永遠の別れ
まぁちゃんと二人で暮らし始めて、俺はまぁちゃんが作ってくれた食事を楽しんでいた。
時々、思い出すことがあった。
若かった頃、まぁちゃんが作ってくれた弁当を食べたことを……。
いろんな所へ行って、まぁちゃんが作ってくれた弁当を二人で食べた。
まぁちゃんが車の助手席で、カセットテープを入れてくれた。
遊園地の迷路にはいた時、「これで、やっと出られるよ。」と俺はまぁちゃんに言って口付けしたっけ……。
まぁちゃんは覚えてくれてて、「あの時は誰かに見られたらと思って……恥ずかしかった。」と言って、頬を染めた。
そして、「でも……出口が分からなかったから……私は……だから、凄く頼りになるって……そう思ったの。」とも言ってくれた。
でも、実際は頼りにならなかったのだ。
だから、別れるしかなかったのだ。
あの長い時間を取り戻す日々を……俺は、この時間を失いたくなかった。
そう、永遠に失いたくない時間だった。
でも、病気は治らなかった。
新薬は延命治療にはなった。
長くて1年と宣告された時間を延ばしてくれた。
延ばしてくれたけれど……やっと夫婦になれた俺たち二人を引き裂いた。
その日は穏やかな春の日差しを浴びて、木々も花々も美しい色を鮮やかに輝かせていた。
その日、まぁちゃんは……
「ありがとう。」
「俺こそ……結婚してくれて、ありがとう。」
「幸せ……こんなに幸せになって……いいの?」
「いいんだよ。いいんだ。遅かったくらいなんだから……。」
「ありがとう。」
「まぁちゃん………。」
「私に幸せな時間を与えてくれて……ありがとう。
子ども達にも感謝してるわ。」
「お母さん……。」
「お継母さん、こちらこそ、ありがとうごさいます。
お父さん、凄く幸せそうだった。」
「ごめんね………。」
「何が? なんで?」
「私……弱いから……あの時……あの選択しか……ごめんなさい。
………ごめんなさい。」
「もう、いいんだ。夫婦になれたからね。いいんだ。」
「ありがとう。幸せな時間を下さった皆様に……
本当に……ありがとうございました。」
「まぁちゃん! まだ続くんだ。これからも、まだまだ一緒だよ。」
「ありがとう。」
それから、疲れたのか……まぁちゃんは目を閉じた。
閉じる少し前に俺だけが聞こえるくらいの小さな声で「愛しています。ずっと昔から愛し続けて……。」と言ってくれた。
それが、まぁちゃんの最後の言葉だった。
暫くして、まぁちゃんは二度と帰らない人になってしまった。
もう二度と、その微笑みを見ることは叶わない。
まぁちゃんの葬儀は息子さんたちの意向通りにした。
家族葬で見送ったのだ。
葬儀が終わって、煙になったまぁちゃん。
その立ち上がった煙を眺めて、俺は涙しか出なかった。
その俺の肩に桜のひとひらの花弁が、どこからか舞い落ちた。
その花弁を俺はそっと手にしてハンカチに包んだ。
まぁちゃんの化身のようで、俺はそのハンカチを顔に押し当てて泣いた。