二日目 精霊と魔鳥
三人目と四人目の妹登場回。
コレで主人公と妹四人が出揃いました。
本当は、此処までがプロローグ的な感じですね。
王都のほぼ中心に位置する魔王城の中を、ふらふらと散策する。
魔王城は、其処らの要塞並みに強固な城で、しかも決して無骨でもない。城自体が一つの街のようになっている。そして、周辺には各省庁の施設などの政府関係の施設と軍の施設、そして広大な城下町が広がる。
そして此の魔王城だけれど、何千年と続く魔界の伝統と格式に満ちている――――というわけでもない。
実は、魔王城……ひいては王都、つまり首都は、コロコロと遷都を繰り返している。
つまり此の魔王城も、竣工して300年前後という比較的新しい建造物だ。ちなみに、建造を命じたのはウチの親父こと先代魔王。
先代魔王の時も、「人間界に深く進軍する魔王軍全軍を統率するには不便」とのことで、以前王都があった極寒の北から南下し、此処ゼイクードハイヒ大陸南部のグランガゼアに遷都している。
ちなみに僕の代になってからは、そのまま受け継いでいるので、場所は変わっていない。
そして此処魔王城は、規模の割には人が少ない。
僕と妹たち、側近たち、あとは常駐している王室護衛隊を含む魔王軍と城の運営に関わるスタッフくらいのものだ。
それもこれも、僕の判断と妹たちの“他人嫌い”が起因しているのだけれど。
あくまで執務するだけの魔王城に、無駄に多くの人員や軍など必要ない。
……魔王軍全軍をかき集めるよりも、妹一人を配置した方が遥かに強力だしね。
「――――っっっとに、あの駄目親父は…………。無駄に豪勢でデカイ城を建てて、そんなんだから復興費用が……」
小声で文句を言いつつ、僕は軍団規模の兵力が配置できる巨大すぎる城を呪った。
まぁ、きっちりと魔力で補強しているし、周囲は強力な結界が幾重にも渡って広がっている。
敵が進行して来た時に備えての防備も、食料・水・武器弾薬も、それこそ軍団が数年持ちこたえられる程の量が備蓄されている。
だから、災害時の避難場所くらいの役目は果たせるだろう。
部下の中には、神聖な魔王城を臣民の避難場所に指定することに反対する者もいたが、全く馬鹿馬鹿しい。使える者は何でも使うべきだし、いざという時に民を護れぬ“神聖さ”に何の価値があるというんだ。
「兄上」
声をかけられ振り向くと、誰もいない。
しかし、声には物凄く聞き覚えがあった。
「シラウ、か……」
僕の呟きと同時に、床から水の膜のようなものが幾つも飛び出してきた。
それは空中で集まり、凄まじく良いスタイルの女性体を形作る。
瞬きしている間もなく、目の前には超弩級の美女が立っていた。
所々が透き通るように白いけど、大部分が闇を吸ったように漆黒の髪は、姉二人のようにロングストレートで、腰に届く程長い。
髪と同じように、黒と水色に近い白のオッド・アイ。
透き通るような白い肌。
そしてこれまた右半分が黒、左半分が白にきっちり分けられた、詰襟の軍服にベレー帽。
極めつけは、その大道芸人のような派手な服装には余りにも釣り合わない、絵を貼り付けたかのような無表情。
一見、僕ら“魔人種”と同じ――――つまり、人間と変わらない姿だけど、身体には土星のリングのような環が斜めに纏われていて、その環を軌道とするかのように、七色の小さな衛星のような丸い物体が、くるくると光を放ちながら廻っていた。
そのリングは、“魔人種”とも少し違う“精霊種”であるという証だ。“精霊種”は自然を司っていて、衛星のような球体は、その者が使える自然の力を表している。
ちなみに、彼女――――シラウのように、七種類もの自然の力を司っている“精霊種”は、魔界史上例がない。彼女の登場までは、多くとも精々二、三種類というのが定説だったからだ。
しかもそのうち三つは、彼女しか使えない力ときている。
そんな彼女は、身体を“自然のモノ”――――例えば、水に変換することも思うがままだ。
シラウはスタイルが良い割に、ひょろりとしていてかなり長身だ。コツコツと軍靴を鳴らしながら歩いてきたシラウは、彼女より若干背が低い僕の肩に手を置き、グイッと見下ろしてきた。
「兄上……疲れてる? イラついてる? 愚痴、言ってた……」
三女シラウは無表情・無口・無感動とないないづくしが三拍揃っているけど、実際はかなり心配性で、気配りもできる。……まぁ、僕限定だけど。
「大丈夫?」
小首を傾げながら、無表情でそう言ってくる仕草に思わず身惚れてしまうが、慌てて心の中でそんな自分をブン殴る。ていうか、見惚れてる場合じゃないし。
何故って、彼女、シラウは、いや、シラウも――――。
「兄上……怒ってる? 誰? 殺る?」
…………こんな風に、何かにつけて物騒な科白を言う。
しかも、シラウは姉妹の中で断トツに、思い込みが激しい。
本当に、何故こんな性格に育ってしまったのか……。顔も覚えていない母よ、何故、あと一〇年でいいから長生きできなかったのか……。
いや、まぁ、彼女たちを甘やかしまくり、年がら年中世話を焼いていた僕にも、責任はあるだろうけどさ。
「兄上?」
「うぉ!」
なんて考え事をしていると、シラウがほぼゼロ距離まで顔を近付けていることにも気付かなかった。
感情の無い瞳が僕の顔を映している。
「……だ、大丈夫だって。ちょっと、ストレスがたまっててさ――――」
思わず咄嗟に言ってしまって、直ぐにしまった、と思った。
無表情の妹はコクリと擬音が聞こえるくらいはっきりと頷くと、自身の周囲をくるくる廻っている球体のうち、青玉のような青色の球をそっと白い手で包んだ。
同時に、僕にその豊満な身体を押し付け、すり寄ってくる。
「ちょ、ちょっと――――」
「……じゃあ、消す」
シラウがもっとも好んでいて、尚且つ強力な“自然の力”は、水と氷だ。青い球体は、水と氷を司っている。
「ありとあらゆる島を、大陸を、海の底に沈める。しぶとく生き残る“水魔”とかは、海を酸にして溶かし尽す。
……皆、消す。兄上のストレスの元など、いらない」
「ストップ、ストップ――――!!」
大声で、黙々と魔力をためているシラウの耳元に怒鳴った。
彼女の場合、冗談抜きでそれが可能なのだから恐ろしい。
しかも、魔力運用にも長けているシラウにかかれば、世界全てを水没させるために必要な魔力も一分以内で集め、術式算出・構築に至っては一秒とかからないだろう。
怒鳴り声を聞いて、漸く気付いたのか、シラウは魔力を拡散させ、小首を傾げてこちらを見る。
その表情は無表情だけど、言わんとすることは分かる。「……なんで?」さもなくば「……駄目?」だろう。
……ふぅ。シラウの場合、暴走しやすいけど、その分冷めるのも早いから助かるな。
いや、冷めてると装っているだけかもしれないけど。
「大丈夫、だから、な? うん。ところでさ、シラウ」
「何?」
「やっぱり此の城、広すぎるよなぁ」
「……ボクは、そう思わない」
あれ?
疑問に思い、今度は僕が首を傾げてしまった。
妹たちは、何故か僕以外をまるで目の敵のように見ていて、特にシラウは他の三人達と比べてもドが付く程無愛想だ。敵意を剥き出しにし、話しかけることすらしない。そして、話しかけられた場合も大抵無視する。
それを考えれば、冷ややかな声とはいえ会話はするアルム達の方が、まだいくらかマシな反応といえる。
そんなシラウの性格からすれば、多くの人が住めるほど広い魔王城に嫌悪感を示すとばかり思っていたんだけどなぁ……。
そんな僕の疑問を汲み取ったのか、シラウは珍しく長広舌を振るった。
「城は力の象徴、目に見える権力。愚民共は巨大な城を見ることで、兄上の力を思い知り、平伏する。
そう考えれば、巨大な城を建て、其処で暮らすことは意義があると思う」
「成程」
確かに。
こういう目に見える象徴的な役割は、即ち心理にダイレクト・アタックして、無視できない効果を齎す。
そういう面も考えれば、湯水のように金をつぎ込んだ此の城も、全くの無駄ではない、ということか。
「巨大建築物の竣工には、大勢の技術者と高度な技術が必須だしな。其れを維持していくためにも、たまにはこんな城も建てないといけないってことか……」
まぁ、今度からは、巨大建造物と言っても、もう少し需要のあるモノにしよう。
劇場とか。
「あれー? どーしたの、おにーちゃん」
「ん?」
そんな考えを巡らせていると、上から声が聞こえた。
釣られて天井を見ると、人形のように整った顔立ちの美少女が、此方を見下ろしていた。
アルム、エルフィア、そしてシラウと同じように長くて、艶やかな髪。但し、彼女の髪は燃えるような紅蓮色だ。そして、赤紫色のくりっとした瞳が、じっと僕を見つめている。
肌はとても白く、彼女の特徴的な髪と瞳の色をさらに映えさせている。
姉たち三人と比べれば、些か幼い顔立ちで小柄だ。でも、その洗練された姉たちにも劣らぬスタイル抜群の身体は、こう見えても彼女がれっきとした“女性”であることを誇示していた。
淡いピンク色のワンピースに、サンダルというかなりシンプルでラフな格好だけど、シンプル故に、彼女のスタイルの良さが誇示されているようにも見えた。
そして、背中には、彼女の最大の特徴である、紅蓮の炎から切り抜いてきたかのような紅い三対――――計六枚の翼。
四女で兄妹の末っ子、“魔鳥種”のヒノだ。
三対の身の丈以上の大きな翼を器用に使い、ヒノは空中を体育座りして浮かんでいる。
「おっきな魔力反応があったから、芥掃除をそうそうに切り上げて来てみたんだけど――――やっぱり、シラウおねーちゃんだったかー」
ケラケラ笑いながら、地味に物騒な発言をするヒノ。
「もうっ、そんな風に暴走されちゃあ、おにーちゃんもお仕事に集中できないよ?」
「……善処する」
明らかに「お前が言うな」と言いたげな冷たい目でヒノを見ながら、シラウは僕から一歩離れた。
「ヒノ、何処に行ってたんだ?」
「うん? ちょっと遠いところにお散歩へ! おにーちゃんもお仕事済んだら、ヒノと一緒に行こうね!」
無邪気に笑いながら、ヒノは僕の下に降りてきた。
翼を背中に仕舞い、にっこりと微笑んでくる。
それをジッと見て、不機嫌そうに魔力を放出するシラウ。
「……」
「?」
首を傾げ、ヒノは怪訝そうにシラウを見つめた。
……絶対わかってやってるだろ、アレ。
………………さっきもあったな、こんなこと。いや、毎日か。
心中で大きく息を吐いて、心の中に広がっていく諦観を飲み込んだ。
饅頭を丸飲みするような、イヤな飲み込みだけどさ。
次回から、本格的に内政とか、妹たちとの日々を書けていけたらいいなー、と思います。
御意見御感想宜しくお願いします。