第1話:目覚めし者と滅びの記録
改稿しました。
雪が舞っていた。
灰色の空を背景に、白い結晶が風に流され、荒れた山岳地帯の崖を覆い尽くす。
その断崖を、ひとりの少女が必死に駆けていた。
銀色の長髪を振り乱し、薄く血に濡れたローブをはためかせながら。
彼女の名は――セリナ=リュミエール・レグノル。
かつて白銀の城を戴く王国の王女にして、今や滅亡した王家の最後の継承者だった。
「……エリーナ、カイ……」
荒い息の合間に、従者たちの名を震える唇で呼ぶ。
忠誠を誓った者たちは、最後の戦で彼女を逃がすために倒れた。
戻る道はない。
誇り高き王都レグノルは、〈七聖〉のひとり――《黒の魔女》ジュリア・マクミルラン によって蹂躙 され、灰に帰したのだから。
背後から迫る追撃の気配に、心臓がいやでも跳ねる。
黒き魔女の魔法が放った一撃は、すでに山の地形すら崩壊させていた。
次の瞬間。
――轟音。
大地が裂け、崖が崩れ落ちる。
足元の岩盤が砕け、セリナの身体は虚空へと投げ出された。
雪と土砂が絡み合い、視界が白と黒に混じっていく。
落下の衝撃で意識が遠のいていくなか、彼女は最後にかすかな祈りを口にした。
――まだ、私は……死ねない。
◆
暗闇の底で、彼女はふたたび目を覚ました。
息は荒く、体中が痛みに悲鳴を上げている。
だが――そこは崖下の岩場ではなかった。
見慣れぬ光景が、ぼんやりと視界に広がっていた。
錆びた鋼鉄の柱が林立し、苔に覆われた金属の床が続く。
壁には奇妙な記号が刻まれた扉が並び、まるで異質な迷宮に迷い込んだかのようだった。
「ここは……いったい……」
掠れた声でそう呟いたとき。
奥の薄暗い部屋に、透明な装置がひとつ鎮座しているのが目に入った。
内部には、眠るように横たわる一人の少年。
雪のように白い肌。
右腕には、淡く光を宿す機械の義手。
その姿はあまりにも現実離れしていて、セリナは思わず息を呑む。
震える指先が、無意識に装置へ伸びた。
――ピッ。
『認証信号受理。蘇生プロセスを開始します』
低い機械音と共に蒸気が噴き出し、赤い警告灯が点滅する。
透明なカプセルが静かに開かれ、中の少年がゆっくりとまぶたを上げた。
――灰色の瞳。
その冷ややかな光に、セリナは思わず心臓を締め付けられる。
だがその瞳には、同時に確かに“生”を求める熱が宿っていた。
「……ここは……どこだ……?」
弱々しい声。
だが、その響きは確かに生きていた。
この瞬間――二千年の眠りが破られ、世界は再び動き出す。