一五日目 会議は踊る、されど…… 後編
お久しぶりです。
二回ほど大幅に書き直しました。そのせいで、当初の予定と大分違っていたり。
御蔭で前編、後編にわけた意味があまりなくなった……やってしまった。
最後に、シュナーベルとクレベールの二人を出しています。此の二人、存外に書きやすいです。
「……どういうことだ?」
突然の報告に、会議が一時中止となり、僕は私室で妹四人を見つめていた。
それに、アラムは恐る恐る、と言ったように応じる。
「……隠しきれないのは、分かっております。計画したのは私、作戦を立てたのはエルフィア、実行したのはシラウです。ヒノはいざという時に備え、監視をしてもらっていました」
些か口調と視線がきつすぎたのか、妹たちは縮こまり、小さくなりながら震えている。
「……やはり、か」
ふぅ、とため息を吐いた。
「先日、私の植物回線が、人間界六カ国で行われた会議を探知しました。ちょうど、界境線で事件があった日辺りです。そして――――」
「……あぁ、もういい」
説明するアルムを手で制すると、彼女は顔を青ざめさせ、此の世の終わりだといわんばかりに表情を絶望で染めた。
他の三人も、其々項垂れ、小刻みに震えている。
「君たちは、独断で行動した。他国の高官の暗殺という、下手をすれば戦争の火種になりかねないことを。……僕に言わずに」
「…………」
「確かに、先に仕掛けたのは向こうだ。が、やられたらやり返すという単純な理論は、外交では時に不幸を呼ぶ」
戦争は、子供の喧嘩ではないし、「先にやった方が悪い」という理論も通用しない。西部劇時代のアメリカじゃああるまいし。いや、通用する時もあるが、其れは時と場合による。大体、向こうが自分たちが先にやったことを秘匿し、「魔界の挑発行為だ」と言い切られてしまえば、少なくとも其れはある種の“事実”となる。範囲も純度も問題にはならない。“事実”になることが重要だ。
本当はどちらかが悪だったのかなど、一〇〇年後の歴史家が判断する話で、しかも、其れもその歴史家の国籍や思想によって大きく変えられるだろう。歴史は曲解され、意図的に捻じ曲げられるものだ。
日本人は、そういう考えに敏感だ。インターネットで様々な歴史観が氾濫し、相反する歴史的事実が書かれている本が書店に立ち並び、近隣諸国と歴史問題で揉めている祖国を、冷めた目で見ている日本人は。
「アルム、エルフィア、シラウ、ヒノ」
「「「「はっ」」」」
軍の新兵かと思う程の息の合いようで、四人は一斉に頭を垂れた。
「君たちが、僕をとても大切に思ってくれているのは分かる。其れはとても嬉しく、幸せなことだ。
魔王として、諸君ら以上に信頼している部下はいない。
……が」
声を低くし、頭を垂れたままの四人を順々に睨みつけ、見下ろす。
「王の許可なく、そのような行為は許されない」
「――――」
四人は、無言でピクリとも動かない。オブジェとして見られても、違和感がない程に。
誰も、反論も弁明も釈明も謝罪も懺悔もしない。彼女たちは、其れをすることを許可されていないのだから。
「……次からは注意するように」
「「「「申し訳ありません!!!」」」」
小声だが、強い意志の籠った返答に、僕は漸く微笑むことができた。
「……シラウ」
「はい」
シラウは顔をあげた。いつもながらの無表情だけど、その瞳は真冬の湖底のように暗い。……こっちが引く程反省しているのが分かる。
「……どうやって、殺したんだ?」
「“転移魔法”で転移した後、“調和魔法”で空気・城壁と調和……そして“潜影魔法”で標的の影に入り、私室に入ったところを後ろから心臓を刺しました」
淡々と事実のみを述べるシラウ。いつも以上に畏まり、しっかりと敬語を話すシラウというのも結構妙だ。
その口から、魔法の中でも普通は事前準備と術式構築に膨大な時間と少なくない人員がかかるような高度な魔法の名がポンポンと飛び出しているのは意図的にスルーしつつ、僕は聞いた。
「敬語はいい。刺したというが、何でだ?」
「レイピア。人間界の軍の武器庫から拝借してきた」
「色は?」
「金色」
「それは……」
「兄上の想像通り。帝政エルビトアの宗教庁衛兵団の装備」
言いきったシラウに、僕はため息をつきたくなった。
宗教庁衛兵団。エルビトアの神聖軍(国軍)とは別に、宗教庁に直属している私設軍のようなものだ。但し、別に特殊部隊とかではなく、儀仗隊としての趣が強く、大聖堂の警備や教皇(エルビトア皇帝)の警護などを行っている。
そんな彼らの装備で、宗教庁高官を暗殺するとは、シラウなりの憂さ晴らしなのだろうか。
しかも、どうやら確信犯のようだ。
「あと、“消魔魔法”で痕跡は消しておいた。レイピアはそこらへんに転がしておいた。無論、魔界に繋がるモノは一切残していない」
いつも通りの口調で報告を終えたシラウははっきりと断言し、残りの三人も首肯する。恐らく、全員一回は確認し、念入りに確かめたに違いない。良い意味でも悪い意味でも、此の四姉妹は互いを信用していないから。
僕は思わず、彼女の暗殺劇を想像し震えた。
自分しかいない安全なはずの自室の中。いつの間にか自分の影の中から漆黒の長髪の長身美女が這い出し、無表情のまま自分の心臓を刺す。
どこぞのホラーだ。
「……兄上?」
「あ、い、いや、何でもない」
まさか目の前にいる妹が暗殺に従事しているシーンを想像して震えたなんて言えるわけもなく、僕は死刑判決を受けた罪人のような声色のシラウをごまかすために、ひきつったような笑みを浮かべた。
そして、妹たち四人の元に歩いていき、彼女たちの頭を順々に撫でていく。
「あ――――」
「に、兄さぁん……」
「……♪」
「はふぅ……」
恍惚とした笑みを浮かべる妹たちを見て、若干複雑な気持ちになりながら、僕は妹たちに微笑みかけた。
「さっ、仕事しようか!」
「「「「はっ!」」」」
四人が一斉に臣下の礼を取り、神を崇めるように深く頭を下げた。……うん、凄く複雑だ。
「…………やっぱり、あの方たちがやられたのですかねぇ……」
あらゆる会議室以上に防諜対策が施されている魔王の私室。つまり、カイの部屋。其処でカイと姫君四人が入った後、部屋の前で待機を命じられた二人、シュナーベルとクレベールは、普段其処を警備している王室護衛隊員に代わり、ドアを挟んで対をなすように立っていた。流石は軍人と言うべきか、芯が入っているかのような直立不動である。
「……恐らくは」
ひどく長身のシュナーベルと、小柄なクレベールのコンビはある意味様になっている。見てくれとしては、であるが。
クレベールは頭を右脇で抱えているので、さらに小柄に見えた。
「そういった調査は、貴女のところに得意な奴がいなかった?」
「はえ? あ、ヘルツェルですかぁ? まぁ、そうですけどぉ……あのコは、陛下大好きの変態ですからねえ……」
「……貴女、ヒトの事、言えない」
「貴女は、ヒトの事、言えます?」
二人は互いを見つめ、ピクピクとこめかみを動かした。
「……よそう」
フッと息を吐き、クレベールが目を伏せた。
「こんなところで陛下の話などしていたら……それも、此れ関係のことを話している、と知られれば……私たちの、身が危ない」
「……そうですねぇ」
隊長らしからぬ程ビクビクし、兎の耳をヒョコヒョコ動かしたシュナーベルは、気配を感じていないことにホッとした。彼女は純粋な戦闘能力もさることながら、気配探知や遠距離観察などの補助型の魔法に手慣れている。寧ろ、プロだといって良い。少なくとも、気配探知や盗聴探知などにかけては王室護衛隊随一とも言える。
魔王軍のエリート部隊である王室護衛隊随一ということは、魔王軍全体からみても優秀ということを意味している。というより、そうでもなければ魔王専属の隊を任されたりしないだろう。
シュナーベルは額の汗を拭い、はぁ、と床に向けて息を吐いた。
「……それにしてもぉ、やはり、陛下って素敵な御方ですよねぇ……」
両頬に手を添え、濡れた瞳を妖しく輝かせるシュナーベル。其れに同意するように、クレベールはうっすらと頬を朱に染めた。
「俗物どもが集る議会でも色褪せぬ神々しさ……陛下、素晴らしいですぅ」
「同意。何度もため息をつきそうになった」
さり気無く盗聴防止の結界を展開しながら、彼女たちのガールズ・トークは先程の議会に移って行った。
方や、煌びやかな詰襟軍服を着込み、長刀を二本背負ったウサミミ付き長身女性。
方や、磨き抜かれた鎧を着込み、長い槍を持ってついでに自分の頭も抱え込んでいるデュラハーン。
そんな二人が、頬を染めてしみじみと、忠誠を誓い、さらに個人的な愛情も捧げている魔界の主を肴にガールズ・トークをしている。
何ともシュールな光景である。栄光ある王室護衛隊にあこがれている子供が見れば、卒倒するかもしれない。
ひとしきり、魔王への賛辞を述べた後、二人の話題は此の度の事件について、の話題に移っていった。もっとも、二人とも事件解決に関わる人間でもないので、要するに好き勝手に言うだけだが。
此れがいつも通りの業務中なら、仕事中に無責任な発言は控えるべきだと叱責されるだろう。しかし、今は二人とも、カイの休憩が終わるまで「待機せよ」との命令しか受けていない。
王室護衛隊において、「待機命令」は要するに、「休憩しろ」ということだ。持ち場を離れず、ある程度警戒を怠らなければ、小声での雑談くらいは許容される。
「でも、エルビトアの連中、此れを警告と受け取るか、宣戦布告と受け取るかぁ……」
「厄介ね」
「殺せば楽なのにぃ」
「殺せば楽なのにね」
「議会の連中は、本当に悠長。もう戦争は始まっている――――」
「――――んですかねぇ、やっぱり」
戦場とは無縁と言ってもよい王室護衛隊でも、此の緊迫感である。最前線の兵士がどんな心境かは、察して余りあるものがある。
幾らあまり接点がないとはいえ、王室護衛隊も魔王軍の一組織である。そして、議会のせいで現場が泣く羽目になるのは、王室護衛隊にとっても他人事で済まない。
彼女たちも軍人であり、安全地帯にいる議会のせいで身動きが取れなくなる状態で戦場に放り込まれるなど、悪夢以外の何物でもないことを理解していた。
「……いよいよ、戦争ですかぁ」
「或いは、とっくに戦争かも」
二人はため息をついた。
もっとも、其れは陽炎のようにあっさりと消えてしまう平和を、憂う気持ちから出たものではない。
――――魔王陛下に逆らう不届き者が、此の世にいること。
そのことが、此の二人には信じられないのだ。
シュナーベルはふと、腕時計に視線を落とした。なけなしの給料で買った、かなりの高級時計である。
そして、真剣な表情に戻って呟いた。
「……そろそろ、再開時刻ですねぇ」
「ええ」
クレベールはドアの向こうにいるであろう王室のお歴々の事を想い、気を引き締めるように少し息を吐いた。
「……私たちが判断するようなことでは……ないですけどぉ……」
「……何?」
「多分、また暫くは、外交合戦か様子見でしょうねぇ」
「……そう、ね。陛下は争いを望まないわ」
「……其れに付け込む気、ですかねぇ?」
「そうだとしたら……相当の莫迦ね」
クレベールがそう言った直後、ドアが開き、カイを先頭に王家の五人が出てきた。
直ぐに脇に立ち、敬礼をする二人。
カイが目で「ついて来い」と挨拶し、二人の王室護衛隊隊長クラスは其れに従った。
二人の今日一日の職務は、まだ終わりそうになかった。
シュナーベルとクレベール。
此の二人は始めは、カイを巡って喧嘩をしている王室護衛隊コンビという設定だったのですが、修羅場は妹たち四人組内で思いっきり書けばいいかなー、と思って、少しだけ険悪、という感じにしました。
そのせいもあり、二人揃ってプロットと大幅な性格改編が。当初は シュナーベルは腹黒、クレベールは毒舌の予定でした。
……今思うと、魔王を護る部隊のメンツなのに性格酷すぎでした(笑)。
御意見御感想宜しくお願いします。




