ブフーの刃 ― 第十三話:そして、誰も神ではなくなった
■ 【冒頭】神なき白地の世界
世界には、神はいない。
YVHVの解体によって、“定義”という秩序が崩壊し、
空は色を持たず、風は名前を失い、人間すら**「何であるか」を問われる存在**となった。
それでも――人々は死ななかった。
意味がなくても、生きていた。
■ 潤と綾音、それぞれのその後
■ 笠松潤
彼は、包丁を握らなくなった。
潤:「俺、もう食いたいもんがねえや」
ミカエルもベリアルも、フェンリルも、カインも、
すべての神格が胃袋の奥底で沈黙している。
彼の中にあるのは、ただ“喰ったことの記憶”だけ。
彼は今、東北の山奥で農業をしていた。
潤:「土が、うめぇ。
肉より、ずっと“俺のもん”って感じがする」
■ 氷室綾音
公安を辞した彼女は、
**「言語療法士」**として、子どもたちに“意味を与える”仕事に就いていた。
綾音:「神じゃなくていい。
名前をつけて、言葉を教えて、世界に“新しい輪郭”を与えていく。
それが、今の私の正義」
彼女は、ブフーの包丁の**“複製品”を溶かして、ペンに作り替えた。**
**“書くための刃”**として。
■ 世界の再構築
人々は最初混乱したが、次第に理解した。
“神”や“正義”が天から降ってこないなら、
自分たちで作ればいいのだと。
街には、新しい神話が生まれていく。
「食べることは罪ではなく、共有だ」と教える者。
「言葉は裁くためでなく、繋げるための刃だ」と説く者。
世界は混沌に落ちなかった。
胃袋の底から、文明はもう一度立ち上がろうとしていた。
■ エピローグ:ブフーの包丁、その後
ある夜、潤の山小屋の外に、誰かが立っていた。
「……こんにちは。あの、“包丁”……もう、使わないなら……」
それは、顔の見えない青年だった。
彼の目には、狂気も正義もなかった。
ただ――「渇き」があった。
潤は言う。
潤:「名前は?」
青年:「まだ、ないんです」
潤は、笑った。
潤:「じゃあ、自分で決めろ。
“神がいない”ってことは、
なんでも、自分で名づけていいってことだぜ?」
包丁は静かに、青年の手へ渡された。
そして、ブフーの物語はまた始まる――今度は“誰でもない誰か”の手で。
■ 完結
『ブフーの刃』――おわり。