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「有希、ちょっといいか?」




久しぶりに声をかけられた。

――その相手は武だった。




うん、と私は頷いて、風を背に向けて歩き出した。



裏庭まで私たちは何も話さなかった。何かを話す余裕が多分二人ともなかったのかもしれない。

裏庭についてからの沈黙はやけに冷たい風がきっかけに敗れた。何、と私が口を開いたことによって武は口を動かした。



「あー、うん……」


頭を何度か掻き毟って適切な言葉を探しているようだった。



「沙織と……」


当たり前のように、多くの人が私と話すときに沙織の話題を振る。

それは、武も、賢治も同じで、何となく……無性に私はさみしくなった。

沙織がいなければ、私は存在しないのかもしれない、最初はそんなことまで考えてしまっていた。



沙織という存在は憧れだった。同時に嫉妬もしていたのだろう。




「喧嘩したんだって?」


私の小さな反応に当たり前だけど武は気づかなかった。そして、言葉を続ける。



「あんまりさ、沙織を悲しませるなよ? あいつ、傷つきやすいからさ?」


それを私に言ってどうしてほしいのだろう、と考えてしまう私は相当性格が屈折していると思った。



傷つくのはみんな一緒で、なのに、特別な意識の中にいる沙織が羨ましくも、妬ましくも思った。



自分だけが傷ついたって思ってはいけないよ。自分が傷ついただけ、相手も傷ついているんだ。だから、ごめんをしようね。


そう言ってくれたのは……、あぁ、そうだ。賢治のお父さんだ。

賢治と喧嘩した時に私と賢治2人に言ってくれたんだ。




「沙織は大丈夫だよ」


その言葉の奥には、賢治が見え隠れした。沙織は1人じゃないから、大丈夫。確かに、このままではいけないのはわかっている。それでも、そうとしか言えなかった。



「あー……、うん、そっか、そうだよな」



無理矢理納得させようとする武をただ見ていた。


「武はさ、何を望んでいるの?」



私は自分の汚い所を隠して、武に問いかけた。本当は、それは自分に問いたい内容だった。

いつまでも賢治にとらわれて。私はいったい、何を望んでいるんだろうか。

真意が見えない……。それが私にとって武の怖いところだった。何を、望んでいるのだろう。



「俺たちさ、」



前みたいに戻れないのかな、武の落ち着いた声が響いて私は武に答えた。



「変化は、訪れるものなんだよ」


でも、綺麗ごとだけど、変わってほしくないものもある。それを忘れたくない。



私は唇をかみしめた。武の目は見なかった。

俯くと、足元の草から小ぶりの紫の花が咲いているのに気が付いた。



小さな変化はいつだって起きているんだと思う。



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