一〇日目 極寒の界境線と交渉
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第三者視点でちょくちょく補足を入れる……そんなスタンスになるのでしょうか。
前半は第三者視点、後半はカイ視点でお送りします。
「……おいおいおい、こりゃあマジかよ」
“串刺し森”の手前――――人間界から見て――――に多数構築されているコンクリート製のトーチカで、相棒の重機関銃を磨きながら、一人の魔王軍兵士がその光景を見やっていた。
遠すぎて見えないが、天を焦がす程に立ち昇った紅蓮の炎が、まるで荒れ狂う大蛇の如くとぐろを巻いている。
素人目から見ても、戦略兵器クラスの大魔法であると想像がついた。もっとも、その想像は間違っているのだが。
「ヒノ様だな……」
「アルム様も、攻撃を行われたそうだ」
通常、魔王軍の基準では一つのトーチカ――――つまり小型防御陣地――――には、最大で六人程度の兵士が常駐している。
それは、大人の背丈以上はある巨大な重機関銃や砲の運用・整備ための人員でもあったが、他にも通信員や非常事態に備えての近接戦闘員も含めているからだ。
トーチカは一つではなく、多数のトーチカと連携し、強固な防御陣地を形成するのが常識である。
そのためには、他のトーチカは勿論、彼ら前線の兵を指揮する司令部との連絡網が不可欠だった。
情報が遮断されれば、各個撃破される定めとなるのは、軍学校に入学したばかりの新米でもわかる理屈だった。
このトーチカもその例にもれず、迷彩服を着込んだ兵士たちが双眼鏡を目にあてつつ、おぞましくも幻想的な光景に見入っていた。
界境警備隊は、あくまで界境を警備する部隊であり、戦力はそれほど多くない。それ故、敵の大軍が攻めてくれば、撤退するか足止めをして、後方の魔王軍本隊が駆けつけてくるまで耐え忍ぶくらいのことしかできない。
言い方を変えれば、“噛ませ犬”とも言える。
人間界軍をあえて侵入させて、魔界領深くまで食い込んだところを撃破するという作戦は、魔界にとっては――――そして人間界にとっても――――軍の教本に載っているほどの常道だった。
まぁ、以前の戦争で実施し、戦果をあげた作戦なのだから、書かれていて当然なのだが。
しかし、それでも、最前線である以上は優秀な兵士と装備が集められる。辺境の地であることに変わりはないが、彼らは王都を護る部隊にも負けない程の誇りを持っていた。
即ち、常に最前線で命を張っている、という誇りである。
界境警備隊は確かに組織としては小規模だが、志願制である上に選抜部隊でもあった。早い話が、精鋭部隊なのだ。
此の極寒の大陸に集まった者は、見知らぬ新天地を求めてやってきた開拓者も兼ねる軍人――――日本史で言う“屯田兵”みたいな兵――――が大多数だが、彼ら界境警備隊は違う。まさか、界境線(それも仮想敵国との界境線)を警備している彼らが、開拓に現をぬかしているわけにもいかない。
どれ程国家が平和ムードであっても、最前線を警備する彼らは、常に覚悟を決めていなければならない。ある意味では、其れも彼らの任務に含まれていた。
対外的にも、界境を護る兵士が遊び回っていれば面子に関わる大問題となる。
そのため、本来ならば、彼らのプライドは、此処で木端微塵に砕けるのが普通だろう。
自分たちが仕えている王家の姫君が、圧倒的な力で不埒な侵入者を殲滅しているのだから。
そうならないのは――――最早、嫉妬という感情すら沸かない程、次元が違っていたからだ。
軍人、それも、現場で戦う兵士と言う人種はリアリストである。夢想や無駄なプライドにしがみ付けばどうなるかは、彼らは訓練や実戦、そして本を読むなりして得た知識で知っていた。
ましてや、不必要な僻みを心中で育てている程、彼らも暇ではないのである。
「信じられるか? アレで1アニムも使っていないって話だぜ」
「ヒノ様――――いや、姫様方じゃあなきゃ、一笑に付している類の話だな」
まるで此処まで熱風が届いているかのように、兵士は鉄帽の下に垂れた汗を拭った。
アニムは、魔法使用者の最大魔力量と魔法使用の際に消費した魔力量の割合を示す単位である。
喩え同じ魔法でも、使用者の熟練度などによって消費魔力は変化する。
一般的には、強力な魔法を最低限の魔力で使えるほど、熟練度が高いと言われていた。
ちなみに、大抵の場合、1アニムで使用できる魔法は本当に基礎中の基礎魔法――――着火魔法や掃除魔法くらいである。
「面制圧クラスの魔法を1アニムで使用できるって……つまり、何時間にも渡って発動できるということだろう? おまけに連発できる。地獄の釜の方がまだ温そうだぜ」
「まったくだ。…………それにしても、王家の方々は本当に凄い。王族が優れた才能を御持ちなのはそれほど珍しくもないのだが……アルム様方は別格だ」
「そんな方々を率いる、陛下は流石ですねぇ」
「あぁ。……しかし、陛下は武の才能はあまりお持ちではないと聞くぜ? あるにはあるが、姫様方と比べると大分劣るらしい。
まぁ、陛下は戦よりも内政に興味が御有りの様子だから、個人的には有難いのだが。
王都防衛軍の伝手で聞いたんだが、其れを快く思っていない連中もいるらしいぞ。反乱なんて、勘弁してもらいたいところだ」
「まったくだ。権力者争いで貧乏くじをひかされるのは、何時も市民や兵士だからな。
それに、俺としては、陛下に武の才がなくてホッとしているよ」
「? 何故ですか?」
「先代様のように、戦を呼び込むような真似はあの御方はしないだろうし、何より――――」
そこまで行って、その兵士はしたり顔で笑った。
「――――魔王陛下が直接剣をとられるようなことになれば、魔界は終わったも同然だからな。
先代様のような、率先して前線に飛び出す御方を除いて、だが」
「ハハハ、違いねぇ」
「其処! 何時までも私語をしとる場合か!!」
上官に怒鳴りつけられ、兵士たちは慌てて口を噤んだ。
彼らは知らない。
彼らの会話が、アルム達四姉妹全員に筒抜けだったということを。
そして、魔王に対する不満の一つでも吐けば、彼らに明日がなかったことを。
[申し訳ありません。自身の不甲斐なさを恥じ入るばかりです]
目の前に映っているのは、長距離映像通信用魔玉から送られてきている映像だった。
金髪をオールバックにしている、見た目はかなり若く見えるけど、実は僕よりずっと年上の古株である、ローゼッガー外務卿が深々と頭を下げた。
あの後、外務省に飛び込んできたのは、怒り狂った心境を隠そうともしていない在フィデナルスク公国大使からの報告だった。
あくまで報告書で、それを“音速便”で王都の外務省に運んできたわけなんだけど、その報告書にはかなり過激なことが――――簡単に言うと、「あいつら俺らをナメすぎでムカつく」みたいなことが書かれていた。
ローゼッガー外務卿の話では、大使であるセスナ卿は温厚で紳士的な人物として有名らしい。
まぁ、それも、人間界といざこざをしたくない僕が、大使には好戦的な人物を任命するな、という意向を出したせいなんだけれども。そして、自他共に認める穏健派筆頭ローゼッガー外務卿は、そんな僕の意向に即座に従ってくれた。
そして、そんな外務卿が選んだ以上、セスナ大使が温厚な性格だという話は事実のようだ。
まぁ、確かめる術はないんだけれど、其れが嘘かどうかというのは大した問題じゃあない。
兎に角、そんなセスナ大使が激怒したという時点で嫌な気はしていたんだけど――――報告書を吟味して、僕は頭を抱えた。
抗議したセスナ大使に対するフィデナルスク公国の対応は、一言で言うなら「門前払い」だった。
逆に、界境線に対する実弾砲撃と爆撃の件で抗議を受けた他、ヤシマ国章を掲げた車両団については「確認していない」の一点張り。
偵察機が侵入したという点でも、「航路を読み違えた事故である」で突き通してきた。
しかも、それらの説明は大公宮殿の門前で使者によって行われた。
詰まるところ、セスナ大使は公国大公に抗議するどころか、敷居に入らせてももらえなかった、というわけだ。
……うん、怒るのも当然だな、コレ。
せめて、宮殿に入れて茶くらい出してもいいだろうに。
いや、ていうか、妥協案くらいだそうよ。
こっちに譲歩しろと? 何を? 無人の界境線を砲爆撃したことを?
まさか、越境した車両と偵察機への攻撃について謝罪しろと?
「……飛行船には警告したはずだ。航路ミスなら、その時点で反転していなければオカシイ」
[まったくです。軍部が騒いでおりますし、外務省の外交官も……正直、眉を顰めざるを得ません。表立って宣戦布告しろという者こそいませんが……]
「……兎に角、交渉を続けてほしい。軍は軍務卿と私が説得する」
「御意――――」
通信が切れる音を聞きながら、僕は目頭を揉んだ。
……いけないな。こんな姿を妹に見られたら……何をするかわからない。
「……ま、予定では、明日は南に飛ぶ……。
南国へのヴァカンスだと思って、のんびりしてもらおうかな。何時も世話になっているし……」
結局、妹四人には甘い僕だった。
アニムはラテン語で精神を意味する、アニムス(animus)からとりました。
次回から、別の場所に行きます。今度は南国です。
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