第1話:崩壊の王国
雪が舞っていた。
灰色の空を背景に、白い結晶が風に流され、荒れた山岳地帯の崖を覆い尽くす。
その断崖を、ひとりの少女が必死に駆けていた。
銀色の長髪を振り乱し、薄く血に濡れたローブをはためかせながら。
――私の名は、セリナ=リュミエール・レグノル。
かつて白銀の城を戴く王国の王女にして、今や滅亡した王家の最後の継承者だった。
「……エリーナ、カイ……」
荒い息の合間に、私は不安をかき消すように、逃がしてくれた従者たちの名を震える唇でつぶやく。
忠誠を誓った者たちは、最後の戦で私を逃がすために離れた。
もう戻る道はない。
誇り高き王都レグノルは、〈七聖〉のひとり――《黒の魔女》ジュリア・マクミルランによって蹂躙され、灰に帰したのだから。
背後から迫る追撃の気配に、心臓がいやでも跳ねる。
黒き魔女の魔法が放った一撃は、すでに山の地形すら崩壊させていた。
次の瞬間――。
轟音。
大地が裂け、崖が崩れ落ちる。
足元の岩盤が砕け、私の身体は虚空へと投げ出された。
雪と土砂が絡み合い、視界が白と黒に混じっていく。
落下の衝撃で意識が遠のいていくなか、彼女は最後にかすかな言葉を口にした。
――まだ、私は……死ねない。
暗闇の底で、私は目を覚ます。
息は荒く、体中が痛みに悲鳴を上げている。
だが――そこは崖下の岩場ではなかった。
見慣れぬ光景が、ぼんやりと視界に広がる。
錆びた鋼鉄の柱が林立し、苔に覆われた金属の床が続く。
壁には奇妙な記号が刻まれた扉が並び、まるで異質な迷宮に迷い込んだかのようだった。
「ここは……いったい……」
掠れた声でそう呟き、痛みに耐えながら体を起こす。
モンスターが出ないことを祈りながら、壁に体を預け、ゆっくりと異質な迷宮を進む。
どれくらい進んだだろうか。
奥の薄暗い部屋に、透明な壁越しに装置がひとつ鎮座しているのが目に入った。
内部をよく観察すると、眠るように横たわる一人の少年。
雪のように白い肌。
右腕には、淡く光を宿す機械の義手。
その姿はあまりにも現実離れしていて、私は思わず息を呑む。
部屋に入る方法はないかと、扉らしきものの前で周囲を確認する。
何かに触れた瞬間――ピッ。
扉が自動的に開く。
驚きながらも、先ほど見た人を確認するため、ゆっくりと装置に近づいていく。
装置に横たわる人を見た感じは、まだ幼くも感じた。
装置に手を触れると冷たい感触がしたが、落下の衝撃で痛めた足が私を現実に引き戻す。
体のバランスを崩し、装置の縁を無意識につかむ。
『認証信号受理。蘇生プロセスを開始します』
どこからともなく聞こえてきた女性の声。
私はあわてて周囲を確認する。
低い機械音と共に蒸気が噴き出し、赤い警告灯が点滅する。
透明なカプセルがやや前に動き出し、真横の体勢で停止すると静かに開かれた。
やがて、少年が瞼を開く。
――灰色の瞳。
それが私の第一印象だった。
その冷ややかな光に、心臓を締め付けられた気がした。
だがその瞳には、同時に確かに“生”を求める熱が宿っていた。
「……ここは……どこだ……?」
弱々しい声。
だが、その響きは確かに生きていた。




