第4話:方舟の鼓動(アオト視点)
鼻を突くのは鉄と埃の匂い。
扉の向こうに広がっていたのは、暗闇に沈んでいたはずの巨大空間だった。
半球状の天井、冷たく光る管。
そして、中心に横たわるのは――眠る巨人。
「……これが……ノア=アーク」
隣でセリナが、声を震わせながら呟いた。
僕は壁面の端末に義手をかざす。
途端に、微かな振動と共に光が走った。
『ユニット認証――アオト=ミナセ。接続を開始します』
瞬間、壁が一斉に点灯した。
暗闇に沈んでいた格納庫は、青白い光に包まれる。
眠っていた船体が、まるで心臓を取り戻したかのように脈動した。
「動いてるの……?」
「まだ最低限の起動。……でも、もうすぐ本格的に稼働する」
そう言った声に、自分でも驚いた。
二千年も眠っていた僕に、完全に扱えるはずはない。
それでもマザーブレインは、僕を“管理者”として認めていた。
……理由なんて、わからない。
けど、選ばれた以上、やるしかない。
セリナの視線が壁面の映像に釘付けになる。
そこに映ったのは――焼け落ちた城。黒煙を上げる街。
「っ……これ……私の……レグノル……」
彼女の肩が小さく震えた。
その背中を見て、胸に鈍い痛みが走る。
守りたかったものを、何もできず失った。
二千年前の僕も、彼女と同じだった。
「……セリナ」
呼びかけると、彼女は涙を堪えながらも僕を見た。
その瞳には、まだ折れていない光があった。
「僕は……この船を、君たちの敵にはしない」
「使うなら、“守る力”として……そう決める」
言葉を吐き出すと、義手が淡く光った。
マザーブレインが、まるで頷くように応答する。
『環境安定化完了。ノア=アーク第壱区画――開放』
『外部接続、十秒後に開始』
低い唸りが格納庫全体を揺らす。
上部のゲートが開き、差し込む光が広がっていく。
青白い推進炉が目を覚まし、空気が震える。
「まさか……飛ぶの……?」
「空を渡るのは神々の領域だと教えられていた」
セリナの言葉に、僕は頷いた。
そうだ、これはただの船じゃない。
人類の希望を空へ運ぶ“方舟”だ。
義手を強く握りしめる。
二千年前に失われた夢が、今ここで再び始まる。
「行こう、セリナ」
「ここから、僕たちの戦いが始まる」
轟音が全てを揺らし、船体はゆっくり浮かび上がる。
崩れた天井の隙間から、光の柱が空へ突き抜けた。
ノア=アーク。
二千年前に託された最後の希望は、再び空へと駆け上がった。