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季節は流れて賢治は生徒会長となり、蒼井くんは監査委員長となった。
私と言えば、先生から生徒会副会長を指名されてしまい、このままでは監査の方、生徒会の方、どちらにも申し訳ないと言い訳をして、結局何の役職にもつかないでいた。
もう、秋であった。
沙織は逃げるように部活を辞めた、と聞いた。
私といえば相変わらずで、松井さんとはかろうじて話すくらいだった。
そんな中、一本の電話が鳴った。
母だった。
母はきっとすごく弱い女性だったんだろうと今更思う。
泣いていた。
有希、と一言発してそれから言葉を発しなかった。
海の音がした。
そう言えば母の実家は海の近くだった気がする。
「どこにいるの?」
その問いに答えはない。
嗚咽と、有希と私の名前を呼ぶ声。それから海の音。
聞こえるのはその音だけだった。
もう、いい。と思った。
この人をこれ以上苦しめたくないと思った。
私に何かを語ろうとする母ではなかった。
愛に生きる人だった。
でも、それでも母は母だった。
賢治の家に行くときに手を繋いでもらっていた。
遅くなってごめんね、待たせたね、と帰るときには頭を撫でてくれた。
「もう、いいから。責めないから。だから、いい加減。帰ってきてよ。家、1人だと広くて……寂しいんだよ。お母さん」
久しぶりに母をお母さんと呼んだ気がした。
電話の向こう側で嗚咽交じりにうん、うんと頷いているように聞こえた。
電話が切れた瞬間私はとりあえず、電話をかけた。
「はい」
「賢治? 有希だけど」
「おう」
「……おばさん、いる?」
何かあったら頼りなさい、ずっとそう言ってくれていた。
母が失踪したあと、何かと相談に乗ってくれていた。支えてくれていた。
旦那の愛人の娘である私に。
申し訳なさ過ぎて、私はあんまり頼れなかったけども。他に頼る人が思いつかなかったから結局困ったときに頼っていた。
いつか、帰ってくる。あの人は娘を見捨てるような薄情じゃない、そう言い続けてくれた。
「母から電話がありました」
その一言を自分の口から説明しただけで、ブワッと現実身が増した。
あぁ。やっと、母に近付けた。
そんな喜びや、そして今までの感謝や、今までの不安や怒り。
ごちゃごちゃな感情をそのままに私は告げた。
「帰ってきて、と言ったら頷いてくれたので、帰ってきてくれると思います」
口にしてホッとして、ボロボロと涙が止まらなかった。
「おばさん。ありがとう」