一六日目 ホットスポットになりかけて
いざという時に備えての、いろいろと準備編。
準備は大切です。
次話から、物語が動き出す予定です。
あと、後半に第三者視点が入っています。
魔物と一線を画す存在として、真っ先にあげられるのが“魔獣”だ。読んで字の如く、魔力を持つ獣を差す。魔物と違い、話す事が出来ず、人間でも魔物でも襲いかかるモノもいる。
その魔獣の中で、頂点と言われ、時には信仰の対象にすらなる存在が龍。特に、“飛龍”だ。
しかし、飛龍の中でも、とりわけ人畜無害――――というわけではないけど、操りやすい飛龍がいる。
今、僕の目の前にいるローザ種は、その中でも最も代表的な飛龍だ。
姿は、要するに「西洋風のドラゴン」といった感じだ。体長は五メートル前後。巨大な翼を一対もっていて、短い腕と足、先端が三又になっている尻尾がある。
「桃色」の名が示す通り、ローザ種は薄いピンク、どちらかというと桜色に近い色をしている。瞳は金色。
彼らは飛龍の中では比較的小型かつ温厚。頭もよく、小さな頃から育てれば、犬や猫以上に懐く。
オマケにタフで繁殖力も高い。しっかりと世話をしてやれば、二〇〇年は生きる。小型のため、世話自体も容易だ。コストもあまりかからない。勿論、飛龍種の中ではの話だけど。
欠点はスピード不足、魔力不足、パワー不足、つまり飛龍の中ではかなり弱い部類に入るというところだけど、それも「飛龍の中では」という話で、魔獣全体からみれば決して弱い存在ではない。
勿論、軍の飛龍騎士は、より戦闘力が高く、凶暴な飛龍を従えている場合もあるが……とどのつまり、戦闘参加を考慮しなければ、此のローザ種で十分なのだ。
何が言いたいのかというと、こう言った輸送任務では、下手な輸送機を駆り出すよりも余程確実だ、というわけ。
「よっし、あげろー!」
巨大な鉄の箱、要するにコンテナを太いロープでつなぎ、そのロープを飛龍の身体にくくりつけている。
地上にいる兵士が大声で指示、同時に信号弾を打ち上げた。
それを合図に、龍達は一斉に上昇。巨大なコンテナはゆっくりと上がっていく。
「運べ!」
遥か上空に、巨大な輸送用飛行船が待機している。魔物が二〇〇〇人は入れそうな、まさに超巨大な空の要塞だ。いや、ほぼ非武装に近いのだから、要塞と言うよりかは“補給基地”と言った方が良いだろう。
その姿は超巨大な飛行船、というよりは、無数の飛行船がくっついているようにも見える。しかし、そのデザインは洗練されていて、不気味さや醜悪さは感じられない。
少なくとも、昔資料で見た地球の飛行船『グラーフ・ツェッペリン(ツェッペリン伯爵)号』などとは 比較にならないほど大きい。
知らぬ者が聞けば飛びあがる程の量の物資を運ぶため、殆ど非武装で、詰め込めるだけのキャパシティを全て輸送のために振り分けている。
てっぺんには、レーダー・アンテナがくるくると回転していた。
あまりに巨大ゆえに、あの飛行船は地上に降ろせない。よって空中に係留し、飛龍輸送部隊を投入して、物資を運んでいるのだ。メンテナンスも空中で行われる。
そして飛行船は大量の物資を満載して空を泳ぎ、然るべき場所に、然るべき資材や物資を下ろす。
「アレが、我が軍の最新鋭兵器……超大型輸送飛行船であります。因みにあれは一番船『ガイスト号』であります」
飛行船基地司令の声に、僕は小さく微笑んだ。
「“幽霊”? アレが?」
「敵からすれば、幽霊であってほしい存在です」
おどけた様に笑う基地司令に、僕は思わず噴き出しそうになった。
何とも、存在感抜群の幽霊もいたものだ。
「兎に角、急いでほしい」
「陛下は御懸命にも、直ぐに“高度警戒令”を発令なされました。
軍隊という組織は命令がなければ動けませんが、命令さえあれば行動できます」
頼もしい基地司令の返答に、僕は思わず頭を下げそうになった。
高度警戒令は、アメリカ軍で言うところのDefcon(防衛準備体制)3を意味している。
平時の時と違い、此れが発令されると殆ど“戦争準備”となる。最前線の基地には物資を満載した輸送団が出発し、艦隊や航空隊は出撃準備を整える。さらに軍で使用されている無線や通信が、機密コードに切り替わる。つまり、絶えず暗号が使用されることになる。
もっとも、魔王軍全体に発令されているわけではなく、最前線の部隊を除き、発令されているのは『ガイスト号』を含む輸送部隊・輜重部隊くらいだ。
ちなみにアメリカではデフコンは5から1まであり、1が最高となっている。そして今まで(公式では)、デフコン2以上が発令されたことがあるのはキューバ危機の時だけで、同時多発テロの時ですらデフコン3だった。
もっとも僕自身、此れが徒労に終わることを祈っている。
さらに、此の行動自体が人間界を刺激し、新たな戦争となる可能性も無視できない。そう考えると、得策じゃあないかもしれない。
しかし向こうから仕掛けてきた以上、ある程度の備えは必要だ。そして、此の行動には無言の圧力がかかっている。
つまり、「次やったらタダじゃおかねェぞ」という、ヤクザまがいの露骨な警告、いや、脅迫だ。
基地司令の言う通り、軍隊は命令がなければ動けない。
そして命令が出ていれば、彼らは安心して行動できる。自分達がやっていることは、少なくとも命令違反でも反逆でもないとわかるからだ。
さらに高度警戒令が出た以上、上は戦争を覚悟したということの意志表示にもなるから、前線の兵は安心して任務に付ける。何時攻撃を受けるかわからない前線で、任務につく軍人たち。
そんな彼らにとっては、「安全地帯にいる連中はしっかり“現状”を分かっている」ということが分かるだけでも、ホッとするものだ。
彼らにとっては、「何時戦場になるかわからない界境線の向こうにいる連中が戦争する気満々なのに、上は戦争の準備を整えていないし、整えようともしていない」など、まさに悪夢。兵士にとって、最大の 恐怖は戦死することじゃあない。自分の死が無意味になることなのだ。
偉そうなことを言える身分じゃあないけれど、確か前に読んだ戦争心理学の本で、そんなことが書いてあったことを思い出す。
こんな、戦争を指揮する立場に就職すると分かっていたなら、もっと勉強したのに、と苦笑する。
勿論、此の世界に来てからも、無駄に勉強しているけども。
主が抜けた魔王城の一室にて、アルム達四人の姫が集まっていた。
「…………お兄様に怒られてしまいましたが、それでも、効果はあったみたいですね」
「兄さんが望むのは平和ですからね。殺せ、と言われたら殺せばよいのですが、平和を創るのは……苦労します」
「……でも、それが兄上の望みなら……」
「うん、頑張るしかないね!」
四人は互いを見つめながら、頷き合った。
彼女たちにとって、忠誠を誓うべき存在は兄だけだ。
兄に全てを捧げる。その準備は、着々と整いつつある。
以前の魔界とは違う。魔王カイに逆らわない、素晴らしい魔界だ。昔の“粛清”以降、反カイ派の動きは目に見えて鈍くなった。ゴキブリのように涌き出る連中の完全駆除は難しいが、もう一息だ。
「……子供のころから…………周囲の私達を見る目に、気付いていました。真の後継者。お兄様より私達の方が、魔王を継ぐに相応しい。そんなことを考える痴呆共の多いこと多いこと……」
アルムの呟いた一言に、四人は一斉にため息をついた。
彼女からすれば、魔王に真に相応しい存在など、カイ以外にあり得ない。彼女達は知っている。カイが 先代が戦争で荒廃させた魔界の立て直しのために、必死に勉強し、策を実施していたことを。その御蔭で大勢の人々がカイに感謝し、カイは、それに涙を流して喜んでいたことを。
確かに自分たちは、カイとは比較にならない程魔力が高い。しかし、それがなんだというのだろう。
所詮は個体差だ。そんなものの優劣差で、王の器は量れない。
王にとって重要なものは、何よりも、魔界のために尽くそうとする心だ。
四人の姫にはそれがない。頭が良く、早熟すぎた故に、四人にとって戦の事ばかり考えていた父や魔界など、無駄な馬鹿騒ぎに精を出す莫迦共にしか見えなかった。そんな魔界など、彼女達はとっくに見限っている。
別に、魔界などどうなろうともいいのだ。大好きな兄さえ傍にいれば。
幼い頃から、化け物じみた力を持っていてもなお、傍にいてくれた兄。
妹より劣る兄という劣等感を抱えていても、優しく接してくれた兄。
そんな兄にコンプレックスを与えてしまっている己らを恥じつつも、彼女達はこうして生きてきた。今までもこれからも、兄にその全てを捧げ尽くすために。
……そんなカイの努力も知らず、唯自分たちに言い寄ってくる反カイ派の連中は、四人にとっては憎悪の的だ。
「折角大部分を排除できたというのに…………。今度は人間界かぁ………」
トラブルは尽きない。
そんな言葉を込めてため息をついたヒノを見て、残る三人は顔を見合わせた。
「…………でも、やっぱり実力行使は些か早計」
「いの一番に賛成したのは貴女ではありませんか。兄さんには怒られてしまいましたけど、やはりある程度の処理は必要です。
……兄さんのためなら、喩え兄さんに嫌われても……受け入れます」
「……そうです……ね」
こうして、四姉妹たちもまた、ホットスポットになりつつある界境線へと想いを馳せていった。
戦おうと思ってもすぐに戦えないのが、軍隊という組織です。
戦争も、見方を変えれば大規模な国家的プロジェクト。手間も金も何もかもかかります。
御意見御感想宜しくお願いします。




