再会
4人とその配偶者たちは仲良くなった。
それは不思議なことだった。
そして、友達夫婦が招集した皆が緩和ケア病棟に行った。
俺は不安でいっぱいだった。
あれ程、会いたいと願ったまぁちゃんに会うのが怖くなった。
⦅俺は、俺が会いたいだけだ。
まぁちゃんの気持ちを無視している。
まぁちゃんが嫌がったら……どうしよう。………どうしよう。⦆
前に入った部屋で友達皆と一緒に俺はまぁちゃんを待った。
短い時間だったはずなのに、途轍もなく長く感じられた。
時間の経過とともに心臓の鼓動が大きくなっていった。
不安は膨れ上がるばかりだった。
ドアが開いて息子さんたちとまぁちゃんが入って来た。
まぁちゃんを見た俺は⦅まぁちゃん!……変わらない……昔と変わらない。⦆と思った。
勿論、違っている。
昔は無かった皺。そして、何よりも痩せている。
違っているのに昔のままだと思った。
「今日はわざわざ……!………どうして?
どうして?…………。」
「まぁちゃん………。」
「………うっ………う…うっ……。」
まぁちゃんは顔を両手で覆った。
泣いているまぁちゃん。
俺の足は考えもないままに前に進む。まぁちゃんの前に……。
「本。借りてたままだったんだ。
返さないと……と、思って……今日、持ってきたよ。
まぁちゃん……俺の………。
まぁちゃん、会いたかった………。ずっと、会いたかった。」
気が付くと俺はまぁちゃんを抱きしめていた。
そして、ソファーに座らせた。
「見ないで……こんな、おばあさんになった顔……見ないで……。」
「俺もおじいさんだ。一緒だね。」
顔を覆っていたまぁちゃんの手を、俺は顔から離した。
「ほら、俺の顔、見てくれよ。
皺が凄いだろ。……一緒だよ。一緒だ。」
ずっと泣いているまぁちゃんの頬の涙を俺は拭いた。
「顔を手で覆ったままだったから、涙を拭いてあげられなかったよ。
……まぁちゃん……ごめん。俺、何も知らなかった。
ご両親とのこと知っていたら、全く違う人生だった。
あの家から出してあげたかった。
出すのは俺だったんだ。そう約束してたのに……。」
「いいえ、いいえ! 私が……悪いの。
ごめんなさい。………ごめん……なさい。
………駄目……離れて……。」
「何故?」
「奥様に申し訳ないわ。」
「妻は亡くなった。」
「えっ?」
「亡くなったから、俺は独身だ。
まぁちゃんも独身だよな。それも一緒だ。」
「お亡くなりに……なんて言ったら……。」
「何も言わなくていいよ。
俺ね。寂しいから付き合って、そして、そのまま流されて……
そして結婚したんだ。
好きだと言う気持ちは無かった。」
「………そんな……。」
「でもね、一緒に暮らしているとね。
家族になっていたんだ。
妻が亡くなったのは急だった。
急だったこともあるかもしれないけれど……たぶん………。
たぶん、ホッとしたのかもしれない。」
「ホッと?」
「うん。妻に対して罪悪感があった。好きでないのに、ってね。
だから、罪悪感から逃れられたんだ。
妻には悪いけれども……。
でも! まぁちゃんのことを聞いた時、俺は違ってた。
猛烈に会いたくなった。
会って俺が出来ることをしたかった。
今回も俺が無理を言って、会わせて貰ったんだ。
まぁちゃん、ごめん。
会いたくなかったよね。俺には………。」
「………いいえ、いいえ。
ありがとう。嬉しかったわ。
これで思い残すことは無くなった。
ずっと、ずっと……会いたかったから………。」
「まぁちゃん、この本、返すよ。」
「……懐かしいわ。もう捨てられたと思ってたの。」
「捨てられなかったんだ。これだけは……。」
まぁちゃんは優しく本を撫でた。
「まぁちゃん、本を開けて。」
「はい。
…………これは!………写真!……もう一枚も残ってないと……。」
「これね。俺が撮った最後の写真。
覚えてるかな? 三脚を使って……。」
「……覚えてるわ。三脚を買ったばかりの頃に撮ってくれた。
……その後……別れたから……。」
「そう、最初で最後の三脚を使って撮った二人の写真。
俺、捨てられなかった。
あの時、現像から帰って来た写真を見て……
俺は、この本を返したら、まぁちゃんがこの写真を見つけて……
そう思って、わざと本に挟んでたんだ。
結婚してから、この本が出て来たんだ。
俺の本を段ボールに入れてくれたのが母だった。
俺は出した時に気付いたけど、返すことが出来なかったし……
返したくなかったのかもしれない。
この最後の写真だけは持っていたかったのかもしれない。」
「…………。」
「まぁちゃん、今更だけど……
今から失くした時間を取り戻さないか?」
「取り戻す?」
「うん。二人で取り戻そう。
これから、俺は……まぁちゃんと一緒に時間をいっぱい持ちたい。
本音は結婚して欲しい!……だけどな。」
「私……私……今、この瞬間だけで幸せ……。
生きていて……良かった……。
だから、もう充分です。……ありがとう。」
「俺が充分じゃないんだ。
最後の瞬間まで俺は一緒に居たい。
頼むから……もう二度と会えないと思っていたまぁちゃんに会えた。
だから、このチャンスを俺は逃したくない。
もう心の奥深くに、この気持ちを封印したくない。
だから、まぁちゃん、俺は明日も来るよ。」
「………………嬉しい………。」
気が付くと部屋には俺とまぁちゃんの二人きりになっていた。
いつから二人きりだったのかさえ分からなかった。