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リブート・オブ・アーク  作者: 和幸雄大
第1部:滅びの姫と眠りし少年
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第8.5話(番外編):台帳の記録 ― ロスヴァルの冒険者ギルド受付嬢

私の名前は、カレン。

七聖の巡察隊がロスヴァルに来たので、いろいろと作業に追われていたら、もう夜が明ける時間になっていた。


「やっと……終わる。」


夜明け前のギルドは、静寂に包まれていた。

昨日の夜から続く雪が窓の隙間を埋め、

薪の火も赤く、小さく揺れているだけ。


私はギルド帳簿の端を指でなぞりながら、

眠り損ねた夜の名残を感じていた。


私の話を聞いた巡察隊が、“祈りの洞窟”へ一部を残して向かった。


――そして、巡察隊が戻らなかった。


そんな報告が、朝一番に届いた。


北の峠、“祈りの洞窟”へ巡察に出た部隊。

風雪が強まるなか、祈りの洞窟で連絡が途絶えたらしい。

それを聞いても、私は不思議と驚かなかった。

ロスヴァルでは、冒険者の死は静かに訪れる。

祈りも悲鳴も、雪と吹雪に吸い込まれてしまうから。


帳簿のすみに、小さな文字で書き添える。


〈巡察隊、帰還せず〉


そして、その下に、誰に教わったわけでもない一行を記した。


――記録することは、冒険の安全を祈ること。


私が台帳に“覚え書き”を独自に書くようになったのは、いつからだろう。

それは、記憶にある祖母の言葉だった。


記録とは、願いの形。

誰かの行動を書き残すことが、たぶん祈りなのだ。



そういえば、あの二人はどうなったのか。


扉のベルが鳴ったのは、昨日の朝の六つ刻。

外の空はまだ青く凍り、雪が粉のように舞っていた。


入ってきたのは、仮面をつけた少年と少女。


少年の肩には白い霜が降りていて、片腕は金属の義手。

少女は栗色の髪をフードの下に隠していたけれど、

目だけがまっすぐ、炎のように光っていた。


勝手がわからないのか、二人は扉をあけてからキョロキョロしていた。

私は思わず声をかける。


「新顔さん?」


栗色の髪だけれど、見る角度で少し灰がかって見える――

不思議な髪色に、ギルドへ入った瞬間から目を奪われていた。


「……冒険者登録をお願いできますか」


静かな声だった。

疲れているのに、言葉の芯がしっかり伝わる。


私はうなずき、登録用紙を広げた。

名前は――アオと、リナ。

旅の治癒師と、その護衛。


記入の間、彼らはほとんど言葉を交わさなかった。

それでも、ふたりの間に流れる空気は不思議で、

まるでずっと前から息を合わせていたように見えた。


彼の義手が、微かに光る。

それを見て、私はペンを止めた。


「それ……記録具、なの?」


問いかけると、少年は少し考えてから答えた。


「……ええ。書かなくても、“記録”できる道具です。」


私は思わず微笑んだ。

私も同じように、台帳に“覚え書き”をつけている。

記録という行為は、どんな形でも――

ここに来た人の痕跡を残し、安全を祈る儀式のようなものだと思っている。


二人は登録を終え、机のメニュー表を見て食事を頼んだ。

このギルドは“旅人酒場《鷲の爪》”を兼ねている。

宿屋も営業しているから、私は受付嬢であり、看板娘であり、宿の管理人でもある。


忙しそうに聞こえるけれど、雪の街ロスヴァルに来る冒険者の数なんて、たかが知れている。

だからこそ、今日の二人が、印象に残ったのかもしれない。


温かいスープを差し出すと、少女――リナさんが小さく頭を下げた。

私と似た髪色のフードを被っていて、顔はよく見えないけれど、

おそらく、美人の類だろう。


人間観察を兼ねて、話しかけてみる。


「あなたたちは、どこから来たの?」


彼女は少しだけ笑って答えた。


「……いいえ、少しだけ迷子なの」


その笑みが、寒い朝の光よりもやわらかく、

一瞬だけ、このギルドが違う世界みたいに見えた。


二人は掲示板を眺め、常連の冒険者に絡まれ、

領主の布告を見て少し固まっていた。


ロスヴァルでは見ない二人。

気づけば、目がつい彼らを追っていた。


来てすぐ、霜喰い狼の護衛依頼を受けたのにも驚いた。

そしてその夜――彼らはギルドへ戻り、巡察の話を聞いた。

私はなぜか、レグノルの残党の噂話をしてしまった。


二人はすぐに北の洞窟へ向かった。


今月と聞いていた七聖の巡察が、その後ロスヴァルに来たのも驚いた。


――もしかしたら、祈りの洞から帰ってきたのは、あの二人だったのかもしれない。


そんな考えが、心の底をかすめたけれど、

私はそれを記録には書かなかった。



机の上に残った眠気覚ましのコーヒー。

湯気だけが、まだ微かに揺れている。


私は寝付けず、台帳を開く。

そして閉じる前に、昨日の記録を一行、書き足した。


> 『旅人二名 冒険者登録。

男子一名、護衛。女子一名、治癒師。

行き先――ズィーヴ護衛依頼。

天候、雪。風冷たし。

記録のための祈りを。


インクが乾くまで、窓の外の雪を見つめていた。


街はまだ眠っている。

あの二人は、少し気になる。


そして数刻後、二人は再びここへ戻ってきた。


私は、普段どおりに対応する。


書くことで、私は“願い”を残す。

祈りが届かなくても、記録は残る。


そして、それがいつか、

誰かの希望を灯すのだと信じている。


――ロスヴァル支部 受付嬢カレン・メルヒェン

アルセリア歴117年・冬季記録第92号


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