サプライズ
綺麗だと思った。心から思った。
部屋に入るなり、俺は言ってしまった。
「綺麗だ。凄く……凄く……綺麗だ。」
「お父さん、見とれ過ぎ。」
「まぁちゃん、綺麗だよ。」
「だから、もう……めっちゃ満腹なんですけどぉ。」
「あ……あ…なた……素敵。」
「熱いですねぇ~。」
「ええ、本当に……。」
「まぁちゃん、髪、俺が整えたいんだけど? いいかな?」
「ちょっと待ってよ。お父さん、理容師でしょう。
無理よ。お継母さんの髪、整えられないわ。」
「いいや、出来るんだ。俺は美容師でもあるから……。」
「えっ? だって、店に来てたのは男性ばっかり……。」
「それは、お前たちのおばあちゃんが亡くなってからだ。
あの店は、おばあちゃんの店だったから……美容院だった。」
「そうなの。知らなかった。」
「君たちのお母さんが美容院を嫌がってたからね。
理容に一本化したんだよ。」
「そうだったんですね。母が……。
おじさんって何でも知ってるんですね。」
「まぁ、この二人のことだけなら、俺たち夫婦に任せてよ。」
「さぁ、君たちのお父さんの腕前を見ようよ。」
「はい。」
「見たいです。」
「楽しみ。」
「まぁちゃん、編み込みでいいかな?」
「うん。お願い。
………そういえば昔……編み込んで貰ったわね。」
「うん。そうだったね。」
「もう、ず~~っと前のことね。」
「そうだね。……もう一度、まぁちゃんの髪を編み込める日が来るなんて…
思いも寄らなかった。嬉しいよ。」
「私も……嬉しい。
薬の副作用で髪が抜けなくて良かったわ。」
「そうだね。……綺麗な髪だ。
……抜けていても何とか出来たけどね。」
「かつら?」
「うん。……。疲れてない?」
「大丈夫。」
「そう……良かった。」
「こんな風にして貰えるなんて思いも寄らなかったわ。」
「そうだね。それは俺も同じだ。
……………さぁ、喋ってたら出来たよ。」
「ありがとう。」
「ベールを着けるね。」
「はい。」
子ども達が考えてくれたサプライズ。
病院に頼んで部屋を一つ使わせて頂いた。
その部屋には孫たちが飾りつけを手伝ってくれていた。
部屋のドアの前で友達が「手を組んで。入場だよ。」と言った。
俺の差し出した腕に細いまぁちゃんの手が重なった。
ドアが開いて二人でゆっくり歩いて入った。
拍手を浴びて……見ると、主治医が居た。
病棟の看護師も複数居た。
「まぁちゃん、こんな幸せな結婚式……。
俺は嬉しいよ。」
「……私も……。あ…なた……妻に迎えてくれて……ありがとう。」
「俺こそ……来てくれてありがとう。」
「さぁ、新郎新婦が入場されました。
お二人にはこれから我々の前で結婚の誓いをして頂きます。
新郎、貴方は病める時も健やかな時も貧しい時も富める時も……
妻と二人で助け合って暮らすことを誓いますか?」
「誓います!」
「新婦、貴女は……以下省略。」
「省略するな!」
「省略して……夫と共に助け合って暮らすことを誓いますか?」
「誓います。」
「では、ここに二人が結婚したことを宣言いたします。
ご結婚おめでとうございます!」
「ありがとうございます。」
「では、グラスを持ってください。
では、乾杯~!」
「乾杯ぃ~!」
俺とまぁちゃんは新郎新婦の席に座った。
まぁちゃんが疲れないか心配だった。
座って直ぐに来賓の挨拶になり、来賓として主治医が挨拶してくれた。
それえからは軽い食事を頂きながら、看護師たちの歌を聞いた。
主治医は挨拶を終えてから仕事に戻った。
看護師は途中で入れ替わった。
忙しい勤務時間に俺たちのために時間を割いて下さったこと、今も心から感謝している。
子ども達からのサプライズはまだあった。
「これから、指輪の交換をします。」
「えっ? 指輪?」
「さぁ、お継父さん。お母さん。指輪をどうぞ……。」
「泣いてちゃ指輪交換できないよ。お母さん。」
「………はい。」
「ありがとう。」
「いいえ。」
俺は小さい方の指輪を取り、まぁちゃんの左手薬指に……まぁちゃんは俺の左手薬指に……。
俺は思った。
⦅まぁちゃんの指……若い頃より細くなってしまった。⦆と………。
それから、ウェディングケーキに二人で入刀した。
まさか、こんな本格的な結婚式を挙げられるなど思わなかった。
嬉しくて堪らなかった。
最後に俺が挨拶をした。
「今日は俺たち二人のために時間を割いて下さった皆様に心より感謝申し上げま
す。
俺たちは色々あって、遠回りして……本当に長い時間、回り道して……
今、ようやく夫婦になれました。
俺が62歳、妻が60歳ですが、まだまだこれからだと思っています。
二人で残りの時間を大切に暮らします。
今日は誠にありがとうございました。
最後にこの場をお借りして……子ども達に……
本当にありがとう! お前たちは俺たちの大切な子どもです。
大切な子ども達が皆仲良くしてくれていること感謝しています。
結婚を……年を取った親の再婚を許してくれた心の広さ……。
俺たちは感謝してもしきれません。
その上で、尚も……このサプライズ!
俺たちは幸せ者です。
本当に今日はありがとう。」
「ありがとうございました。」
室内での記念撮影だけではなく、外でも記念撮影を行った。
その時だった。
桜の花弁がひとひら……まぁちゃんの肩に舞い落ちた。
その花弁をそっと取って、俺は「二度とまぁちゃんを離さない!」と誓った。
抗がん剤の副作用で有名なのは「髪の毛が抜ける」ですが、この副作用が出ない人も居ます。
まぁちゃんは「髪の毛が抜ける」副作用はなかった人にしました。