、人間界や現代日本とあまり変わらぬ対策に手を出すのが、もっとも手っ取り早くて現実的、という結論に至ってしまう。
まぁそんな結論に至ってもなお、“精霊種”を中心に災害防止に取り組む活動が続けられているのは、それで少なからずの災害を食い止めることに成功していることの証明でもある。
そして、それでも食い止められずに災害が発生してしまった場合、国民の救助に赴くのもまた魔王軍の重要な任務だった。
この辺りは、現代日本の自衛隊と酷似している。
ちなみに現代日本では、災害発生時に自衛隊が人命・財産保護のために出動することを“災害派遣”または“災害出動”という。
都道府県知事などが防衛省に要請し、防衛省トップ(防衛相)が派遣することを原則としている。
多い時には人員二〇万人以上、艦艇六〇〇隻以上、航空機一万機以上が派遣されたこともある(兵庫県南部地震。俗に阪神淡路大震災と呼ばれた大規模災害時)。
何故こんな話をするのかというと、僕が魔王に就任した際、此の災害出動についての規定(自衛隊法)をモデルに、魔王軍の災害救助活動を明文化したからだ。
現代日本人の常識や感性が残っている僕からすればおかしな話だけど、此れまで魔界では、災害発生時における軍の動きについて、特に規定していなかった。
まぁ、そのことについてはとやかく言わない。言ったところで意味ないし。
それに現代日本と違い、魔界では大災害など数百年に一度あるかないかというのもまた事実だ。
……まぁ、頼りになりすぎる妹、シラウの手にかかれば、どんな大災害でもたちまち消滅させられることが可能(らしい)んだけど、何時までも個人(しかも姫君)に頼るというのも色々と体裁が悪いから、仕方がない。僕はあまりそういうのに拘らないけど、流石にマズイと思ったからね。
「…………兎に角、気にしなくていいよ、有難う……ごめんな、エルフィアも、皆も」
話が逸れたなぁ。
そう思いながら皆に苦笑すると、超弩級の美女四人は慌てて首を振って否定してきた。
あ、空中に浮いてたヒノがズリ落ちかけた。
「そ、そんな! 謝られる必要など――――」
「兄さんが悪いなんて、絶対に在り得ません!」
「兄上……違う……」
「おにーちゃん! そんなこと、ヒノたちに言わないでよ!」
そんな妹たちの仕種を見て、思わず笑みが零れた。
小さい時から、こういうところは変わっていない。
……僕も同じか。
うん。
そんなことを確認しつつ……僕は、先程から眺めていた書類の端をつまんで持ち上げた。
「……やっぱり、一度は行ってみないと駄目かな」
「え? “特区”に行くの?」
ヒノが再び空中に浮かびながら、じっと僕の顔を覗き込んでくる。
「うん。一度、生で見てみたい。映像伝達式の“魔玉”とかで幾らでも見れるけど――――」
「ふぅん、そっか。ヒノが連れて行ってあげるよ! 一〇分もあれば、何処にだって行けるよ?」
魔界史上最速の末っ子妹が笑顔で言うけど、僕は首を振った。
「形式が大事だからね。……皆、ついて来てくれるかな?」
見渡すと、四人は即座に頷いた。
頼もしく感じつつ、執務机に備わっている通信用“魔石”に手を伸ばす。
「あぁ、僕だ。王室護衛隊ファドゥーツ卿を呼んでくれ。あと、飛行艇を一機、用意してほしい」
取り敢えず、書き溜め分は全部放出しました。
そろそろ大学も始まりますし、此れからは更新ペースが落ちるかもしれません。
次回は、少し書けているんですけど。
御意見御感想宜しくお願いします。