19
「あんな賢治くん初めて見たなぁ」
廊下を歩いてしばらくたつと蒼井くんが口を開いた。
はて? どんな賢治のことだろう、と頭を捻る。
「賢治くんていつも楽になんでもしているようなイメージで」
それを聞いたときふふふっと笑みがこぼれた。
「まさか。賢治は結構いろいろ必死なのよ? ただ、弱みを見せるとかっこ悪いって思ってるんじゃないかな」
「……有希チャンに弱み見せれるってことは、有希チャンは特別なんじゃないの?」
悪戯の見つかった子どものように少し拗ねていう蒼井くんの言葉に、少し泣きそうになった。
「違うよ」
「え?」
「違う。ただ……、もう隠してもばれてるから、それだけよ」
賢治にとっての私の存在はそういうものだと思う。そう話すと蒼井くんは少し複雑そうに顔を歪めた。
「わっかんないなぁ」
そう言いながらも話を聞いてくれる彼は優しい人だと思った。
監査の説明を聞いたその帰り、私は麻美を見た。
麻美は武と歩いていて、自然なボディタッチに思わず拍手しそうになった。
いつもは沙織と帰る武が今日は麻美と帰っている。
……いったい私に沙織は何を求めていたのだろうか。
何もできるわけなどないのに。
あの日に、嘘でもいいからいいよと言うべきだったのだろうか。
その場限りでもいいから。
沙織の愚痴を聞いて、大丈夫だよ、沙織の方がいい女だから武は絶対沙織を選ぶよ、と何の確証のない言葉を上面だけでも言うべきだったのだろうか。
それじゃあ、私って何だ?
“ともだち”ってなんだ?
立ち止まってぐるぐると頭の中で考えていると声をかけられた。
「今帰り?」
そう言ってから、あいつら、と付け足した声が耳に響いた。武と麻美を見ていたのに気付いたのだろう。
「賢治……」
私はななめ後ろにいる賢治を振り返った。
「時間、ある?」
そう言った彼に頷いてしまう。
どこか辛そうな彼。
いつも本当はいっぱいいっぱいな彼。
かっこつけで、必死になっている所を見せたくない彼。
私にできるのはこれくらいだ、と思いながらいいよ、と呟いた。