27
母が帰ってきた。
母は、二歳になる男の子を連れていた。
1人で出産をして、行き場がなくなり、母の実家で過ごしていたらしい。私にとって随分と年の離れた弟だった。
弟のこととかは気が付いたら全部終わっていた。未成年の私が出る幕じゃない。
弟はおじさんの子として認知された。だから賢治の家に引き取られた。賢哉、という名前だった。
おじさんは一度の過ちであった、と言った。
そんなこと今更言わなくても、という感情になったけれどももしかしたら賢治のために言っているのではないか、と思った。賢治は母とおじさんの関係を知らないから。
賢治はおじさんに何度か言い募っていたけれども、おじさんは何も言わなかった。ひたすらすまなかった、と言うだけだったらしい。
おばさんは少しだけ疲れたような表情を見せていた。目の下に隈が見えた。母はまた、家政婦として雇用されるらしい。
名目は家政婦。実際は家族公認の愛人のようであった。
必死につくろっているおばさん。
その地位に、安心して笑顔をみせる母。
おじさんは何もいわない。
いびつな愛情は行き場をなくしているように見えた。
賢治はできるだけあたしの傍にいてくれようとしていた。
苦しそうなその表情の裏に隠れている感情は、この時はさっぱりわからなかった。
何か思う所があるのか、時折唇を噛んでいた。
松井さんとのんびり話して、たまに蒼井くんがそこに入って。
家に帰れば賢治含め家族の所に行って。
私は結構幸せだった。
その形がたとえば理解され難くても。
それでもふとした時によぎるのは賢治は沙織の彼氏、という言葉。
しょうがないから私はおばさんといっぱい話すことにした。
おばさんは穏やかな人で、いつか見せた弱弱しさを感じることも少なくなっていた。
賢治のことばかりが頭に浮かんでは消える。彼は、沙織を選んだ。
私は最初から、彼みたいに積極的に出来なかった……。
私は、彼の中の沙織と、彼の中の私の違いを目にするのが怖かっただけなのかもしれない。
現実を、見たくなかった、それだけなのかもしれない。
彼の幸せを願っていた、これでよかったのだ、と何度も繰り返した。
窓の外を眺めながら、私はただ考えていた。
やけに冷たい風が印象的だった。