冒険者Ⅱ
俺にも夢はあった。
根拠のない自信に満ち溢れ、何でもできる気がしていた時もあった。
田舎の農村の農家の三男として生まれた。兄が二人、姉が一人いた。二番目の兄は俺が生まれてすぐに死んだそうだ。記憶にはない。
兄貴とは十歳も離れている。兄貴に何かあったときの予備として育てられた、畑を継ぐための。
そんな兄貴も俺が十五の時に嫁さんをもらって、継ぐ準備が整った。つまり俺はお払い箱ってことだ。
それから三年、畑の手伝いをしながら森に入って狩りをしたりしていた。いわゆる冒険者になるための準備ってやつだ。
冒険者になったのはある意味逃げだった。自分の畑を開くことから逃げ、金がないので自分で商売をすることを諦め、商会の扉をたたいて仕事をすることからも逃げた。
一匹狼ならどうとでもなると思っていた。腕っぷし一本でのし上がってやると思ったこともあった。
成功して凱旋する気はなかった。俺一人が生きていければいいと思っていた。
近くの町で冒険者として登録をした。家には居づらくなっていたし、村にギルドはなかった。
Fランクからのスタートだったが、目標はあった。Sランクは伝説みたいなもの。Aランクも国の英雄。
この2つは置いておいて、Bランクになることが目標だった。ギルドからも冒険者仲間からも一目置かれる存在だ。
ちなみにCランクぐらいだと食うに困らない一流冒険者、Dランクはその日暮らしといった感じだ。
俺的には頑張ったつもりだった。短弓もそこそこ使えたし、短剣を使った戦いもできた。
狩りだけじゃなく、薬草等の採集、素材の収集、街中の手伝いなど、報酬が安く不人気な依頼も数多くこなした。
魔法は素質がなかったのか上達はしなかった。多少の身体強化ができる程度だった。
大きな仕事もしたかったが、俺は基本ソロだ。パーティーで受ける依頼はなかなかできなかった。
三年ぐらいで何とかDランクになれた。更なる高みを目指して冒険者活動に没頭した。
薬草や素材の収集をしていれば一人なら食っていけるし、寝床も確保だってできる。収集のついでに狩りもできれば夕飯で酒も飲めたし、夜の街で遊ぶことだってできた。
だが更なる高みとなると、大型の野獣の狩りや遠征しての収集などが必要だった。固定パーティーのない俺には基本無理な仕事だ。
たまに臨時の補充メンバーとしてパーティーに入れてもらうこともあった。正式メンバーとして迎えてもらえるように精一杯のアピールをしたが、いずれも叶うことはなかった。
いつの間にかギルド内で便利な何でも屋という位置が確立していた。
万年Dランクとして十数年、後から入ってきた連中も次々にCランクに昇格していった。取り残された感はあったが、三十を過ぎたころには気にもならなくなった。
長いことギルドにいると、勢いのあった連中が突然顔を見なくなることも数多くあった。他の町に移籍した奴もいた。急に引退を余儀なくされた奴らもいた。
一週間も見ないと噂になる。だが三日もたてば皆忘れていった。
これが冒険者だ。いちいち他人のことなど気になんかしていられない。
冒険者にはいくつかのタイプがある。
若く勢いのあるうちに稼いで、早めに引退、商売を始める奴。
『宵越しの金は持たねぇ』とばかりに派手に生きる奴。
実力を認められて町の衛兵や貴族の私兵になる奴。
食うためにいつまでも続けている奴。
俺は間違いなく一番最後のやつだ。年上の奴なんてほとんどいやしない。
そんな俺だが多少の貯えもできてきた。小さな荷馬車と馬、多少の仕入れができる程度には。
つまり引退の時が見えてきたというわけだ。
それでも続けているのは踏ん切りをつけたかったからだ。冒険者としての最後の仕事が薬草の収集では納得ができなかった。俺なりに大きな仕事で終わりにしたかった。
ソロでもできそうで、俺自身が納得できそうな仕事を探していた。
最近上がり調子で勢いのあるのDランクのパーティーが声をかけてきた。サポートメンバーで入ってほしいと。
若いメンバーで、俺の経験を求めていたようだった。
片道二日のところにある迷宮の探索。迷宮のアタックは三日。
俺は最後の仕事にこれを選んだ。
パーティーでの仕事はいい。野営にしても移動中の警戒にしてもソロとは比べ物にならない。その分分け前は減るが。
二十年近くも冒険者をやっていればたいていのことはできる。野営の準備、食事の支度、見張りなんかだ。
若い連中に教えてやってる。仰々しいものではない。多少のアドバイスってやつだ。それでも真剣に聞いてくれる、いい奴らだ。立派な冒険者に育ってほしいものだ。
ダンジョンのアタックは順調だった。スライムやゴブリンといった魔物、蝙蝠や虫などの魔獣が多かったが、彼らは難なく倒していく。もちろん俺も。
アタックを始めて二日、階層主と思われる魔物と対峙した。多くの手下を従えたゴブリンリーダーだった。手下の数はおよそ二十匹。
果敢に挑んだ俺たちは奴を倒すことに成功した。
もちろん無傷というわけではない。大なり小なりの傷をそれぞれが負っていた。
だがそれ以上に階層主の討伐ということで高揚していた。
俺の役割は、ここで戻ることを言うことのはずだった。手負いの状態で、高揚した状態で進んでも碌なことにならないことは分かりきっていたことのはずだった。
だが言えなかった。若さと勢いの前に俺の声はかき消された。
あと一日なんだから。けがしていることはわかっている、無理はしないさ。少し見るだけだから。
パーティーのメンバーは先に進むことしか考えていなかった。そして俺に決定権はなかった。
今日はこれ以上進まないということで妥協するほかなかった。
ダンジョンの中での野営は思ったほどは休まらない。常に警戒は必要だ。
一晩寝ればけがが治るなんてことはない。疲労も抜けはしない。
若い連中と違って、俺には堪える。
罠が仕掛けられていることなんかはない。天然の罠っぽいものはあるが。
ぽっかり空いた穴、崩れ落ちる壁、突然噴き出す熱風。
活発に火山活動をしている山の近くのダンジョンだ。この程度は自然にできる。
三日目、テンションが高いまま進み始めた。遭遇する魔物は相変わらずスライムやゴブリンだ。
足元や周囲に気を配りながら進んだ。魔物はさほど苦労しないで倒せる。多少の手負いでも彼らの敵ではなかった。
だが俺は僅かな違和感を感じていた。ゴブリン共の動きが何か違う。
だが説明できない。
リーダーに言うべきだった。
警戒はしていた。決してハイキング気分などではない。ここは死と隣り合わせのダンジョンだ。
通路の突き当りに部屋があるようだった。慎重に部屋に入った。
そこで目にしたものはオーガだった。それも三匹。
俺たちは逃げた、必死になって。追ってきているのはわかる。
奴らからすれば俺たち人間はゴブリンなんかよりよっぽどうまい肉だ。目の前にあるご馳走を諦めるはずがなかった。
とにかく逃げた。出口に向かってひたすら走った。遅れた奴を気になんかしていられない。止まったら食われる。
一人、また一人と遅れ、悲鳴が聞こえる。可哀そうだが助けてやれない。
バランスが崩れた。窪みに足を取られた。
ギルドでは新進気鋭のDランクパーティーの姿を見ることは無くなった。
そして、くたびれたおっさんの冒険者も。




