第4話:銀の誓い
〈ノア=アーク〉の再起動から、夜が明けた。
冷たい光が差し込む中、僕はマザーブレインの記録から二千年という時を知った。
彼女――セリナの前で、その事実をどう伝えるべきかを考える。
世界が変わっても、僕はただの一人の人間でしかないのだから。
僕は、マザーブレインから伝えられた二千年の時間経過を、自分なりに理解しようとしていた。
それを彼女にどう伝え、彼女を前にして僕がどう行動を起こすか――いや、今の時代でどう生きるのかを考えなくてはならなかった。
僕は、思考を重ねる。
やがて、僕の言葉を待つように見守るセリナに向けて、ゆっくりと伝えた。
「こういう状況だから信じてくれるかわからないけど、僕は二千年前の人間なんだ」
「今が、アストレリウム暦で何年なのか教えてほしい」
言葉を聞いたセリナの様子を、僕は注視した。
セリナの表情は、驚愕に染まっていた。
「今はアルセリア暦二〇二五年。アストレリウム暦なんて、神話の時代の話よ」
セリナもアオトが尋常ではない存在だと感じていたが、さらに僕の言葉で、信じられないという表情を浮かべた。
僕はセリナの話を聞き終えると、深く息を吐いた。
「マザーブレイン、アストレリウムの映像……僕の世界をセリナに見せられる?」
『はい、可能です。少しお待ちください』
セリナと僕の前の空間に、モニターが出現し、映像が流れ始める。
超高層建築の建物、空を飛ぶ車、笑いあう子供たち、波音が響く浜辺、美しい山々。
映像が流れる。その光景を見つめる彼女の横顔を、僕はちらりと見た。
「本当に……?」
言葉にならないという表情で、彼女は食い入るようにモニターを見つめていた。
「二千年……」
とてつもない時間。遥かな時代の人間。
それが、いま目の前にいる。
セリナは考え込んでいたが、仲間とはぐれた今、助力を頼めるのは僕しかいなかった。
セリナはしばらく黙って整理し、薄く息を吐いた。
そして、アルセリアの成り立ちや七聖の存在、そして最後に――転生者特権法について話してくれた。
震えるのは、弱さの印じゃない。
責任の重さを握り直している証拠だ。
「転生者特権法……」
意味のわからない言葉の響きに、僕は頭を抱えた。
セリナが語る転生者特権法とは、やさしく言えば――
“転生者であれば全世界で自由に振る舞える”という ものだった。
そこに住む人々の意思を無視して行動できる法。
それは、法と呼べるのか?
僕は頭の中で、今回その法に反対し、徹底抗戦したレグノル王国の判断に理解を示した。
だが、彼らの力は未知数であり、僕の時代の知識で考えてもその影響は計り知れない。
ノア=アークの現状も、能力も状態も不明。時間が必要だった。
「アオト、私はあなたに助力をお願いしたい」
「……僕に?」
「あなたが何者であっても」
強い意志とともに、彼女は僕をまっすぐ見た。
そのまなざしを受け、僕も迷いを振り切る。
彼女の髪は銀に輝き、王族としての風格と誇りを宿していた。
その姿はまるで――騎士として誓いを立てる瞬間のように見えた。
その瞬間、僕は理解した。
これはただの出会いじゃない。
過去と未来が重なる“再起動”の始まりなのだ、と。




