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「有希は変わったな」
そう言った武の声はどこか落胆していた。
武は変化を望んでいなかった。それはわかっていた。出来れば、私も、何も考えずに過ごしていた1年の頃になりたかった。でも、それはもう、無理なことだ。たとえば、再び話すようになっても以前のような関係には戻れない。気まずさはきっとついて回るんだと思う。私は武に言う。
「変わったんじゃないよ」
誰にも、本当の私を見せなかっただけ、と付け足した。
何度も私は1人でいいと思った。傷つくくらいなら、1人のほうがいいと。そしてそれは本当になった……。そうなってしまえば何が正しくて、何が間違えか、そんなの、わかるわけもなかった。あのときから、私は自分をずっと殺した。賢治を好きになったときから。物わかりのいい、一緒にいて楽な女になろうとした。そうまでしてでも、そばにいたかった私はただ、近くにいたかった。そしたら、いつかは私を、沙織じゃなくて私を見てくれるような気がした。叶いもしない願いを持っていた。
「有希は……」
武が口を開いた。冷たいな、その言葉がやけに胸の奥にささった。
痛みに鈍くありたかった。
傷つくなんて、なんて図々しい。
もし、都合のいい言葉を飾り立てれば、武もここまで言わなかっただろう。
もし、綺麗事だけを言えば、納得してもらえただろう。
結局、私が招いた結果の痛みなんだ。その痛みに気づかないふりして武に言った。
「全ての解決方法、教えようか? 知りたいでしょ?」
武は疑わしげに頷いた。
「武が素直になることだよ」
そこに武を置いて私は歩き出した。裏庭からほど近い位置で1人ただずんでいたのは麻美だった。
「なんで……」
彼女は小さな、小さな声で言った。
「なんで、あんなことを武先輩に言ったんですか!? なんで!?」
彼女は涙を目にためて私を睨みつけた。思わず、自分の賢治への想いと重なってしまう。
「なんで、って。いつまでも目をそらされたら迷惑だから、よ。他に理由なんてない」
私の言葉に麻美はポロポロと涙をこぼした。
数回にわたり、麻美と交流する機会もあった。
そのたびに思うのはあぁ、なんていいこなんだろう、と言うこと。
嫌いになんてなれない。傷つけたくなんて、ない。