ブフーの刃 ― 第四話:姪と包丁と、眠る獣
都内某所、都立第三隔離病院・地下病棟。
封印された個室の中、笠松潤は眠り続けていた。
昏睡状態。
原因は、毒物混入と脳神経系の過負荷。
通常なら、死んでいてもおかしくない状態。
――だが、心拍は安定しており、脳波はむしろ“異常な活性”を見せていた。
「……眠ったまま、“肉”を処理し続けてる……まるで獣の咀嚼音みたいだ」
と、ある医師が呟く。
そしてその様子を、二重ガラス越しに監視している人物がいた。
公安警部補――氷室綾音。
かつて殉職した氷室警視正の姪。
警察庁公安部の中でも、特殊異能・オカルト対策課に所属していた。
■ 綾音の過去と決意
彼女はかつて、叔父・氷室のもとで警察の道を歩んできた。
が、7年前、とある事件――
「ブフーの包丁初使用による“多重人格覚醒殺人事件”」
――で、親友を失って以来、「ブフーの包丁」を執拗に追っていた。
綾音は知っている。
包丁の力は、単なる“肉と能力”の関係ではない。
肉体と記憶、感情、欲望までもが“継承”される。
つまり、潤はただ眠っているのではない。
今この瞬間も、氷室の精神を“食って”取り込んでいる可能性がある。
「叔父さん……あなたは、あんな奴に“喰われた”んじゃない。私が、あなたを取り戻す」
■ 「胃袋の民」再起動
その頃、地下ネットワークでは動きがあった。
組織「胃袋の民」は、笠松潤を回収できなかったことを「失敗」ではなく「成果」として扱っていた。
「彼は一度、“氷室の脳”を消化している。ならば、眠りの中でも“国家的知性”を再構成しているはずだ」
組織の首領、正体不明の男・**黒梁**は言った。
「彼が目覚めたとき、世界の構造は“再調理”される。我々の理念、“社会は喰うか喰われるかだ”が、現実となる」
■ 目覚めの兆し
6月28日、23時11分。
ちょうど潤が氷室を襲った“あの時刻”――
地下病棟の心電図に異変が起きる。
ピ――――ピ、ピ、ピッ……ピピピピピピピ……!!
モニターが急激に跳ね上がり、照明がチカチカと明滅を始めた。
「っ……動いた!?」
潤の眼が、ぬるりと開く。
その瞳には、ただの殺人鬼の色ではなかった。
どこかに――氷室の冷静さが宿っていた。
「……公安、綾音さん、ですね。お久しぶりです。……私は“氷室”でもあるので」
綾音の指が、ホルスターの拳銃にかかる。
「……なにを……言ってるの……?」
潤は微笑した。
「“あなたの叔父さん”、今はこっち側にいますよ――“喰われてよかった”って言ってます」