妻の奏でるオルゴールが大好きだった男のお話
グレブラード伯爵家には花嫁にオルゴールを贈るという習慣がある。
伯爵家の人間は竜の血をひいており、その解放によりすさまじい力を発揮する。花嫁が魔力を込めて奏でるオルゴールは、その昂ぶりを鎮める効果があるのだ。
歴代でも最強の力を持つと謳われた伯爵家の若き当主ディノサールのもとに嫁いできたのはレラクシア。うつむきがちで暗い顔をした令嬢だった。政争で負けた男爵家がよこしてきた。魔物の多い伯爵家では珍しくないことだった。
「君はきっと、いい妻になる」
ディノサールはうつむく彼女の瞳に小さな輝きを見出していた。
魔物の討伐から帰ってきたディノサールに、レラクシアは初めてオルゴールを使った。優しい音色に竜の血の昂ぶりはたちまち鎮まった。
「やはり君は、最高の妻だ!」
「そんな……私は何もできない役立たずです。ほめられるような者ではありません……!」
「オルゴールの起動には高い魔力が必要だ。君はずっと魔力を込め続けてくれたんだろう?」
「あなたのことが心配だったんです……」
「その優しさこそが、我が妻として最も大切なことだ」
まっすぐに告げられ、レラクシアは初めて笑顔を見せた。
ディノサールは竜の血を存分に解放し、より戦果を挙げるようになった。レラクシアは皆から祝福され、笑顔を見せることが増えてきた。
――そして、オルゴールは止まった。
ディノサールは幸せな夢から覚め、静寂に満ちた地下深くにいることを自覚した。
魔道具を好む魔族カレクトールがオルゴールに目を付けた。そしてディノサールが留守の間に伯爵家を強襲し、オルゴールを奪い去った。レラクシアは最後までオルゴールを守ろうとして命を失った。
怒りに燃えたディノサールは、魔族カレクトールの支配するダンジョンに単身乗り込んだ。竜の血を暴走させた彼にとって、無数の魔物も魔族カレクトールも敵ではなかった。
全てを殺し尽くし、たどり着いた宝物庫にオルゴールはあった。レラクシアの魔力はまだ残っていた。優しい音色に竜の血が鎮まり、束の間幸せな夢を見た。
そのオルゴールも魔力が尽きて止まった。竜の血の暴走で力を使い過ぎたディノサールもまた、命が尽きかけていた。死に抗おうとは思わなかった。最初から生きて帰るつもりなどなかった。
だって、もう。オルゴールがあの優しい音色を奏でることは、ないのだから。
終わり
「なろうラジオ大賞7」で1,000文字以下の作品という条件だったので挑戦してみました。
テーマの中から「オルゴール」を選んでそれを軸にした作品にしてみました。
普段はあんまり文字数を気にせず好き勝手に書いているので大変でした。
短編はそれなりの数を書いていますが、1,000文字以下にするにはまた違った技術が求められますね。
勉強になりました。
2025/12/6 17時頃
読み返して気になった細かなところをいくつか修正しました。




