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「わかっているんでしょう? 武が誰を見ているか、くらい。あなたも、バカじゃないんだから」
「それでも!! それでも……!! 好きなんです……、好きなんです……」
麻美は叫ぶように言った。繰り返し言われるその言葉からは痛いくらいの想いが伝わる。
「そばにいれるだけでよかった……。あたしを見てくれなくても!! 私は……」
麻美の言葉は痛くて、純粋で、悲しくて、私には、辛いものがあった。
彼女の思いはただまっすぐだった。私は麻美から目をそらして、口を開いた。
「そばにいたら、もっと、を望んでしまう。人間は欲張りだから、もっと、そばにいたくなる。触れたくなる。そのうち、その人のすべてが欲しくなる」
そして私のように、すべてを、なくしてしまう。
麻美、と私は泣いている彼女を呼んだ。ミニタオルを取り出してぐちゃぐちゃになった麻美の顔を拭いた。ヒック……と嗚咽が聞こえた。
「泣きたいだけ泣いていいの」
落ち着かせるようにポンポンと一定間隔で麻美をなでた。
そして、まるで懺悔のように口を開いた麻美の話に耳を傾けた。
「わかって……ました」
嗚咽交じりの声が麻美の悲観的な感情を増幅させているかのように勢いよく言葉を並べた。ポロポロをこぼれる言葉たちを私は丁寧に拾っていった。
「武先輩が……、本当に求めているのはあたしじゃないって……。それでも!!」
どんな方法でもいいからそばにいたかった。
その言葉に嘘はないと思う。私は静かにうなずいて麻美の頭を撫でた。5限が始まろうとしていた。
「麻美、ごめんね。さぼらせちゃった」
私は薄く笑って麻美を見た。麻美は俯いたまま、私の薄い笑みはすぐに消えた。
そのまま2人並んで座った。
太陽が眩しく降り注いで、私たちを包んでいる。雲は穏やかに、でも確かに動いている。
チャイムが空気を切り裂くように鳴り響いた。
その音もどこか遠くで鳴っているようでひとごとのようにしか聞こえなかった。
「麻美……」
嗚咽をこぼす麻美に私は声をこぼした。
「運命だと、思っていたんです」
嗚咽交じりにポツリポツリと投下された言葉は彼女の涙のようだった。
「サオ先輩が、タケ先輩のこと好きなんだって気が付いていた。だから。先に告白した。だってそうでしょう!? 時間あったのに動かないから。だから先にうごいたんです」
いつもまとめていた髪は下ろしていて、ふわりと揺れた。
「わかっていたんですよ。タケ先輩がサオ先輩を特別にしてるの。それでも、好きだって言ってくれた言葉を信じたかった。でも、もう無理なんです。だって、タケ先輩、あたしを見てないもん」
一通り泣くと麻美は笑った。
「ユキ先輩、思い切り可愛く髪、まとめてください! タケ先輩を振ってやりますよ」
そう言った彼女はすごく可愛かった。
「いい恋、したね」
次はもっといい恋できるよ、そう続けた。
それは自分に言い聞かせるように言った。
いい加減、私もあきらめよう。
そう、前をみよう。麻美の言葉を聞きながら、一筋の涙を流した。
それは、きっと、誰も知らない私の懺悔だった。