第0話:ブフーの包丁を手にした男
東京の片隅に住む、しがない会社員・飯田翔太、35歳。日々、満員電車に揺られ、味のしないコンビニ弁当をかきこむような生活を送っていた。趣味はゲーム、とくに『不思議のダンジョン』シリーズ。中でも“ブフーの包丁”が大好きだった。
「現実にもあればなぁ……。モンスターの肉を食って、その能力を使えるなんて最高じゃん」
そう呟いたある夜。帰宅途中に見慣れない骨董屋が目に入る。引き寄せられるように入ると、埃まみれの棚の奥に、ひときわ禍々しい光を放つ包丁があった。
「それ、持ってっていいよ。誰も買わないし、ウチ、今日で閉めるから」
店主の老人は笑って言った。
翔太は冗談半分で包丁を持ち帰り、晩酌のつまみに鶏肉を刻んでみた。すると――包丁が黒く光り、脳裏にメッセージが響く。
「ニワトリの肉を食べた。少しのあいだ、“飛び蹴り”が使えるようになった!」
「う、うそだろ……?」
信じがたいことに、翔太の身体は軽くなり、次の瞬間、3メートル先の壁までジャンプし、キックで穴を開けてしまった。
■能力の応用
彼はすぐさま試し始める。牛肉を切って食べれば“突進”が使える。サンマなら“ぬるぬる回避”。イノシシの肉では“怒り状態”になる。
やがて翔太は肉専門店で珍しい部位やジビエ肉を買い集め、都内の裏道を縦横無尽に走り回る謎の男と化していった。街のSNSでは彼の目撃情報が飛び交う。
「秋葉原で2階の屋根まで跳躍して逃げた男がいる」
「渋谷で“火を吹いた男”を見た」
包丁が使えるのは「調理し、自分が食べた肉」のみ。しかも「能力の持続時間は短い」。その制約ゆえに、翔太はまるでRPGのような戦略で日々を過ごすようになっていた。
「今日の仕事は商談か……なら、ヘビの肉で“威圧”。午後は営業だから、リスで“人懐っこさ”を上げよう」
まるで異能バトル漫画のような日常。
■「人間の肉」が持つ力
ある日、翔太のもとに黒ずくめの男が訪れる。
「ブフーの包丁だな……その力、よこしてもらおうか」
同じく“ブフーの包丁”を所持していた闇の組織「胃袋の民」が、翔太の力に気づき始めていた。
逃げる翔太。追う組織。ついには殺し合いが始まる。そして禁断の言葉が頭をよぎる。
「人間の肉を食べたら……どんな能力が手に入るのか?」
彼は、その一線を超えるのか――
【エピローグ】
「……そして今、俺は“バクテリアの肉”を培養してる。微生物の能力って、想像もできない力を秘めてると思うんだ」
そう語る翔太は、山奥のラボで静かに実験を続けている。
“ブフーの包丁”を持ち、人類の進化と狂気の境界線を歩む存在として――