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リブート・オブ・アーク  作者: 和幸雄大
第1部:滅びの姫と眠りし少年
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第9話(幕間):「黒の魔女 ― 影の帳」

霧のような情報は、熱を持たない。

それを集め、形にするのが私の仕事だ。


七聖の名前で知られているが正しくは、テンレア同盟情報局――局長、ジュリア・マクミルラン。

この国の裏で、“真実”を正しい形に整える役割を担っている。


机の上には、北方の報告書が三つ。

一つは、巡察隊の消息不明報告。

一つは、巡察隊と前後して届いたロスヴァル支部受付の記録。

もう一つは、七聖観測局・残存ノードからの不明信号解析ログと、レグノル地下遺構に関する報告。


私は端末に指を置き、記録を遡る。


【アルセリア歴117年 冬季第92号】

巡察隊、帰還せず。

祈りの洞周辺に異常波動あり。

“影の調査団”の派遣要請。


“影”という語。

現地の観測官たちは、事象を恐れ、正確な言葉を失う。

ゆえに、私が言葉を選び直す。


『黒域現象――第七種・影干渉』


それが正式な呼称。


古代の記録に残る“観測干渉”と同質の波形。

私が忌まわしくも、いまだ愛してやまない――“彼”の痕跡。


「……ノクス・アルヴェイン」


声に出した瞬間、部屋の空気がわずかに変わる。

観測局長だった男。

二十年前、七聖から自らの存在を“削除”して消えた亡霊。


そして、彼が現れる場所はいつも――“記録の裂け目”だ。


私は報告書の一枚をめくる。

そこにあったのは、手書きの記録――冒険者ギルド・ロスヴァル支部。

署名は、カレン・メルヒェン。

まだ若い受付嬢らしい。

記録は驚くほど丁寧で、余白に祈りの言葉が添えられていた。


祈りと記録。

どちらも、世界の残響を残すための方法。

だが、私の役目は“残す”ことではなく、“削る”こと。


私は指先で余白をなぞる。


「……温かすぎるのよ。人の手の記録って」


端末に命じ、文書を複製する。

同時に、“公的記録用”としての再編集を施す。


【修正版】

巡察隊、行方不明。

祈りの洞に異常なし。

原因は雪崩による地形変化。

影干渉なし。


“真実”は、常に書き換え可能だ。

それを信じる人々がいる限り、世界は秩序を保つ。


私は笑う。

この笑いを「冷たい」と評した者たちは、今どこにいるのかしら。


――ところで。

報告の中に、気になる名前があった。


【冒険者登録】

旅人二名、登録。

男子一名 護衛、女子一名 治癒師。

氏名:アオ/リナ。


“リナ”。

その響きに、記録の底がざらりと揺れた。


「……“レグノル”の王女、か」


転生者の網を掻い潜り、なお生き延びる王族の血。

そして、“アオ”という名。

レグノルの地下遺構で発見した記録の照合結果――

一致した単語は、《アストレリウム・冷凍睡眠体 No.07-AOTO》。


私は端末の表示を指で閉じる。


「ようやく、眠り姫が目を覚ましたのね。……少年の姿で」


壁際の鏡に、わずかに笑う自分が映る。

笑っているのに、瞳は少しも動かない。


扉の向こうで、影が膝をついた。

諜報部の使い魔――影兵シャドウ・ファルス


「ジュリア様、北方で観測波の再発を確認。影干渉レベル、上昇中」


「ふふ。良い子ね。ノクスが目を開けたのなら、“舞台”を整えましょう」


「命令を?」


「観測者の影を――“遮断”して。

 同時に、祈りの洞に残った“記録媒体”をすべて回収なさい。

 失われた祈りも、私の帳に書き換えてあげる」


使い魔は影のように溶け、姿を消した。

静寂が戻る。

私はペンを手に取り、最後の行を記す。


『記録を祈りに還し、祈りを情報に還す。

 それが“黒の魔女”の務め。』


ペン先が紙を滑る音だけが、

夜の帳をゆっくりと閉じていった。


――テンレア同盟情報局長 ジュリア・マクミルラン 記録。

アルセリア歴117年・冬季記録第92号


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