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詩集「てのひら暦」

ソナタ十一番イ長調【詩】

尾をひいて潜水する深海魚

のように 短調の濁流に沈んでいく息苦しさは

重い布団に似て 落ち着くような

低音の和音を塗り重ねるのがすきなのです

ベートーヴェンというよりは

ベートーベンと書く方が親しみぶかいですよね


半音階を駆けおりていくさまは はたして

潜っていくのか

転げ落ちているのか

単に おぼれているのか


その重みは時の重み

その曲が生まれてからの二百年と

わたしがその曲を弾いてきた二十年と


いったいどれだけの人がその曲を奏でてきたのか

何べん弾いたのか

何べん聴かれたのか、

あるいは 聴くひともなく霧散していったのか


海底へ潜れば まだこどもの私が

懸命に鍵盤を行きつ戻りつしている

わたしは彼女に憑依したい


上方を見上げれば たゆたう泡の粒立ちが軽やかに

モーツァルトのソナタをうたう

でも その変奏曲バリエーションは苦手です

友人

の前でうまく弾けなかったから

あの照明のきつさを思い出したくなくて

いつまでも上手にならなくて

いつまでも彼のテキストを 読めません


ハオリムシになりたかった

硫化水素で生きられたら きっと素敵

と夢想しながら わたしは 今日も

肉を食す


おかから深海にもぐるとき

彼がいなくなってそろそろ二十年という時間に

語彙が行方不明になって

下手を弾くしかできません

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