八日目 いつもの三人と舞い踊る魔鳥
時間が余りましたので同日投稿。
前半はカイ視点、後半はヒノ視点でお送りします。
「……ちょ、ちょっと?」
「はい」
「はい」
「うん」
臨時の司令室を借りて、妹たちだけとの空間にいると、早速アルム、エルフィア、シラウが飛びついて来た。
アルムに真正面から花弁に押し込まれるように抱擁され、エルフィアに右から蛇の尻尾と共に程良い力で抱きしめられ、シラウに左からぎゅっと密着して抱きつかれる。
……うん、何時もの事。何時もの事。だから落ち着け、僕。
「お兄様……屑共がしゃしゃり出てきて御疲れに……。嗚呼、今すぐ屑共を消してやりたいですわ……」
「皆殺しにしてやりたいところですけど、それよりも先にすることがあります」
「兄上を……癒してあげる」
魔界で最高峰の美貌を誇るスタイル抜群の身体を、惜しげもなく押し付けてきながら、妹たちは実に息の合った事を……。あぁ、うん。何時もなら、此れにヒノが加わっているんだけど……。
「アルム?」
「“命令”は出しておきました。失礼ながら、アレのしぶとさは、お兄様もよく御存知のはずでは?」
そう言われると、返す言葉もない。
不死鳥の名は伊達ではなく、ヒノの生命力は何より高い。伝承によると、細胞が一片でもあれば再生できるという。まぁ、妹が細胞の一片しか残らなくなるなんて、死んでも御免だけど。
……と、いうか、毎度のことながら……クラクラしてきた。
「ふふ、癒されてきましたか? まだまだですわよ……」
そう言ったアルムに合わせ、さらにぎゅっとしてくる妹たち。微妙な力加減で、あくまで苦しさを感じさせない。
「兄さん……可愛いです。もっと、御顔を見てもよいですか?」
「……可愛い」
「ちょ――――」
グイッと端正な顔を近付けてくる二人から離れようとすると、ドアがノックされる。
「陛下、御報告があります」
ファドゥーツ卿の声だった。
瞬間、恍惚の笑みを浮かべていた妹たちの表情が消える。そして、三人一斉に人を殺せるような視線をドアへと送った。
「……駄目だからな」
そう言うと、三人はゆっくりと、でも確かに頷いた。
……本当に、彼女たちの人嫌いは何とかならないものか…………。
「あぁ、いいぞ」
僕がそう言った瞬間に、妹たちは一斉に離れた。
「では、失礼します」
そして、ドアから王室護衛隊隊長が姿を見せる。
それを、恐ろしい程の無表情で見つめる妹三人。
「界境警備隊より続報です…………件の車両一団は、どうやら群島民族系の移民で編成されている部隊のようです。さらに、魔法探査した結果、操作魔法をかけられている可能性もあるとのことです」
「何? 操られているのか」
「ヤシマ政府の差し金でないことは確実でしょう」
「む…………」
ヤシマ群島帝国の周囲には、ヤシマには属していない……しかし、見た目も文化もヤシマと大して違わない部族が存在する。その何割かは、新天地を求めて大陸に渡ったそうだ。
……そんな連中が捕まって、操作魔法でもかけられたのか?
操り人形にされた先兵……といったところだろうか。
……果てしなく、嫌な予感がする。
「まさか、特攻でも仕掛けさせる気か?」
「……唯の威力偵察ならば、良いのですが……」
ファドゥーツ卿もその点を疑っていたらしい。いや、プロの軍人なら容易く辿り着ける結論だろう。
「……まぁ、いい。界境警備隊には、マニュアル通りの歓迎をしてもらおう」
「――――は」
卿が退室した後、再び妹たちが身体を摺り寄せてきた。
「……やっぱり、念のために――――」
「はい」
「ムッカツク」
身の丈ほどに大きく広げた、火の粉を撒き散らして燃えている紅蓮の翼。三対の其れをはばたかせながら、私は屑鉄の一団を見下ろした。
今すぐ火炎弾をブチあてて、中の芥を鉄もろとも焼いて溶かし切ってやりたい気分になるのを堪える。
「せっかく……せっかく、おにーちゃんと外に出かけていたのに……!!!」
許さない。
おにーちゃんとの時間を邪魔するなんて。私にとって、何よりも得難い大切な時間に水を差すなんて。
殺してやる……。
………………………………と、そんなことを考えて飛び出してきたんだけど……正直、どうしよっかなぁ……。
別に、芥を焼くのはいいんだけど……あとで、おにーちゃんに迷惑をかけるのはイヤだ。
でも、このまま界境警備隊に任せるのもイヤだ。
おにーちゃんに怒られるだけならまだいい。痛むのは私の心だけだ。
でも、おにーちゃんに迷惑をかけたりしたら……考えただけで、自分を殺したくなる。
だって、私はおにーちゃんの足枷になんかなりたくないから。
そうなった連中を、誰よりも憎んでいるから。
……準備、しておこっか。
そう結論付けて、私は翼から長い槍を取り出して、構えた。熱を閉じ込めた、芥なんて近付いただけで蒸発させる熱量を持つ、私の武器だ。名前つけるのも面倒くさいし、単に“槍”って呼んでる。
何時も、コレでおにーちゃんを邪魔する芥を掃除している…………今回も、そうしたいなぁ。
それでも、界境線に侵入してくる前に、車両を攻撃するのが拙いことくらい、莫迦な私だって想像がつく。
まぁもっとも、アレがマトモな集団だなんて、考えてないけどね。そもそも、おにーちゃんを煩わせた時点で碌でもない芥決定だ。……あ、また殺気でそう。
交易のために魔界領に通行を許可された人間は、専用の転移魔法装置で入ってくるし、マトモな目的があるのなら、事前に大使館・公使館から外務省って感じで報告してくるはずだし。
んー……やっぱ焼こうかなぁ……。
……と。そんなことを考えていると、ポケットに突っ込んでおいた通信用魔玉の内の一個がプルプルと震えた。
此の魔玉に通信できる魔玉は一つしかなく、其れの持ち主も唯一人。
逸る気持ちを抑えて、魔玉を取り出して耳に押し当てる。
いつの間にか、見えるわけでもないのに、とびっきりの笑顔を振りまいてしまった。
……うん、あとで、おにーちゃんの前で見せよっと。
「おにーちゃん、おにーちゃんだけのヒノだよ!」
[ん、そっちはどうだい? いや、大丈夫か?]
脳内を突き抜ける、くぐもった声。忘れようもない、おにーちゃんの声だ。
歓喜の叫びをあげるのを堪えながら、私は答えた。通信中に、おにーちゃんを待たせる趣味なんて持ってないし。
「界境線付近で、例の一団を見下ろしている最中だよ! まっすぐこっちに向かってきてる。こっちに気付いた様子も無し。ま、あんな連中に姿を晒したりなんか、しないけどね!」
私の身体を、穴が開く程見つめていいのはおにーちゃんだけだ。例外なんて、何一つ認めない。同性も含む。
おねーちゃんたちも互いに分かっているから、私たち姉妹は互いの姿をあまりジッと見たりしない。
皆が皆、おにーちゃんのためだけに身体を磨いているのだから。
[そっか。……ごめんな、余計な御世話だったか。でも、心配だから、無茶しないでくれよ?]
「え、あ、うん! 勿論!! 心配なんかさせない、絶対に!!」
思わず大声を出してしまった。
おにーちゃんに謝罪させてしまったという事実に、うきうき気分が一気に冷えてなくなっていく。
……うう、しまった。おにーちゃんが心配するのは当然のこと。だって、とっても優しいおにーちゃんだから。
一人でおにーちゃんに褒めてもらおうと思って、邪魔な女どもを騙くらかしたのが裏目に出たかな。
如何しよう……ううん、後でいっぱい謝って、いっぱい御奉仕しよう!
そう決めて、私は例の団体を睨みつけた。
おにーちゃんにああ言われたら、攻撃するのも得策ではない、かな。
此の後帰ったら、おにーちゃんに抱きつく淫売女たちに激怒することになるなんて、思っていなかった私は、取り敢えずおにーちゃんに御奉仕するところを思い浮かべて楽しむことにした。
次回、こそは展開が進むといいなぁ……如何してこうなった。
プロットでは、ネメア大陸視察編は二話で終わる予定だったのに。
御意見御感想宜しくお願いします。
……あ、此の後、いきなり戦争とかにはなりませんよ。まだまだ視察旅は続きます。いろんなところにカイと妹四人はブラブラします。