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四魔+デイズ  作者: 皐月二八
本編
22/23

一八日目 指針決めと精霊の帰還

 大変遅くなりました。少々、プロットを練り直しておりました。


 前半はカイ視点、後半はシラウ視点でお送りいたします。

「兄さん、発令するのは“ナハト”作戦ですよね?」



 開戦の次の日。

 執務室で書類に目を通していると、エルフィアがそんなことを聞いてきた。

 今、この部屋には僕とアルム、そしてエルフィアしかいない。



「あぁ、そうだけど」



 “ナハト”作戦。

 僕が魔王に就任してすったもんだ(・・・・・・)あり、色々と改革が終わった後に、僕は軍務卿に命じて対人間界との戦争時に備えての作戦立案をさせた。

 僕の意見、というより、僕がいた世界での戦訓を生かした新方式の作戦だ。


 とは言え、僕はある程度戦史に理解があるだけの元大学生。ある程度の指針を出すだけで、実態は軍務省と参謀司令部に丸投げた。


 その指針というのは、詰まるところ、“兵站線叩き”だ。


 兵站線。つまり、銃後(非戦場地域)と前線を結ぶ輸送路のことを指す。

 軍というのは規模が大きければ大きいほど、その維持に物資が必要になる。

 食料・飲料水・医療物資・火薬・武器・予備魔石など、数え上げればキリがない。

 そしてそれが欠ければ、兵力として万を超えようが、その真価を発揮することはできない。


 つまり、敵軍が魔界に攻め込めば攻め込む程長大となる兵站線を、叩きまくる。

 空爆に少数部隊による襲撃、重砲群による殲滅……やりようは、それこそ幾らでもある。


 そして正面戦力も攻撃を仕掛け、ジワジワと敵の出血を強いていく。

 何しろ守る側である魔王軍こちらは、後退すれば後退する程ゼイクードハイヒ大陸から近くなり、迅速に増援が受けられる。

 時間も稼げるから、世界に散っている魔王軍を掻き集める事も出来る。


 そして敵が疲弊しきった時には、ネメア大陸には魔王軍の精鋭部隊が万全の補給を受けている状態で、集結しきっている、というわけだ。


 勿論、後退する時は一般市民も迅速に避難させる。特に界境線付近の特区の市や村では、疎開訓練は年に何度も行っているから、避難する側も避難を誘導する側も、そしてそのための時間を稼ぐ側も準備は万全だ。全てが、プログラム通り。


 まさに、反撃前のナハトとなるわけだ。


 この作戦は人間界軍の界境線突破と共に発令されることになっている。僕がするのは、ほぼ事後確認だ。



「親父の代は、兵站線叩きにはあまり興味がなかったようだからね。

 まぁ、そんなことせずとも兵力差は圧倒していたからだと思うけど」


「では、人間界軍が攻めてこなければ?」



 そのエルフィアの一言に、アルムがサインをする手を止めて顔をあげた。



「そんなことがあり得るのですか? 先に攻撃してきたのは向こうですよ」


「塵芥の考えることなど、私にはわかりませんよ。ま、姉さんが同類なら、話は変わってきますけど」



 態とらしくクスクスと笑いながら、姉を見つめるエルフィア。

 それをサラリと受け流し、アルムは小首を傾げる。


 何と言うか、もう少し何とかできないものかなぁ。



「兄さん。いっそのことゴミのはきだめ(スイリオル)でも消したらどうです?」



 スイリオル。帝政エルビトアの首都にして、スイリス教の教都(総本山)でもある、人間界でも最大規模の都市だ。

 “魔海嘯”で滅んだ国の城塞都市をそのまま利用して造られており、荘厳さと防衛力を兼ね揃えた都市となっている。



「……難しいな」



 スイリス教の象徴となっているだけの事はあり、ここの陥落はスイリス教とエルビトアの名誉を著しく下げる。当然のことながら、向こうにとっては何よりも恐れる事態だ。

 対策がとれていて当然。


 しかもスイリオルは界境線からかなり離れている。

 無論、やってやれないこともないだろう。

 航空軍の空中艦隊を出してもよいし、征翼軍団(魔鳥種のみで編成された制空・対地爆撃専門部隊)も何時でも出せる。



「中途半端な被害を与えるだけでは、寧ろスイリオルの強固さと不屈の精神を前面に出されてしまう。

 この手の事は敵の戦意と団結を呼び込むだけで、ある程度破壊するだけじゃあ意味がない」



 “イギリス本土航空決戦バトル・オブ・ブリテン”という言葉がある。

 第二次世界大戦時に、ドイツ空軍がイギリス本土上陸の前段階として行った、イギリス本土への大空襲、そしてそれに立ち向かったイギリス王立空軍の戦闘だ。

 ドイツ軍の目標は船舶から戦闘機基地、最終的には都市になり、特にロンドンは何と五七日間も連続で夜間空襲を仕掛けられた。


 しかし、それでもロンドン市民とイギリスは屈しなかった。

 結局ドイツ軍の威信をかけた空襲は、不屈の英国ジョンブル魂を叩き折ることができなかったのだ。


 このように都市への爆撃は、中途半端では意味がない。寧ろ逆効果だ。



「兄さんの御命令なら、すぐに私が消してきますが」


「……“可能かどうか”と“するべきかどうか”というのは、また別の問題だよ」



 かと言って徹底的にやったところで、空襲で敵を屈服させきることは難しい。ドイツはあれほど徹底的に戦略爆撃を浴びせられるも――――特にドレスデンの悲劇は語るまでもない――――結局は地上戦でケリが付いた。日本も原爆を除けば本土空襲でも戦意を喪失しなかったし、原爆がなければ本土決戦が起きていた可能性すらある。


 しかも最悪なことに、戦争では敵国の最高指揮官抹殺や敵国首都を陥落させるイコール終戦にならないことがある。例えば日中戦争では、中国軍は首都が陥落すると、あっさり遷都してそのまま戦争を続けた。


 敵国最高指揮官――――帝政エルビトアで言うところの教皇(皇帝)の抹殺も、却って敵愾心を煽り、寧ろ講和の糸口を失う可能性も十分考えられる。


 しかも、それで大勢の民間人を巻き込んだ後、後々どんなツケが帰ってくるかは、歴史の教科書のページをめくれば自明の理だ。

 僕だって元日本人。都市を爆撃されればどんな悲劇が起こるかは、嫌というほど知っている。正直、される側にもする側にもなりたくない。



「講和のチャンスを失うかもしれないからな」


「“講和”、ですか? 対等な条件での?」



 アルムがさっきとは逆方向に小首を傾げた。彼女の触手も、クエスチョンマークを形作るようにウネウネと動いている。

 一方のエルフィアはクスリと笑うと、優雅な仕種でカップに口をつけた。



「正直、これ以上の領土の拡大は負担だ。管理すると言っても、それにマンパワーを無駄に消費したくない。特区の開発すら、まだ十分じゃあないんだ」


「ですが卑怯な不意打ちを仕掛けられた上に、宣戦布告してきたのは向こうですわ。ある程度の制裁は不可欠なのではないですか? 下手したてに出れば、調子に乗ったスイリス教(ざっそう)が粋がりますわ」


「……だよなぁ」



 それに、国内にも強硬派はいる。

 思わずため息をつき、頭を抱えた。



「まぁ、それがお兄様の指針でしたら、従わせるまでですが」


「姉さんにしては、良いことを言いますね。だって、兄さんが全部正しいんですから、当然ですよね」



 こんなときだけ気が合う長女と次女を見比べ、僕は思わず苦笑した。












 “保管魔法”を解除した結果、仕舞っておいたモノはすぐに投げ出された。

 全部で三四人。驚愕に口をだらしなく開け、淀んだ瞳を見開いているその表情は、酷く下劣だ。



「……見事すぎる手際ですな、シラウ様。魔力の痕跡もなく、急所を一突きですか」


「ウォーリザクセン卿……処分、宜しく」



 借りた血塗れのレイピアをガシャンと放り捨て、ボクはため息をついた。

 殺すためとはいえ、兄上に逆らう屑共に近付くのは、如何も不快だ。



「一応軍人として、武器は大切に扱って頂きたいものですが……。

 そしてこれは全員、エルビトア神聖軍の高級将校ですな」


「そう」



 指揮をとっていた人間の心臓を、片っ端から狙っただけだ。こういう時、軍に在籍していた時に学んだ暗殺スキルが役に立つ。


 ウォーリザクセン卿がテキパキと部下に指示を送る。ボクは、それを気だるげに見ていた。


 あぁ、兄上に会いたい。この汚れ切った身を癒して欲しい。

……いや、兄上に黙って暗殺こんなことしていたから、精神的ダメージも結構大きい。

 もぅいい加減に、兄上の御顔を見ないと、多分ボクは死ぬ。



「……じゃ……」


「――――シラウ様」



「……何?」



 五月蠅い。お前如きが、兄上のお声を聞くためにある、ボクの耳を汚すな。

 そういうのを堪えて、振り返る。



「この手段で、かの“粛清”を実行したのですかな? 前界務卿も、保安卿も……貴女様が、殺したのですかな?」


「――――それで? 用は終わり?」



 ボクはすぐに前に向き直り、吐き捨てるように言った。

 どの口が、そんなことをほざくのだろう。


 結局お前も、兄上を助けなかったくせに。あのフィレンとかいうゴミ蟲と同じだ。いや、謝罪した分、ゴミ蟲よりは幾許いくばくかマシかもしれない。

 でも、ボクは――――ボクたちは、絶対に許さない。



 そんなことを考えるよりも早く。

 ボクの脚は、自然に兄上の執務室へと向かっていた。






 次話から、また前線の話を書いていきます。


 またヒノの出番です。


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