ブフーの刃 ― 第一話:肉と銭と血の雨と
東京・北区の団地に、ひとりの男がいた。
名を笠松潤、41歳。元・中堅IT企業のサーバー管理者。リストラされてから3年、職を転々とし、いまは派遣バイトとネットでの転売を細々と繰り返す日々。奨学金の返済、母親の介護費、自己破産の影響――すべてが彼をじわじわと絞め殺していた。
6月の蒸し暑い夜。クレジットカードの督促状を握りしめた潤は、机の引き出しに隠していた“包丁”を取り出す。
黒く鈍く光る、異様な刃――ブフーの包丁。
かつてネットの裏オークションで手に入れた奇品。ガラクタだと思っていたが、ある日、間違えて切ったネズミの肉を食べたところ、自分の動体視力と反応速度が明らかに向上した。
その瞬間から、潤は理解していた。
「この包丁は、“力”をくれる」
ただ、それをどう使うかが問題だった。
■「通り魔、始めます」
6月28日、23時11分。
都内・東十条の裏通りにて。
潤は、自転車に乗る中年サラリーマンを狙って飛びかかった。
「すまない……俺だって……ッ!」
――ザシュッ!
彼はサラリーマンを刺し、即座に肉を剥ぎ、袋に詰めて逃げた。
交番は2ブロック先、だが深夜の路地に目撃者はいない。
「……くっ、震えるな……だが、これでいい……これで、生き残れる……!」
アパートに戻り、肉を調理する。恐怖と罪悪感を押し殺して口に含むと――
「サラリーマンの肉を食べた。能力『残業耐性』を獲得した」
「……なんだそれ……?」
だが、数時間後、彼は眠らずにネット転売の作業を続け、12時間以上集中力を維持した。人間の肉は、職業に応じた能力を宿している。それが“ブフーの包丁”の本質だった。
それからというもの、彼は毎夜のように職業別ターゲットを選んで“肉狩り”を続ける。タクシー運転手の肉で「瞬間判断力」、工事現場の作業員で「力強い体」、OLで「会話スキル」……
そして気づけば、彼は“ブフーの通り魔”として警察の極秘ファイルに載る存在になっていた。
■「胃袋の民」再び
そんな折、彼のもとに謎のスーツ男が現れる。
「君、センスあるね。ひとつ提案だ。我々と組まないか?」
組織の名は**“胃袋の民”**。
都市伝説とされていた、ブフーの包丁を所持する地下ネットワーク。彼らはすでに“量産型ブフー包丁”の開発を進めており、潤の行動に注目していた。
「君のような逸材、なかなかいないよ。次のターゲットは、警視庁のエリート捜査官だ。食べてみたくないか? “正義”の味を」
潤は静かに笑った。
「――ああ、食ってやるよ。あいつらの正義も、誇りも、全部肉にして、俺の力にしてやる」
【次回予告】
『ブフーの刃 ― 第二話:警察庁スライス計画』
正義の番人が、肉塊になる時――
追う者と、喰らう者。歯車が狂い出す。