表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リブート・オブ・アーク  作者: 和幸雄大
第1部:滅びの姫と眠りし少年
12/12

第10話:「 ファランシアへ」

雪は周囲の音をすべて消し去るかのように静かに降っている、白い静寂だけが残っていた。


ロスヴァルの町に戻ったのは、夜明け前だった。

ロスヴァルで、3つの役割を兼ねる「鷲の爪」の灯が、雪の中でぼんやり滲んでいる。

扉を開けると、暖炉の火とスープの匂いが迎えてくれた。


受付のカレンさんが顔を上げ、こちらを見た。

その瞳に一瞬だけ宿った安堵の色を、私は見逃さなかった。


「……無事でよかったわ。峠の吹雪、ひどかったでしょう?」


「ええ。少しね」


私が微笑むと、カレンさんは胸をなでおろした。

「二階の部屋、空いてるわ。休んでいきなさい」


「ありがとう」


私はアオトと共に、部屋の階段を上がった。

古い木材が軋む音が、静かな夜を埋めていく。


部屋の灯をともすと、アオトが机の上に端末を置いた。

義手の接続端子が青く光り、機械音が静かに響く。


「……通信するの?」


「うん。祈りの洞窟のこと、マザーブレインと共有としておきたい。」


私はベッドの縁に腰を下ろし、湯気の立つマグカップを両手で包みこむように持つ。


まだ、あのときの洞窟の光景が目に焼き付いて離れない。


――あの声。

『観測を開始』

そして、あの冷たい光。


アオトの義手が、低い共鳴音を立てる。


『接続確立。こちらマザーブレイン。報告をどうぞ。』


「ロスヴァル北方、祈りの洞窟。

 未知の干渉波を検知した。

 ……お前のネットワーク痕跡は?」


数秒の静寂。


『該当する記録なし。

 ただし、地形構造が旧アストレリウム系列施設と類似。

 製造母体は――旧地球企業〈GAIA INDUSTRY〉。』


「ガイア……」


アオトは小さくその名を繰り返した。

それは、アオトの時代でマザーブレインの開発を競った企業。

同じ設計思想を持ちながら、最後には対立した存在。


「……つまり、あの洞窟は“もう一つの頭脳”の遺構ということね」


「セパレートが“引き継ぎ”なのか“切り離し”なのか……わからない。」


マザーブレインが淡々と答える。


『ガイアの設計データには、自己観測アルゴリズムが存在。

 観測は干渉、干渉は責任。

 この概念は、ノクス・アルヴェインの研究理論と一致します。』


その名を聞いた瞬間、アオトの瞳がわずかに動いた。


「……ノクス」


セリナが小さく呟いた。

洞窟で聞いた“観測”という言葉――まるで、彼の声のように。


アオトは義手を外し、深く息をつく。


「セリナ。明日、このロスヴァルを出よう」


「……ファランシアへ行こう。」


「……ファランシア?」


「バルドが言っていた。」

「レグノルの残党が、そこに集まっていると。」

「バルドが言っていた、七聖が動く前に、確かめたい。」


セリナは少し黙って、それからうなずいた。


「そこに、祖国“レグノル”の生存者が残っているかもしれない。

 そして――七聖が何をしようとしているかも。」


「……行こう。僕も見ておきたい」


義手の端末に触れると、アオトは短く命じた。


「マザーブレイン、ハルピュイアの遠隔起動を。

 ロスヴァル近郊、座標E-017。ミラージュモードで」


『了解。起動シーケンス開始。

 ロスヴァル郊外に座標指定。偽装展開完了予定:午前七時。』


窓の外で、雪がひとすじ光った。

夜空に走る淡い青の閃光――ハルピュイアが自動起動する合図。


アオトはその光を見上げ、微笑んだ。


「準備は整った。……行こう、セリナ」


「ええ。ファランシアへ」



翌朝、ロスヴァルの街は薄明の雪に包まれていた。

「鷲の爪」の前で、カレンさんが立っていた。


「もう行くのね。」


「はい。……お世話になりました。」


「あなたたちの事は、覚えておくわ。」

カレンは穏やかに笑った。

「無事で戻ってきて。――それが一番の報告だから」


「ありがとう」


私はフードを整え、街の外れへ歩き出した。

氷原の向こう、白い霧の中に――ハルピュイアの翼が見えた。

雪を散らしながら、音もなく待機している。


アオトが振り返る。


「行こう、リナ。……いや、セリナ」


「うん、“アオト”」


風が頬を切る。

雪の粒が光を弾く。


ハルピュイアが蒼く点滅し、ゆっくり浮上する。


そして、ハルピュイアは雪雲を裂いて飛び立った。

その行き先に、滅びた都――廃都ファランシアがある。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ