一一日目 南の島の海色事情
今回からセレイド島編です。
此れが終われば、再び魔王城に舞台を移す予定です。
あの後、取り敢えず予定通り、ネメア大陸を離れ、其の儘南下していった。
幾つかの離島を経由し、最終的には赤道を越え、“魔海嘯”の結果新しく魔界領に編入された島、セレイド島に向かう。
波一つないラグーンの一つに飛行艇が着水し、照りつけてくる太陽の日差しに少し顔を顰めながら、僕らは相変わらず同行しているファドゥーツ卿率いる王室護衛隊に先導され、自然が多く残っている――――つまりは未整備の――――路へ向かって行った。
「暑いですね……」
「あぁ」
全員揃って日傘を差している妹四人に微笑みかけながら、僕は額から垂れてきた汗を拭った。
冷房魔法はかかっているが、それでも少し熱いし、冷房のかけすぎが身体に悪いのは、魔法でもエアコンでも同じだ。
セレイド島は、島とは言ってもそこそこ大きい島だ。多分、僕がいた世界で言うところの沖縄くらいの面積だと思う。
“魔海嘯”の際、防衛していたとある国の精強な軍隊によって要塞化され、魔王軍に無視できない損害を与えつつも、最後には魔界旗が翻った島。
周囲を見渡しても、此の島が人間界領だった時の名残が見える。弾痕だらけの壁や、砲撃が直撃して崩落した壁の一部が、そのまま残っていた。
海の方に視線を移すと、沖合に数隻の艦船が見えた。そのシルエットは、素人が見ても民間船ではないと分かるものが多い。中央辺りに、一際大きいのっぺりとしたシルエットの艦が見える。多分、飛行艇母艦か水上機母艦だろう。其れを労わるように、駆逐艦や巡洋艦と思しき艦艇が周囲を囲んでいた。
「あれは?」
「現在、セレイド島を根拠地としている、第九艦隊であります」
案内役の少尉に尋ねると、彼は潮焼けした顔に微笑を浮かべて、中性的な声で答えた。
その身体は青白く透明で、コポコポと気泡が見える。
“不定種”、簡単に言うと、人型のスライムだ。
戦闘服に加え、背中に小さなタンクを背負っている。“不定種”は、身体の大部分が水分なので、常に真水の補給がないと体調を崩してしまうそうだ。
左目を黒の眼帯で隠している彼は、水色の長髪を揺らしながら先導している。
「占領以降、我が軍は此の島の要塞化と自立化を推し進めました。最新の海水濾過装置を多数設置し、穀物その他の栽培も順調に進んでおります。
足りない物資は、船舶輸送及び空路によって迅速に届きます。そのための港や飛行艇基地の整備も、魔王陛下が迅速に送り込んで頂いた設営隊により迅速に整備されました」
「それは喜ばしいことだ」
微笑を浮かべると、少尉はますます顔を笑みで輝かせた。人懐っこい笑みで、万人受けしそうだ。
それを見て、妹たちが不機嫌になるのを心中で苦笑しながら、僕は周囲を見渡した。
港には多くの船舶が停泊し、活気があることが素人にもわかる。
「ロライヒ少尉。確かこの島は、ミドウィナ国と界境を接しているはずだな」
そう聞くと、ロライヒ少尉はその童顔を傾げて此方を見つめてきた。所作がイチイチ女性的というか、中性的だ。天然なのかどうなのかは知らないけど。
「その通りですが、かの国は永世中立国で、魔界王立政府も承認していると聞いておりますが?」
永世中立国となる場合、宣言をするだけでは意味がなく、関係諸国に通達して同意を得ることが必要だ。この“関係諸国”と言うのは大抵の場合、“周辺諸国”と同義語となる。
そして、ミドウィナ国と界境を接する魔界も(正確には最近接するようになった)、当然関係諸国に含まれていた。
ミドウィナ国は、魔界とヤシマ群島帝国に挟まれた位置にある島嶼国家で、ヤシマ以上に人間界と魔界の争いに興味を持っていない。長年の隣国たるヤシマ以外とは碌に国交も結ばず、かなり閉鎖的な国だ。
そして、永世中立宣言はあらゆる他の国家間戦争に不参加を宣言するのみならず、自ら戦争を始めないことを宣言する、という二重の意味がある。
でも、“自ら戦争を始めない”と“戦争を行わない”はイコールじゃあない。自衛戦争などは、当然可能となる。
つまり、魔王軍がミドウィナ国が攻め込まない限り、両国が戦争状態になることはあり得ない、というわけだ。少なくとも、かの国が永世中立宣言を遵守している限りは。
しかしそれでも、此の島は魔界にとって海路の安全や周辺海域の哨戒、さらには漁船の警護などに欠かせない、重要な拠点となりつつある。
少なくない予算を泣く泣く投入して、島の要塞化を推し進めている理由は其処にあった。
それに、いざとなれば、ヤシマ艦隊が一挙に押し寄せてくる可能性もあるからだ。
そして、もう一つ、大きな理由があった。
「かの国は心配ないが……連中が心配なんだ」
ため息が出るのを堪えて呟くと、ロライヒ少尉は童顔を歪めた。
「海賊ですか」
海賊。それが、此の南の島に大部隊を投入している理由の一つだ。
“海賊”といっても、街や漁船、輸送船や貿易船・貨物船を襲うようなことは滅多にしない。
では、何をしているのかというと、“海獣狩り”だ。
僕がいた世界と違い、此の世界には、鯨より巨大な海獣などゴロゴロいて、そんな連中が、海路をたびたび脅かしている。
海洋貿易国たるヤシマ群島帝国が大艦隊を腐心して揃えている理由も、実は其れが主な理由だったりする。
そして、最前線でもないのに、魔界の船団に戦闘艦の護衛が付いているのも。
海賊は、そんな海獣に勝負を挑み、彼らの肉や身体(牙とか鱗とか)を周辺の国々に流通させては、利益を得ている。
それだけならまだいいのだけれど、困ったことに、此の連中は魔王軍の海獣掃討隊と度々衝突したり、漁師の仕事中に割り込んで暴れ回ったりしているのがいけないわけで。
しかもなかには、本当に街に攻めて略奪の限りを尽くすような輩もいるわけで、本当に困った連中だ。
最悪なのは、中には海獣を退治したという理由で、人間界諸国から資金援助や身元保証をされているケースもあるということ。そう言った連中は、町を襲うような自分たちの立場が不利になるようなことはせず、唯海獣をハントして去っていく――――――そして、度々魔界領に入り込むんだ。
とはいえ、此の世界は僕がいた世界ほど、明確に領海が引かれているわけじゃないし、各国によって測量の基準単位もバラバラだ。当然、魔界、人間界両方に通じる明確な指針も何もない。
ちなみに、魔物の“水魔種”と海獣は全然違う生き物だ。最大の違いは、知性の高度さ。“水魔種”と違い、海獣は喋ることもできず、コミュニケーションをとることも難しい。
中には、前の世界で言うイルカのようにヒトに懐き、場合によっては力仕事などをさせられる――――“水魔種”の中には、海獣の使役を得意とする者も珍しくない――――こともあるけど、大抵の海獣は本能のままに船を襲う。
それでも、そんな海獣たちの肉や身体は、魔物にとっても人間にとっても、大切な資源だった。
僕は、妹たちに悟られぬように海賊の対処法を考えていた。妹たちが知れば、三分後には世界から海賊という職業は消えているだろうから。
……やっぱり、無理はさせたくないし。
……………………それに、海賊たちに手を焼いていた魔王軍の兵士たちも、“役立たず”として妹たちの標的になりかねない。彼女達がそんな過激な行動をとりかけ、そして実際にやった光景は、過去に何度も見てきた。
……それでも、何処までもハイ・スペックな妹たちは、其れにより僕や妹たちが不利になることや、周囲から糾弾されるような事態を一切起こさなかったし、そうさせなかった。
それでいて、何時も僕の傍にいて、サポートしてくれている。
……これじゃあ、怒りようもない。
一体、妹たちは何が目的なんだろう?
アルム、エルフィア、シラウ、ヒノの四人は、一体何処を見ているんだろう?
ふとそんな疑問が浮かび、僕は其れを振り払うように、さんさんと照りつける太陽を見上げた。
次回は、アルム視点で書いていく予定です。
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