一七日目 サムショット・ライター
遅れて申し訳ありません、お久しぶりです。就職活動の合間を縫って投稿します。
いよいよ開戦です。
淡々と歯車は動いていきます。
上から第三者視点、ヒノ視点、エルフィア視点で進んでいきます。
「……撃て!」
魔王軍将校服に身を包んだ青年が天高く剣を掲げると同時に、魔砲陣地が一斉に火を噴いた。術式が発動し、爆発、炸裂などの効果を付属された魔砲弾が次々と発射される。それはさながら、空に向かって落ちる滝のようであった。
闇夜に赤・オレンジ・白などのカラフルな光を放ちながら飛んでいく。
もしカイが直接見ていたら、「遊園地のパレードのようだ」と評していただろう。
しかしパレードと違い、その光景には明確なる殺意があった。
「砲撃飛行船が攻撃を開始しました!……人間界軍の飛行船と交戦しています!」
戦場の“魔力”にでも憑かれたのか、普段は温厚な副官が血走った目で、人間界を指す差別語を口から放った。
しかし、砲兵隊を指揮する将校はそれを諌めない。何故なら、彼もまた興奮状態にあったからだ。
彼は頷くと、断続的に響き続ける砲撃音と砂埃に負けぬために、煌びやかな将校服を硝煙で汚しながら絶叫した。
「“ウジ虫共”に偉大なる魔界王立軍の力を見せつけてやれ! 二度と、二度とこんなバカげたことが起こらぬように……徹底的にだ!!」
その声に、周囲の将校や将兵たちが返事という名の咆哮を返した。
もし何の関係もない第三者が冷静な視点から見れば、彼ら兵士たちは明らかに狂っていたと評していただろう。しかし、戦場ではそれが普通だった。
普通でなければ、やっていけない世界だった。
「あー、やってるやってる」
私がそこに到着したのと、海竜程のサイズがある飛行船が墜落したのはほぼ同時だった。
タイミングが良いというか、悪いというか。
やっぱり、高い空と言うのは絶好の観察場所だ。
特に、こんな下らない三文芝居を眺めるにはまさにうってつけだろう。
「ヒノ様、どうしますか?」
「うーん、どうしようか」
これで、何度目だろう。いい加減にウンザリしてきた。
いや、最初からウンザリしていた。幾らおにーちゃんからの命令とはいえ、態々好き好んでおにーちゃんから離れて、こんな北の大陸になんてこない。
確かに私は魔鳥種の中でも最速のフェーニクスだけど、流石に大洋を超えてゼイクードハイヒ大陸からネメア大陸まで行くまでは、片道で一〇分はかかる。転移魔法を使えば手っ取り早いのだけど、戦場のど真ん中に転移しかねないので禁止にされた。
言うまでもなく、おにーちゃんからの命令以外なんて受け付けない私だけど、つまりおにーちゃんからの命令だったら従うというわけで。その結果がコレだ。
「一気に終わらせてもいいんだけど……ハッスルしてるねぇ」
仮にもすぐ近くに姫君がいるというのに、魔王軍は殆ど気付かない。一応現地の司令部に連絡入っているはずだけど、多分伝わりきれてないのだろう。
正直血走った目の連中が砲撃を敵陣地に撃ちまくっているこの光景は、ちょっと品がないというか、まぁ正直、引く。
いきなり人間界から銃弾が飛び込んできたんだから、無理もないけどね。
界境線での突発的衝突、今月で何度目だろう。
おにーちゃん曰く界境線を越えての進軍は許可していないけど、越えないでの砲撃や侵入してきた敵の撃滅は許可しているそうだ。
理由は先に越境すれば、喩え向こうが先に攻撃してきたとしても、悪になってしまうから。
人間界の言い分なんて知ったことじゃあないし、おにーちゃんを悪呼ばわりするなら皮膚の一片も残さず燃やし尽すだけだけど、それでもおにーちゃんは(何故か知らないけど)大義名分に拘る。
勿論、私たちに異論はないけどね。魔王軍の統帥権は非常時を除いておにーちゃんが握っているし、どっちみち、おにーちゃんに逆らうような連中、魔王軍兵士だろうが何だろうが生かしておけない。
「でもまぁ、意外と冷静みたいだね」
私は翼をはばたかせながら、ポツリと呟いた。
うん、あれくらいの狂気なら問題ない。ちょっと予想外の刺激を受けると、容易く消滅する程度の狂気だ。だったら、いざとなれば近くに火焔弾でも撃ちこめば問題ないと思う。
「小規模な国境紛争……戦争にカテゴライズできませんが、戦争であることに変わりはありません。
あ! こっちの陣地に着弾しました!」
横を飛んでいる“歌海鳥”の女が、吃驚したような表情で呟いた。
彼女は私専属の護衛隊のトップだ。
正直、足手まといにしかならないんだけど、おにーちゃんが連れて行けというから連れてきた。
まぁ、護衛無しで姫が戦場観戦がマズイことだということくらいは、私だってわかる。
気持ちで納得していない。唯それだけ。
国と言うものは不思議で、こんな事態にも関わらず、魔界も人間界諸国も宣戦布告をしていない。飛行船などの航空戦力を除いて越境もしていない。
まったく、おにーちゃんを煩わせることが最大の罪なのだから、それを理由に宣戦布告してしまえばいいのに。
というか、これまでの戦史においてキチンとした宣戦布告で始まった戦争なんて、そうそうない。
そこまで考えた時、また轟音が響いて飛行船が墜落してきた。
今度は魔王軍の砲撃飛行船だ。
「「……あ」」
思わず、横を飛んでいるセイレーンのデボラとハモった。
うわ、物凄く不快。
いたるところに魔砲をくくりつけた不格好な空飛ぶ船は、風に吹き飛ばされた木の実のようにくるくると回転し、こっちに落ちてくる。
バラバラと音を立て、そこから何かが分離しては白い花を咲かせた。
脱出用のパラシュートだ。確かあれには五〇人くらいが乗り込んでいるはず。でも、開いたパラシュートの数はそれよりもずっと少ない。
「……あ~あ。おにーちゃんが悲しむじゃない、役立たず」
私はため息をついて、手をかざして炎のシールドを展開する。あんなものが地上にぶつかれば破片が飛び散り、どんな被害が出るかわかったモノじゃあない。
……あぁ、面倒だなぁ。
「ヒノ様」
「? どうしたの、デボラ」
「アレ、空中砲艦戦隊の旗艦ですよ」
「……はぁ?」
ピキリ、と空耳が聞こえた気がした。多分、私の頭に怒りが充満した音に違いないと思う。
じゃなかったら、どうして私は血が出るほど、唇を噛んでいるんだろうね。
「……訂正。超! 役立たず!!」
思わず叫ぶ。超叫ぶ。
まったく、どうしておにーちゃん以外の存在はみんなみーんな使えないんだ。まるで、全世界が私たちの足を引っ張っているみたいだ。
そんなにおにーちゃんのカッコよさに嫉妬しているのか。熱した鉄棒で串刺しにしてやるぞコラ。
そんな言葉が放たれるのを自粛した自分の口を褒めつつ。
私はいつも通りのワンピース姿で、墜落してきた鉄塊をバックに佇んでいた。
多分そろそろ、終わる気がしたから。
「……宣戦布告、ですか」
「はい」
いきなり入室してきたリュミネからあげられてきた報告に、私はベッドから起き上がりました。
……あぁ、聞くに堪えない雑音が頭に響きます。
「どこが、ですか?」
「――――帝政エルビトア、フィデナルスク公国の二カ国です」
「たった二カ国? “大陸三強国”の内の、ですか?」
「はい。ですがエルビトアはネメア大陸人間界領の五割を有する大国です」
「わかっていますよ、それくらい」
どんなに躾けてもイチイチ癇に障ることをのたまう部下を睨みつつ、私はベッドから這い出た。
まったく、何時入ってくるかわからないせいで、碌にラフな格好もできません。兄さん以外に素肌を晒すなど御免ですから。
「“双神教”を信仰している王国連合は、スイリス教のエルビトアと公国と不仲ですからね。ヤシマとは言うまでもありません」
「……それで、魔王陛下は?」
真っ先に報告すべき存在を無視する部下に、私はいい加減に殺意を抑えきれなくなってきました。
本当に、煩わしい。
「は。陛下は現在参謀司令部にて会議を開いています。なお、向こうからの宣戦布告ですので議会は満場一致で開戦を決議。魔界王立政府は国家緊急事態令と同時に戦時への移行を宣言しました。
そろそろ、映像通信魔石を通じて魔界中に陛下の演説が流れる事でしょう」
「そうですか」
本当に知りたかったのは、兄さんの精神状態だったのですが……そんなことを、一介の兵士風情が知るはずもありませんね。
可哀想な兄さん。くだらない雑魚共のせいで、さらに御心痛が酷くなるなんて……。
あぁ、兄さんに全力で抱き付いてあげたい。
あぁ、兄さんの不安を取り除いてあげたい。
あぁ、兄さんの敵を縊り殺してしまいたい……。
「……参謀司令部の作戦計画が完成したら、直ぐに取り寄せなさい。あと、どうせフラフラしているであろうシラウとヒノを呼び出しなさい。
どうせヒノは戦場で観戦していて、シラウは敵司令官の首でも取っているでしょう。あと、愚姉にも連絡を」
「……はっ」
どうでもいい注釈。
エルフィアさんは低血圧で、寝起き最悪です。
御意見御感想宜しくお願いします。




